木の葉隠れの里は霧隠れと違って毎日霧がかかることもなく晴れ渡っており、日照時間もずっと長い。霧隠れは昔、血霧の里と恐れられたほどの血なまぐさい過去を持つことで有名で、しかも現在も政情不安で過去のしがらみもあって、色々と問題が多い。
実際に水の国の神の系譜だった翠も、今となっては戦乱に巻き込まれ、直系であると弟の瀧、そして叔母の紅姫しか残っていない。
対して木の葉隠れの里は火の国の神の系譜である炎一族と友好関係にある。国力が落ちたと言われた25年前の九尾事件時もすべて乗り切り、和解したうちは一族、人柱力、そして神の系譜、他の珍しい血継限界、秘術を持つ一族など多くの手練れを抱えており、今も五大国の中で雷の国と競う程の繁栄を謳歌している。
「すごい!何この市場!!」
は目の前に行き交う人の多さと、沢山のものを見て驚く。水の国にはこれほど大きな市場はない。流石は火の国と言ったところだろう。
「最近行商人がこの広場で週に1回市場をやるようになったんだ。」
はしゃぐと対照的に、案内にかり出されたイタチの息子である稜智は素っ気ない説明をするが、手にはしっかりメモが握られている。
どうやら両親や弟妹に買い物を頼まれたらしい。母親がぼんやりしていることもあり、10歳になる彼は背こそ小さいが、4人兄妹の長子としてしっかりしたお兄ちゃんをしている。
「あっれー?稜智じゃない!?」
奥から名前を呼ばれて、彼は弾かれたようにメモの文字列を追っていた目線を上げる。そこには薄い色合いの金髪に、同じように薄い青色の瞳の女性がいた。
「誰?」
「いの姉、母上の同期の友達。サクラ姉といっつも喧嘩してるよ。超怖い。」
彼はなんてことはないとでも言うようにひらひらと手を振る。すると女性は駆け寄ってきて、彼に笑った。
「何してんの?デート?年上捕まえるなんてもてるじゃない。」
「なんでそうなるんだよ。案内と母上たちに頼まれた買い物。」
「あ、噂の翠の方?」
いのも綱手からちらりとのことは聞いているのだろう。は比較的人見知りなので出来れば隠れたくなったが、流石に頼りの稜智は背が小さくどうしようもない。
視線を向けられてが固まっていると、彼女はにこにこと笑って手をさしのべてきた。
「私は山中いの。よろしくね。」
「あ、は、はい。私、翠のです。」
たどたどしくは挨拶をする。ぎこちなく手を重ねたが彼女は別にの戸惑いに気づかなかったらしく、「よろしくー、」と明るく笑って見せた。
色白で、とても綺麗な女性だ。稜智が言うようにいつも喧嘩していて怖いというのが信じられない。
「そっかぁ、護衛かぁ?格好良い任務任されるようになったじゃないの〜、聞いたわよー。中忍試験受けるらしいじゃない。」
いのは稜智の頬をつんつんとつついていじる。
「もう俺、10歳だし。」
稜智は別段彼女のおちょくりに慣れているのか、手で軽く払ってあっさりと言った。どうやら彼といのは随分親しいらしい。
はじっと二人の様子を見つめる。
先ほど言っていたとおりなら、彼女は稜智の母であるの同期で、生まれたときから稜智を知っているのだろう。だからこそ仲が良いし、いじったり、おちょくったりする。なんだか当たり前のことだが、酷くには羨ましく思えた。
「いの姉ひま?」
「今は暇だけど?」
「俺、これ頼まれてて買わないといけないんだよね。姉の買い物、手伝ってくんない?俺、女の必要なものなんて知らないしさ。」
稜智はひらひらと自分の持っているメモをいのに見せる。そこにはびっしり文字が刻まれており、昼までに終わってしまうこの市場を結構なスピードで回らなければならないだろう。
「え?」
は驚いて稜智を見下ろす。
「別に誰が案内しても良いだろ。それに俺じゃ女の服なんて分からないし。」
何故市場に来たかというと、着の身着のままが水の国から来てしまったため、服や日用品が足りないからだ。流石に女性の日用品を10歳、しかも男の彼が知るはずもない。
元々彼は女の友人を捕まえる気でここに来たのだ。
「良いわよ。その代わりちゃんと帰ってきて頂戴よ。私、夜は任務だからね。」
いのは腰に手を当てて稜智に言う。
「わかってるよ。今度花屋に買い物に行くから許して。」
彼はあっさりと言ってメモを持って近くの舶来もののパン屋に走っていた。
「本当に、しっかりした子だこと。」
いのは呆れたように言って、その小さな背中を見送る。
炎一族で行われる祝い事や葬式の華はほとんどいのの家が発注している。いのの実家が花屋であることを、稜智も既に承知しているからあんなことを言うのだ。本当に10歳のくせに頭の回る賢い子である。
「さ、行こうか。」
いのは笑ってに言う。
「え、あ、はい。」
は戸惑いながらもいのに続いた。
市場では子ども連れの家族や他国の人々も行き交い、買い物客でごった返している。思わずいのの服を掴むと、彼女は自然にの手を握った。
その温かさに、はどきりとする。
の母は、5歳の時に凍り付けになり、一族とともになくなった。優しかった父はどうやって死んだのか知らないけれど、霧隠れの里を襲ってから死んだという。里に保護されてからずっと、は水影の養女として育ってきた。
彼女はとても優しくて自分と弟をとても大切にしてくれたが、莫大な力を持つ神の系譜に対する目は非常に厳しく、いつも取り残されるような思いがした。霧隠れには人柱力はおらず、血継限界など力を持つ人々に非常に冷たい。
ある意味で神の系譜も国のパワーバランスの一つであり、水影のメイもその立場のためにを養女にしたのだろうと何となく思う。
水影であると言う養母の立場上、こんなふうに手をつないでどこかに行ったことはない。
「あそこに、氷菓子があるわ。食べない?」
いのは笑って一つの露店を指さす。
「え、氷菓子?」
「あ、知らないの?木の葉は熱いから、夏になると氷の上に甘いシロップをかけて食べるのよ。」
水の国は湿地帯ばかりで霧がいつもかかっていて、結構寒い。対して水や森に恵まれているが、熱い木の葉では、氷菓子は人気のある食べ物の一つだった。
「ふぅん。」
「おじさーん!氷菓子ふったつー。メロンとレモン!」
「あいよ!」
いのが元気よく頼むと、商売人気質の露店商は笑って二つの氷菓子を差し出した。違う鮮やかな色合いのシロップのかかった氷菓子。
「あ、あの、お金。」
「良いわよ−。私、働いてるわけだし。木の葉を楽しんで貰わなくちゃ。」
はお金を渡そうとしたが、それをいのは受け取らずに、代わりに氷菓子を渡した。
「ふたつあるから、好きな味の方選んだら良いわ。」
緑と黄色の氷菓子にはスプーンのように切り目の入ったストローが刺さっていて、それをとり、恐る恐る削られた氷をすくう。
「美味しい。」
口に入れるとふんわりととけていく。冷たいくせにそれは酷く甘くて、優しい味がする。
「でっしょ−?」
いのは笑っての水色の髪をくしゃくしゃと撫でてくれた。
温かくて、優しいその場所が愛おしくて、羨ましくて、どうやったら手に入れられるのか知りたくて、いつも足掻いていたものが、ここには簡単に存在していた。
当たり前の夢を描く