さすがは洛山の一軍だけあって、無様に騒ぐこともなく、新幹線の旅は穏やかに過ぎていた。
「だから、次の新幹線に乗れと言っている。」
赤司は携帯電話に向かって絶対零度の冷たさで言う。
「・・・なんでコタちゃんわたしの携帯電話にかけてきたのかなぁ?」
は向かい側に座っている実渕に尋ねた。
新幹線が出てしばらくすると、何故かの携帯電話に置いて行かれた葉山から連絡が来たのだ。は最近赤司にスマートフォンを取り上げられたが、限られた人間はの連絡先を知っている。他のメンバーに電話しても良いはずなのに、何故か葉山はの携帯に電話をかけた。
理由は以外の全員がわかっている。
「決まってるわよ。一番怒られない相手を選んだの。子供みたいな理由よ。」
実渕は心底呆れた顔で、はーとため息をつく。
「馬鹿だろ。それが一番怒られるってわからねぇのかね。」
黛は呆れを通り越して哀れみの視線を携帯電話越しに葉山に向けた。
確かには怒らない。ただ、に新幹線を乗り遅れた時の対処法など、聞くだけ無駄だ。しかもの隣には必ず赤司がいる。がわからない時誰に尋ねるかなどわかりきったことだし、ましてや今日は体調が悪く、彼女の荷物を運んできたのは赤司だ。
結果的に、赤司にもたれて半分寝かかっていたの代わりに携帯電話に出たのは、赤司だった。当然は目を覚まし、熱もあって変なふわっとした高い声で話している。
「なんかわかんないけどーぉ、こたしゃん、はしっておいつく?」
「あのね、、アンタ言ってることが変よ。誰が新幹線に追いつくの。」
実渕は冷静に突っ込んで、目尻を下げた。は先ほど見た光景と今が何やらいまいち理解できていないらしい。
「・・・まったく。」
赤司はの携帯電話を日頃とは裏腹に少し乱暴にかちんと閉じる。
「小太郎はどうするのよ、結局。」
「次の新幹線で着くそうだ。30分遅れだな。」
「あらそう。なら、ぎりぎりかしらね。」
東京駅からは集団でバスにてホテルまで移動することになっている。そのバスは融通が利くため、30分ホテルに着くのが遅れるだろう。
「、もうそろそろ薬を飲むために何か食べろ。」
赤司はに携帯電話を返してから言う。
「んー、ん。ねむい、」
は赤司の肩に額を押しつけてふるふると首を振った。
先ほどの電話で眠たいのに起こされてしまい、だるいのと眠たいのとむかつくのとで機嫌があまり良くない上、自分の状況があまり理解できていないようで、は嫌がる。
「だめだ、少し食べて、薬を飲んでからだ。」
「・・・うー、」
「一応、ゼリーとおにぎりとがあるが、」
赤司はあらかじめ消化に良さそうな物を買ってあった。
元々は誰もが驚く健康優良児で、人生において未だに悪寒を感じたことがないというくらいの馬鹿だ。お腹は壊しているが、元が食いしん坊で、体調が悪くてもお腹がすくだろうと、おにぎりも購入してあった。
「おにぎり・・・」
「わかった。あと、僕のお弁当で食べれるものがあればとったら良い。」
赤司はそう言って、眠たそうなとろんとした目のの頭を撫でた。は昔と変わらぬ彼の動作にほっとする。
体調を崩したせいか、彼は酷くに優しい。いや、が離れるかも知れないとわかるまで、彼がを粗雑に扱ったことはなかった。彼が拒むのはいつも、が離れていくことだけ。本当に冷たいわけではなく、が離れていることを怖がっているだけで、自分に対する感情は存在すると、は信じている。
だから、だからまだ、は彼の傍にいられる。
「明日は自由時間だから、しっかり休むのよ。」
実渕が跳ねているの前髪を押さえてから、目尻を下げた。
「うん。わたしひとり部屋?」
「一軍のマネージャーで女はおまえだけだから。」
