とナルトが初めて会ったのは、彼女がまだ5歳の時だ。

 忍界大戦が始まる少し前、調査を命じられたナルトの班が保護した水の国の神の系譜・翠の子どもたち。とその弟の瀧は、両親を亡くし、もう何も頼る術がなかった。

 彼女が一番最初にナルトに言った言葉を、ナルトは今でも鮮明に覚えている。



 ――――――――――――――はどうなってもよいから、たきをころさないで!!




 幼いまだ3歳の弟をその小さな腕で抱きしめて、涙で一杯の瞳でがたがた震えながらも、叫んだ彼女が、酷く可哀想で、同時にこれほど恐怖を覚えながらも必死で自分の弟を守ろうとする姿に、驚いた。

 彼女が最後に見た光景は、氷付けにされた母と、死ぬために去りゆく父だけだった。

 5歳のナルトは、寂しさを覚えながらもなんの不安もなく、命を狙われると言うことはなかった。命の危険を目の当たりにしても必死で弟を庇うがいったいどれほどに残酷な光景を見てきたのかに思いを馳せると、今も心が痛い。

 その後、霧隠れの里で滞在している時ずっと、ナルトはと一緒にいた。

 なんだか強そうでもろいから目が離せなかったのだ。弟の瀧が同じ神の系譜でナルトの親友でもあるに懐いたのに対して、何故かはナルトに一番懐き、ナルトが八尾の元に行き、が雷の国の本陣に預かられると決まった時は、ナルトと離れるのが嫌だと泣き叫んでごねたほどだった。




「おまえ、良かったのか?」





 サスケがナルトに尋ねる。ナルトはなんの話かよくわからず、首を傾げた。





「なにが?」

「あの餓鬼だよ。翠の。」

「あぁ、?」




 それが一体どうして何が良かったのだろう、やっぱり分からずにいると、サスケはこれ見よがしにため息をついた。




「一応もう15、6歳の女だろ?」



 どうやら彼はナルトがあっさりと女を部屋に泊めていることに、男としての異議を唱えているらしい。

 サスケは存外女性関係には律儀で未だに独身だが、そういうことにはかなりきちんとしている。今の年齢になればいろいろつきあった女性もいたが、ナルトは結構変な女に引っかかりやすく、いつもサスケに助けて貰っていた。




「女って言っても、だろ。」




 どうしてもナルトは、を“”としてしか見ることが出来ない。確かに性別は女だが、自分を慕ってくれた可愛い子。その感覚が抜けない。

 最初確かに預かるという決定をした親友もナルトが泊めるというと難色を示していた。だが、がナルトの家が良いというと結局それを許した。警備の面もあっただろうが、サスケには納得出来る物では無かったのだろう。



「それにもう一週間もなっているし。」

「そりゃ、帰りたいって言わねぇし、ご飯作ってくれるしさ。俺、のこと大好きだし。」




 ナルトとしては、やっぱり“おかえり”と言ってくれる存在は嬉しい。小さい頃からある意味でずっと憧れ続けてきたからだ。

 週の大半をナルトは親友であるとイタチの一家が住んでいる炎一族邸で過ごすが、やっぱり大家族で賑やかな炎一族邸から帰ると酷く寂しい時がある。

 だからが部屋にいるのは、とても心地が良い。しかも彼女は料理が上手だった。




「おまえがそういう言い方をするのは珍しいな。」





 サスケは少し意外そうに声音を変えた。




 ついこの間、ナルトは彼女と別れたばかりだ。理由は彼女の相手の浮気。彼女曰く、なんでも言うことを聞いてくれるナルトが嫌だったのだという。好きだったかと言われると、別に好きでもなかったが、寂しがり屋なナルトは振られるのが嫌で、全部言うことを聞いていたのだ。


 それが、きっと強いナルトに憧れていた女性にとっては意外だったし、面白くなかったのだろう。

 彼は基本的に博愛主義と思えるほど人に対して悪い感情を抱くことが少ない。たいして好きでなくてもつきあうのはサスケも一緒だが、幼い時寂しい思いをしたせいか、彼はどうでも良い人間にでも精一杯優しくする。無理をしてあわせようとする。

