青峰の異常なほどの速度、集中力、機動力。すべてを可能にするのは。



「ゾーン・・・」



 試合を見ているは小さくつぶやく。

 青峰の状態はもよく知っている。すべての雑念が取り払われ、ただただ勝つことだけを考える。火神にはどこまで見えているのだろうか。



「これが、青峰の本当の姿。」



 赤司が弾んだ声で言って笑う。それは強者を見据えた時の高揚。



「・大輝ちゃんは知ってるものね。」



 は小さくためつぶやいて、会場の空気すらも支配する彼を見下ろした。

 が初めて立ったその扉が何なのか、彼はよく知っていたのだ。青峰とはよく似ている。だからこそ、彼はすぐにわかった。とっくに彼が通った道なのだったから。そしてだからこそ、きっと彼は絶望を深めたのだろう。



「でも、まだ第一試合なのに、」



 誠凛も桐皇も、出し惜しみできない戦いと言うことだろう。は心地よい熱気に目を細める。だが戦略的に考えれば、本来隠しておきたい手だったはずだ。だがその余裕がないのは、やはり誠凜にそれだけの実力があるからだろう。

 の言葉に、赤司が腕を組んで少し考えてみせる。



「どのみちゾーンに関しては第一試合で見せてしまったところで、対策はとれないからな。」



 ゾーンに入れるのは、まさに才能のあるごく一部の者だけだ。出し惜しみが出来ない状況というのはあるだろうが、どうせ見せてしまってもきっと多くのチームに対策はとれない。



「洛山はあれを止められると思うか?」




 赤司は淡々とに尋ねた。



「・・・」



 は静かに目を伏せ、今見た青峰の動きと、自分の中にある洛山の選手の動きを合わせていく。順番に大量にある画像を切り貼りして繋げていけば、時間的に可能か、不可能かはわかる。



「三人全員とって、ぎりぎりかな?」




 の答えは少し中途半端だったが、正確だろう。

 三人いれば止めることは出来る。だが確実に止められるとは言い切れない。恐らくその精度は半々。3人も使って確実に止められないのであれば、青峰に他の者と連携されれば終わりである。別の手を考えるべきだ。



「征くんが入るならだいたい止められると思うけど」

「今のままでは、確実ではないということか。」



 は言葉を八つ橋に包むことが出来ない。赤司でも確実に止められるとは言い切らない。言い切れないのだ。



「あとでの覚えている範囲の止められる方法を教えてくれ。」



 の膨大な記憶の範囲では、一番有益な止め方が考えられているだろう。

 人間というのは自分の動きを存外覚えていないものだ。は見たままの映像をすべて覚えており、その人間が可能な動きを見た範囲で理解する。それを組み替えたり、切り貼りすれば、止められる方法くらいはわかる。ただ、中途半端な言い方なのは、いまいち切り貼りした結果にすっきり来ないからだ。

 の答えを加味した上で、別の策を考えるべきだ。



「そうだね。でもどうするのかな。誠凛は。」

「こればかりはどうにもできないだろう。」




 黒子も粘ったが、これで決定だろう。ゾーンに入られては、恐らくもはや誠凜といえど、勝てる手立てはないだろう。もう手数もほとんどないはずだ。これ以上彼らにはどうしようもない。赤司は小さなため息をついて、を見る。背がそれほど高くない赤司以上に小さなの黒いつむじ。

 は、黒子が負けることに傷つくだろうか。そう小さな頭を眺めながら考えていると、ふっとが顔を上げた。



「でも大我ちゃんは諦めてないよ。てっちゃんも諦めてない。約束したしね。」

「この状況だ。そう簡単ではない。」

「そんなことないよ。大我ちゃんはわからないよ。同じタイプだし、よくわかる。」



 楽しそうには笑う。鈴ならすようなころころとした心地よい笑い声は、中学時代と全く変わらない。だがこれほど楽しそうに試合を眺める彼女を、中学以来見たことがあっただろうか。

 酷く楽しそうな彼女を憎らしく思う。




「彼は、出来る、」



 どんなに支配しようとしても、彼女の心はふわふわと飛んでいく。感情的で、衝動的で、理性などものともしない。彼女は楽しい方へと飛んでいく。

 あれほど退屈そうに試合に臨んでいた青峰が、いつの間にか楽しそうに笑っている。そう彼のように。



「同じタイプか、」

「そ。同じタイプ。」



 と青峰はよく似ている。そしてそれは火神も同じだ。理性的ではない。感情でしか、本能でしか何かを考えることが出来ない。




「だから多分、今回勝つのは、大我ちゃんだよ。てっちゃんもついてるしね。」




 黒子は約束を守ると言った。火神は負けないと言った。だから、きっと勝つのは誠凜だ。

 ゾーンに入った青峰に、火神が必死に食らいつく。最初は惜しくもなんともなかったのに、いつの間にか青峰の持つボールに、火神の手がかする。

 赤司は信じられない思いで眼下の試合を見据え、小さく舌打ちをした。



。」

「ん?」 



熱があることも忘れて、は鉄パイプに頬杖をついて楽しそうに眺めている。中学の時にあった無邪気さ。それが完全に戻る。

 そして眼科では、かつてと同じように楽しそうにプレイをする青峰がいる。

 無邪気に、強者に望むその姿は、昔と全く変わっていない。ただ退屈さを覚えるにつれて、その楽しいという感覚を忘れていただけ。



「ゾーンの入り方を教えろ。」



 冷たく言い捨てると、は大きく目を見開く。すっと周囲の空気が冷えていく。



「知っているだろう。青峰に聞いたんじゃないのか?もしくは聞きに行った、わけだな」



 と青峰は中学卒業後、恐らく数えるほどしか連絡を取っていなかったはずだ。それにもかかわらず青峰はを心配し、やってきた。もまた青峰をすぐに頼って、わざわざ会いに行った。と青峰はよく似ている。青峰と火神もよく似ている。なら二人ができる事を、が出来ないとは思えない。



「・・・良いけど。」



 は少し考え込んでから、口を開いた。中途半端な言い方だ。ただ怖がっている様子も、悲しんでいる様子もない。感情がうまく読み取れず赤司が眉を寄せると、それを感じてか、の方から口を開いた。



「・・・征くんに物を教えるなんて、生まれて初めてかも。」



 嬉しそうでも、楽しそうでもなく、酷く困った顔をしている。



「・・・そうかもしれないな。」



 記憶を辿るために少し考えて、赤司も思わず頷いてしまった。







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