新幹線の席は前からコーチの白金が座り、マネージャーの樋口が隣に座った。次の四人座りの所を進行方向と逆の席を実渕と黛が、そして進行方向と同じ方向の窓際に赤司がを下ろし、荷物を邪魔にならないように上へと上げていく。

 食べ物という荷物の多い根武谷はその後ろの二人分の席を陣取った。



「あまりに体調が悪いようならすぐに赤司に言って、病院に行きなさい。良いね。頭の件もあるのだから気をつけなさい。」



 白金はの体調を見に来て、釘を刺すように言う。



「はーい・・・」

「最悪、見に行く試合はキセキの世代の高校だけで良い。危うくなる可能性が高いのは、そこだけだろう。」



 すでに他の強豪には申し訳ないが、ある程度見切りをつけてある。の統計が必要になるのは恐らく、キセキの世代との試合だけだ。



「・・・誠凛の試合、見たいから、がんばります。」



 はぽつりと言った。

 まだよくトーナメント表を確認していないが、誠凛も必ずウィンターカップに出ているはずだ。彼には必ず見に来てくれと言われていたし、自身もあの誠凛高校がどんな試合をするのか、どうしても見たい。



「えぇ?あれ?知らないの?」



 の向かい側に座っていた実渕が少し首を傾げて、荷物の中からトーナメント表を出してくる。



「何が?」

「アンタの言ってるのよ。誠凛って、桐皇とやるでしょう?1回戦。」

「え?」



 は実渕からトーナメント表を受け取り、確認する。確かに隣同士に桐皇と誠凛が並んでいた。



「え、えええええ、1回戦?てっちゃん、くじ運わるぅ。あ、でも大輝ちゃんが負けたらくじ運悪いのは大輝ちゃんか。」

「いや、くじは選手が引いたわけじゃないでしょう。」



 実渕は冷静に突っ込む。赤司は呆れたようにの隣でため息をついた。



「順当に行けば、間違いなく大輝が勝ち進んでくる。しっかり見ておけ。」



 青峰は天才的なプレイヤーで、オフェンスでは右に出るものはいないと考えて間違いない。火神という少年は確かに発展途上の良い資質を持っている存在だが、成長率を考えても、完成された青峰に勝てるとは赤司には思えなかった。



「そんなことないよ。わたしはてっちゃんが勝つと思うよ。」



 は驚くほどに確信を持った声音で迷いなく言葉を紡ぐ。




「アンタ、そういえば東京にインターハイで行った時、秀徳と誠凛の合宿に顔出しに行ってたわよね。」




 実渕がふと思い出したように顔を上げた。

 インターハイに東京に行った時、数日試合がなかった暇を利用して、は勝手に秀徳と誠凛が合宿をしている場所に顔を出しに行っていた。赤司は忙しいので一緒には行けず、目立たない黛がついて行っていたはずだ。

 とはいえ、相手に黛では、巻かれてに逃げられていた可能性が高い。



「うん。秀徳も誠凛もみんな良い人でね、遊んでくれた!」



 はにこにこと手をそろえて笑う。



「大我ちゃんはねー、ずぅっっと走らされてたから、代わりにゲームに入れてもらったよ。」



 誠凛と秀徳の人たちは洛山のマネージャーだとわかっても、黒子が取りなすと普通に接してくれて、しかも黒子が頼むと誠凛の監督はをゲームにまで入れてくれたのだ。練習試合はやはり緑間のいる秀徳のバランスが良く、なかなか抜けなかったが、それでも惜しいところまでは行けて、楽しかった。

 誠凛は多分弱くはない。それだけでなく、どんどん成長している。それにみんなで一生懸命やっているから、もその中に入ることができてとても楽しかった。



「偵察に行ったとか一応言ってたけど、・・・何しに行ったの。アンタ。」



 実渕は肘置きに肘をついて、こめかみを押さえる。

 口ぶりからして誠凛と秀徳の試合に入れてもらって、しっかり遊んでもらえて本人はご満悦だったらしい。本当に何をしに行ったか全くわからない。本人としては偵察と銘打った旧友との再会と遊びが重要だったのだろう。