体力や物を運ぶ面なども考えて、一軍のマネージャーは全員男だ。他の高校の生徒が見れば、洛山は男子校とでも思えるだろう。そのための他に女子は折らず、他の生徒が二人一部屋にもかかわらず、だけは小さなシングルを与えられていた。
「でも、を一人にするのは不安だわ。内緒で交替する?征ちゃん。」
赤司と実渕は同じ部屋だ。
実渕がと交代すれば、実渕が一人部屋になるが、風邪を引いているを一人部屋にするよりは安心だろう。ましてや元々実渕は赤司とが同居していることを知っている。の対応に赤司が慣れていることは承知だ。
「・・・」
赤司はを見下ろす。
はおにぎりを最初は食べようとしていたが、やはり気分が悪いのかゼリーに切り替えていた。額に手を重ねると、熱が上がってきているのか随分と熱い。今薬を飲んでも朝食時間まではもたないから、朝方に熱が上がってくるだろう。
「そうだな。そうしようか。」
医者はが抜糸を終わってまだ数日であることを随分と心配していた。頭のダメージは大きい。ましてや叩かれて体育館の床の鉄板に激突したのだ。体調の変化など小さな副作用はあるかも知れないし、菌が入ったのかも知れない。熱の高いを夜に一人で眠らせるのは赤司が不安だった。
ホテルの鍵もオートロックだし、中で何かあっても、対処できない。
「わかったわ。も体調が悪かったらすぐ征ちゃんに言うのよ。」
「大げさ?」
は言うが、声がふわっとしていて、あまり体調が良さそうではない。
「大げさかどうかは、征ちゃんが決めるの。良いわね。」
実渕はにもきちんと注意をして、自分の弁当を広げる。はゼリーを食べ終わると薬を飲んで、すぐに赤司にもたれかかった。
「一番最初に当たるのは秀徳だろうけど、どんなチームなのかしらね。」
実渕は楽しそうに笑って、暗い外を見やる。
「真ちゃんと、高ちゃんのチーム?」
「・・・高ちゃんって誰。」
「真ちゃんの相棒なの。」
熱でぼやけた声ながらも、にこにことは笑って言った。
「相棒?」
赤司はあまりに緑間に不釣り合いな言葉に、首を傾げる。
帝光時代、緑間が相棒を作るようには見えなかった。基本的に彼は真面目だがなれ合いは嫌いで、人付き合いも苦手だ。だがはそんなくだらないことで嘘をつくタイプではないし、感性で生きているが言う限りは本当なのだろう。
「今の真ちゃんは、・・・ちょっと好き。」
「そういえば、アンタ、真ちゃんは苦手とか言ってたわよね。」
実渕はの前に言っていたことを思い出した。
はキセキの世代では唯一、緑間のことを苦手としていた。とはいえそれは彼女一人ではないと赤司はよく知っている。特に単純な青峰、黄瀬、そして黒子と仲の良かっただが、その三人全員ともに、緑間と相性があまり良くなかった。
「、寝ていろ。ついたら起こしてやるから。」
赤司は自分の弁当を食べ終わると、自分にもたれかかっているの頭を撫でる。
「膝をかそうか?」
「・・・うん。」
は促されるままに赤司の膝に頬を押しつけたが、すぐに体調が悪いのか目を閉じた。赤司はの肩に自分のブレザーを掛けてやる。
「、最近元気がなかったけど、調子が悪かったのね。」
実渕は眠ってしまったを見ながら、小さく笑う。それが違うことはわかっていたが、赤司は誤魔化すように曖昧に頷いた。
「基本的には健康優良児だから、鬼の霍乱だね。」
言いながらも、が精神的なことに弱いのは知っていたので、今回の体調の悪さは間違いなく赤司のせいだ。少し手を緩めないと、の身体の方が持たないかも知れない。
飴と鞭と簡単なことを言うが、相手だとなかなかうまくいかない。
赤司の膝の上で眠っている彼女の顔は、幼い頃と何も変わっていなかった。
das Maedchen 少女