じわじわ首に回った縄が締まっていくように、追い詰められていく。



「はっ、あ、あ、征っく、」




 ぽたぽたと涙をこぼして、自分を見下ろして泣くじゃくるを見上げるのは悪くない。

 自分の上に跨がって腰を振るように命じても、経験の少ないには自分で慣らすことも、入れることすらままならず、入れれば入れたでよく濡れていないため、動くことも出来ない。揺らすだけで痛みが走るのか、表情を歪める。



「っ、おいで、、」



 赤司は眉を寄せて、の涙を優しく拭ってから、一昨日くらいにつけた、まだ真新しい首の歯形をなぞる。瘡蓋になっているが、力任せに噛んだせいか随分と深そうだ。は怯えてか、あまり縋り付いてこなかったが、動きにくいだろうと彼女の細い手を自分の肩に導く。

 そしてそっと涙で濡れた頬に手を伸ばし、首の歯形に舌を這わせた。



「う、っ、」

「くっ、」



 うまく力の抜けないの身体が勝手に収縮し、赤司のものに圧をかける。いつもなら心地よいそれも、彼女の中がほぐれていない上、濡れていないため、引き連れて赤司にとっても苦痛だった。



「いつまで、たっても終われない、ぞ、、」



 赤司はを宥めるように背中を撫でてやる。赤司以上に痛みに震えている彼女は、ぽろぽろと涙をこぼして赤司の肩に額を預けて荒い息を吐いた。

 は赤司の言うことに逆らった。赤司に逆らって、加害者であるはずだった戸院を助けた。

 またこの間のように痛みで覚えさせても良かったが、せっかく傷跡もなく、綺麗だった白い肌は今となっては咬み痕やら痣でひどい状態だ。これ以上増やすのはあまりにも可愛そうだし、明日の夕方にはウィンターカップのために東京に移動し、泊まり込むことになるので、動きがおかしければ服の下でもバレる。

 特に実渕は鋭いので、もう赤司がにしたことに気づいているかもしれない。

 だから、赤司が出した条件は自分をイかせれば、戸院のことに関してはこれ以上手を出さないというものだった。

 確かに教員からの戸院の処分は自宅謹慎と生徒会長の辞任だけだが、周囲から彼女を追い込むと言うことは出来る。ましてや怪我をさせたという事実は、が許したとしても大きな問題だ。少なくともバスケ部の次期主将という立場がなくなるほどには。

 それに色々手を加えれば、赤司が少し噂を流す程度でいじめなどに発展するだろう。後は外野が勝手に彼女を退学に追い込んでくれる。

 だが、はそれを望んでいない。他人を守るために泣いて懇願する彼女を見るのは、実に気分が悪かった。



「うぅ、征、く、」



 掠れた高い声が名前を呼ぶ。それが縋り付くためでもゆだねるためでもなく酷く空虚な、無意識のもので、心が少しずつ凍り付いていく。



、」



 背中を撫でて彼女を宥めようとするが、彼女の眉間に深く刻まれた皺が取れることもない。相当苦しいのか、何度も何度も空気を吸い込み揺れる身体は、前なら完全に赤司に委ねられていたが、今は力が入ってしまっていて、だからこそ赤司を深くくわえ込むことが出来ないし、受け入れられない。濡れない。



「・・・」



 自分の腕の中に彼女はいる。その小さな身体を支配しているのは自分だ。なのに、何もかもが噛みあわない。体も心もどんどんすれ違っていく。



『赤司、おまえちょっとをよく見とけよ。』



 教師の大峰はあの後、事務的手続きのために赤司を残してそう言った。



『何故ですか?』

、単なる嫉妬でこんなことやらかしたんだぞ。』

『は?がまさか。』




 赤司は教師に言われても、それを自嘲気味に笑い飛ばした。

 中学に入ってからも、には男女の差異が理解できていなかった。平気で人前でキャミソール一枚になるし、出かける。それは高校になってからも変わっておらず、何度説明しても赤司の気持ちを理解してくれなかった。

 彼女は大人になるのが遅い、否、成長しているんだろうかとすら思っていた。



『戸院と赤司、おまえらが話していると苛々してたそうだ。は素直にただ苛々するって言っていただけだったが、嫉妬について説明したら本人も納得してたよ。』



 大峰は生徒同士の恋愛などに口出ししたくないのか、鬱陶しそうにため息をつく。



『よく見とけよ。はいらないことしいだし、素直すぎる。あのぐらいの女はころころ変わるぞ。』



 それは忠告のつもりだったのだろう。だが、赤司はそれを聞いて、温かさよりぞくりとした冷たさがこみ上げた。

 彼女が嫉妬なんて、本当に抱いていたのだろうか。なら彼女は、一緒にいる自分のことを、恋愛として欠片でも好いてくれていたのだろうか。もしそうならば、自分はそのすべてを踏みにじって、彼女を側に置いているのではないか。

 希望と絶望と、ないまぜのそれに、赤司は対処できない。

 彼女の意志を踏みにじって、離れていかないように縛り付けた今、彼女がまだ自分を好いてくれているなんて都合の良い妄想が出来るほど、赤司は子供ではなかったし、手放す可能性のある賭けに出られるほど、を軽くなど考えられなかった。



、」



 こつんと、幼い頃にしていたように頬に手を当てて、彼女の額と自分のそれを合わせる。

 そんなことをしたって、何も変わらないとわかっている。感情でほだすなんてことは、もうできっこない。力で支配しているのだ。なのに、それなのに赤司は未だに彼女の感情を求めている。馬鹿みたいな話だ。



「好きだよ、ずっと、」



 気づいたのは中学の時だが、いつも彼女は当たり前のように傍にいて、その喪失は赤司が昔から最も恐れたものだった。ふわふわと笑う彼女はいつも傍にいて、母が死んでから唯一無条件の信頼と愛情を自分に与えてくれた。

 だから、どうしても、どうしても手放したくない。



「・・・征、く、」



 は漆黒の大きな瞳で赤司を写して、くしゃりと表情を歪めると、幼い頃のように細い腕を赤司に伸ばしてきた。縋るようなその手に応えるようにの躰を抱きしめる。

 少しだけ、ほんの少しだけだが、の躰から力が抜けた。



「うぅ、う、」



 動かなかったせいか、濡れはじめたの膣が僅かにの躰が深く赤司を銜え込む。それでもまだ苦しそうな、押し殺したような声を出して、小さな身体を震わせた。

 全部委ねてくれたら良い。その存在も、才能も、全部全部自分のためだけに使ってくれれば良い。そしたらきっと赤司は彼女をどろどろに甘やかして、他者を犠牲にしたこれ以上ないほどない頑強な箱庭に彼女を閉じ込めるだろう。

 なのに、は他者を犠牲にすることを望まない。それに全中の試合で、彼女は気づいてしまったのだ。赤司の作り出した箱庭が何から出来ているのか、そして赤司の正しさを、疑った。




「・・・怖い、か、」



 自分のことが怖いのかとは、聞かなかった。痛みを与えた人間を恐れない訳がない。だから多分、赤司が一番恐れているのも、だ。

 赤司はが怖い。自分の手をすり抜けていく才能、存在、そのすべてが怖い。

 ずっとずっと感じていた。には厳然とした才能があり、それが自分を超える物ではないのかという疑問、そしてそれを支配し、同時に彼女よりも優れていると自分を確かめる優越感。歪んだ感情は純粋な幼い恋情と絡み合ってどうしようもないところまで来ているのだろう。

 細い手が縋るように背中に回されているのに気づかないまま、赤司は彼女の躰だけを抱きしめていた。






Fluchtbarkeit 恐怖