 元々は映像を記憶しているだけで、偵察とか、そう言った意味のあることに役立てることはあまりしない。が記憶した映像を統計かして傾向を出すまでがの仕事だ。それをどう戦略に役立て、対策していくのか、考えるのは赤司であって、ではない。



「黛さん、止めなかったんですか。」



 赤司が冷たい目で自分の前に座っている黛を睨む。



「あのな、おまえが止められないもんが俺に止められると思うか?ついて行っただけでも感謝して欲しいよ。」



 そもそも赤司はをあまり傍から話したがっていないので、彼女が秀徳と誠凛の合宿を見に行くと言い出した時反対した。にもかかわらず彼女はホテルに下手な字の置き手紙だけ残して、偵察という名目の遊びに行ってしまった。

 黛がついて行ったのは、まさに偶然だ。ホテルを出て行く彼女を見つけ、その存在感のなさで追いかけただけだ。ちゃんと携帯で彼女の居場所を連絡しただけでも感謝して欲しい。



「・・・貴重な情報が得られたかも知れない、ということにしておく。」 



 白金はとの会話で建設的な物が得られないとわかったのか、席に戻る。



「本当に、アンタそのてっちゃんは誰のなのよ。誠凛にいるの?まだ見たこともないんだけど。」



 実渕は前々から前から時々、“てっちゃん”に電話したり、メールをしているのを聞いていた。

 話に出てくる限り少なくとも帝光中学の出身者であることは間違いなさそうだが、キセキの世代の五人に該当者はいない。他のキセキの世代のこともの会話には出てくるが、赤司が一番顔色を変えていやがるのが、その“てっちゃん”だった。

 なぜだか、実渕は知らない。ただ今も赤司は疎ましそうに眉を寄せていた。



「え、てっちゃんはてっちゃんだよ。誠凛にいてね、多分、ウィンターカップで会えると思う。だって、約束したもん。」




 は本当にウィンターカップの予選を黒子が勝ち抜いたのかを知らない。

 赤司にスマートフォンは取り上げられてしまったし、今のガラゲーはロックがかかっていて、一定の相手にしか電話できないようにされている。公衆電話から電話をかけることも出来るだろうが、そんなことをすれば赤司がどれほどに怒るか、は何となく理解していた。

 今の赤司は他の男とが電話したりメールしたりするのを極度に嫌がる。いや、元々嫌だったのだろうが、言わなかっただけだったのだろう。



「何よ、多分って。」



 実渕は曖昧なの言い方に眉を寄せたが、新幹線の出発のアナウンスが聞こえ、顔を上げる。



「もうそろそろ出発だな。」



 赤司はふっと息を吐き、の額の冷えピタを、前髪を巻き込まないように慎重にはがして、新しいのにこれまた丁寧に張り替える。



「薬が切れてきたな。」



 の額が熱いのがわかったのだろう。は少しだるいのか、素直に赤司の肩にもたれて支えになってもらうことにした。寒くないか気にしてか、赤司がの肩に自分のブレザーを掛ける。ただ熱は徐々に上がってきているのか、寒くはなかった。



「そういえば、小太郎来ないわね。」



 実渕が本から顔を上げて、言った。

 もうそろそろ出発時刻で、先ほどからもう10分ほど時間がたっている。部員たちもそれぞれくつろいでおり、新幹線を楽しむ所存だ。



「ちこく?」

「いや、もうとっくに遅刻だ。問題は間に合うかという話だろう。」



 がのんびりと尋ねるのを、赤司があっさりと打ち落とす。



「あ、小太郎じゃない?」



 実渕が窓の外を見て、手を振っている葉山を見つける。どうやらやっとやってきて、赤司たちの席を見つけたらしい。だが外側からだ。



「馬鹿よね」

「心底馬鹿だな。」



 実渕と黛が容赦なく葉山のことを評する。



「どうして馬鹿なの?」



 はよくわからず、もたれていた赤司の肩から顔を上げた。すると隣の赤司がぽんぽんとの頭を撫でる。



「もう出発するからだよ。」




 ドアはすでに閉まっている。あっという間に窓の外の葉山は遠くなっていった。





Der Dummkopf 馬鹿