「ちょっと?アンタ大丈夫なの?」



 実渕が心配そうにを見やる。大部分は前髪に隠れていたが、そこには冷えピタがぺったりと張ってあった。




「玲央、悪いがを見ていてくれ。少し熱があるんだ。」




 を支えるようにしてやってきた赤司はを集合場所の近くにあるベンチに座らせ、そう言って、自分の荷物とともにの荷物をその場に置いた。


「薬はどうしたの?」

「昼から病院に行って、もらってきたよ。こんな状態で連れてくるのは少し不本意だが、真太郎や大輝たちとやることになることを考えれば仕方がない。」



 どちらにしても、キセキの世代とやることになる。特に順調にいけば少なくとも赤司は緑間と当たることになっており、にはその動きと成長率を統計して欲しかったため、見につれて行かねばならなかった。そのため、の東京への随行は絶対だ。

 朝から熱があるのはわかっていたが、昼までに動く気力がなく、昼になってやっと赤司が、このままでは病院にも行かぬまま東京に行く羽目になる、とおんぶ状態でを病院に無理矢理連れて行くことになった。



「みんなが集まったら呼びに来るから、ここで待っていろ。」



 赤司は力なく荷物の上にのしかかる形でもたれているの頭を軽く撫でる。



「うぅん、んー。」

「・・・玲央、頼んだぞ。」

「はーい。」



 の意味不明な返事が全く当てにならなかったのだろう、赤司は実渕に目を向け、あっさりと言ってから、部員たちの点呼のために集合場所に歩いて行った。



「インフルエンザとかなの?」



 実渕がの隣に座って、の髪を優しく撫でる。



「ちがうよ、ただの風邪だって・・・」



 医者の見立てでは、精神疲労から来る胃腸炎を伴った風邪だった。最近ストレスがかかることばかりだった上、赤司に抱かれたりして朝に起きられず、食事を出来なかったりと言うことを繰り返していたため、いつの間にか体調を崩していたらしい。

 そういえば眠りも浅かったかもしれない。食事も出来ていなかった。医師に確かめられて初めて、自分の体調が悪かったことには初めて気づいた。



「ちょっと体調管理ぐらいしなさいよ。最近浮かない顔だったじゃない。」

「そうだっけ?基本的に風邪引かないからわかんない。」



 は生憎健康優良児で、赤司以上に風邪を引かない。インフルエンザなど人生で一度たりともかかったことがなく、先端恐怖症を発症するくらいに一〇年ほど注射を受けたことすらもない。そのため多少体調が悪くても熱が出るまでは風邪ではないとすら思っていた。



「あーあー、食った食った。」



 根武谷が相変わらずどっしりとした体格を揺らすようにしてやってくる。その後ろには黛の姿も見えた。

 どうやらの風邪のことを赤司から聞いて、点呼が終わった途端にやってきたらしい。が少し向こうを見ると何人か遅刻者がいるのか、赤司の隣にいるマネージャーの樋口が電話をかけていた。