 そんな彼がはっきりと口にする“大好き”は意味は違えど、サクラ以来ではなかろうかと思う。




「そうか?でもあいつ、俺らより10以上年下だぞ。流石に俺ロリコンになるってばよ。」

「もうそういう噂になってるんだけどな。」




 サスケは分かっていないナルトに腰に手を当ててため息をつく。




「え?なんで?」

「当たり前だろ。10も年下の女、家に泊めてるってなればそうなるだろ。」




 しかも自分たちは27歳という良い年だ。独身男性が一週間も女を泊めていれば、彼女だと思われても仕方がない。

 ましてや火影の最有力候補のナルトなので、簡単に噂になる。




「そうなのか…」

「そうだ。っていうかおまえもう27歳だろ?」




 思わずサスケは手をひらひらさせて言う。するとナルトはしょんぼりと目じりを下げて随分と素直に落ち込んだ。





「…は、困るかな。」

「はぁ?知るか。そんなことは本人に言え。」

「だ、だってさ。」

「それに一週間もいるんだろ。どうせそいつもわかってるさ。稜智辺りに言われてるだろうし。」




 イタチの長男である稜智は非常に細かいところがある。サスケと同じで彼もまたがナルトの部屋に泊まることを反対していたから、しっかり分かっているだろうし、案内などをしている限りは本人にも言っただろう。

 それでも良いと思っているから、はナルトの家を出ないのだ。




「そ、そっか。」




 ナルトはほっとしたように胸をなで下ろした。

 彼は今となっては英雄とたたえられ、間違いなく綱手がなくなれば次の火影となる忍であるにもかかわらず、そういう時に彼は自信がない。





「おまえ、結局あの餓鬼が好きなのか?」





 サスケは思わず本気で首を傾げる。

 ナルトが今まで本気で好きと思った人間がよくわからないため、サスケには判別も着かない。ましてやサスケから見ればは子どもらしい生意気な餓鬼で、ちょうど女になりつつあるところでサスケが嫌う鬱陶しい雰囲気がある。

 は絶世の美女というわけでもなく、珍しい水色の髪は言い方によっては不気味だし、濃い青色の瞳は綺麗だと思うが、顔立ちは普通だ。どちらかというと同じ神の系譜であるの方がずっと可愛い顔をしているだろう。

 美人という点では、サスケの兄・イタチの娘である阿加流が自分の姪御だというひいき目を加味しても、ぴかいちだ。




「そ、そんなんじゃないけどさ。だって、気になるんだってばよ。あいつが悩んでること、すっげぇわかるから。」




 ナルトは慌ててそう言って、目を伏せる。

 の能力は神の系譜だけあって飛び出ているが、一代限りの“種なし”と呼ばれる存在で、子どもたちにその特性が受け継がれることもない。





「…そういう点では、あいつも哀れだな。」




 考えながら、サスケはふとそう思った。

 “種なし”は神の系譜の本来の直系を守るために存在すると言われる。実際におのおのの神の系譜の歴史をたどれば、戦乱が重なる時期に生まれる傾向にある。要するには、弟で未来を作ることの出来る瀧の盾となるべく生まれてきたとも言えるのだ。

 大きすぎる力を持つくせに、それは他人の未来をつなぐためにある。それは決して心地よい物では無いだろう。

 化け物と恐れられる人間が受ける冷たい扱いは、どの里でも大差ない。

 まだ木の葉は炎一族と友好的関係を持っているため、神の系譜への風当たりも強くはないが、霧隠れはかつて神の系譜に襲われた経験があり、水影の養女とは言え、いろいろ言われることはあるだろう。

 既に両親もいない彼女には、寄って立つ瀬もない。元々霧隠れの里で育ったわけでもないので、里に知り合いもいない。見守ってくれる人もいない。




「すっげぇ、寂しいだろうな。」





 ナルトは空を見上げて、小さく呟く。

 なんだかんだ言ってもナルトには事情を知り、優しくしてくれる人や、見守ってくれる人がいた。確かに里の人間からの目は冷たかったけれど、それでも大切にしてくれる人もいた。

 には何もない。だから、その“何か”を欲しているのが痛いほどに分かっていた。
探し続ける何かを知る