「あれ?まだ来てない人がいるの?」



 は身体を起こして、隣に座っている実渕にもたれる。




「征ちゃん、眉間に皺だわ。まぁ、が心配なのかもしれないけど。」

「え?まだ怒ってるのわたしに?」

「さぁ?」




 実渕は艶やかに微笑んで、よしよしとの頭を撫でる。だが実渕の言葉を黛がため息交じりで手をひらひらとさせて否定した。




「違う。違う。葉山の遅刻だよ。」

「え、コタちゃん遅刻なの?」




 は少し目尻を下げて息を吐く。




「征くん、つめ合わせないの嫌いだよ。」




 日頃は基本的に人望も厚く、おおらかにすら見せる赤司だが、基本的に必要な時に必要な物を提示できない相手は嫌いだ。



「・・・そりゃ、ペナルティは避けられないわよ。」



 実渕も細い、女性らしいため息をついた。

 東京行きの新幹線まで時間はそれほどない。間に合うかどうかは知らないが、どちらにしても赤司が怒るのは当然のことだった。



「スタメン来ないって最悪だな。あいつ。」



 根武谷も息を吐いて、自分の荷物を抱える。



「永ちゃん、それはなに?」



 はじっといつもの部活用のエナメルバックとは別に持っている、ビニール袋に入った大量の四角い塊を眺める。



「え?弁当に決まってんじゃん。」



 根武谷はにも見えるようにビニール袋を掲げる。

 新幹線は7時出発で、だいたい東京まで約2時間半から3時間程度だ。あちらにつくのは10時過ぎになるから、弁当を持ってくるのはわかる。だが、数がまるで全員のご飯のようなレベルだ。



は・・・まぁ、征ちゃんが何か消化に良さそうな物を買ってるでしょう。」



 実渕はの食事を心配して、それは杞憂だったと思い直す。赤司のことだ、自分のこともだが、の食事を忘れるとは思えない。




、立てそうか。」




 点呼が終わったのか、赤司がの所までやってくる。



「征ちゃん、私たちが荷物を持つわ。、支えてあげて」




 実渕がそう言って、の荷物を持つと、それに続いて黛と根武谷が赤司のエナメルバックと荷物を肩にかけた。



「あぁ、悪いな。、おぶされ。」

「え、でも、」

「早くしろ。時間があるわけじゃない。」



 赤司は淡々とそう言って、の前に膝をつく。は少し躊躇ったが、赤司の首に後ろから手を回した。何度か赤司は揺すって体重を乗せやすい場所を考えてから、立ち上がる。

 元々赤司の身長がそれほど高くないと言っても、170を超しており、対しては150センチ弱と女子としては小柄だ。元々細身なので、少しの間おんぶするくらいは運動部の赤司にとってはなんてことはなかった。



「時間がないって、コタちゃんは?」



 は少し熱っぽい、ふわふわと浮いた声音で尋ねてくる。



「あと数分でつくそうだ。本人申告ではな。」



 赤司は冷たい目で言って、改札のゲートを係員に言って二人でくぐった。

 マネージャーの樋口が聞いたところによると、葉山本人は近くまで来ているそうだが、赤司としては彼の申告自体どこまで当てに出来るかわからないと考えていた。最悪、チケットの指定席は泥に捨てることになるが、乗車券自体は生きているので、後ろの新幹線で来るだろう。

 彼にそれを考える頭があれば、の話だが。



「えー、コタちゃん来ないとどうなるの?」

「どうもならないわよ。どうせ明日は休み、明後日は開会式だけだもの。それに1回戦なんてたかが知れてるわよ。」



 実渕はあっさりとの疑問に答えた。

 明日は休息日、明後日は開会式だけで、試合は明明後日からだ。仮に明後日に間に合わなくても、1回戦で赤司たちが対戦する相手は別にキセキの世代を抱えているわけでも、強豪というわけでもない。葉山一人がいなかったとしても問題ない相手だった。



「明後日、開会式前にもう一度病院に行くぞ。」

「え?大げさだよ。ただの風邪だよ?」

「抜糸の件もあるかもしれないと言われただろう。」



 風邪を引く数日前、は縫ったあまたの怪我の抜糸をしていた。そこからばい菌が入った可能性もあるかも知れないと、一応今日昼に病院に行った時に精密検査をされたのだ。とはいえその結果の連絡は明日赤司の携帯に入ってくると聞いている。



「でも、結果が良かったら病院に行かなくても良いでしょう?」

「駄目だ。気をつけておくに超したことはない。それに開会式の時に、キセキの世代と顔を合わせる。おまえも来い。」

「え?」




 赤司は言い捨てて、新幹線に乗り込んだ。それに続いて部員たちもぞろぞろと乗り込む。それを目の端で確認しながら、は何やら怖くなって彼の首に回した腕に力を入れた。




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