水影のメイが木の葉隠れにやってきたのは、かれこれが滞在しだして2週間後くらいのことだった。




「どうして、里を勝手に出たりしたの?」





 の養母でもあるメイは冷静に問い詰めようとしているようだったが、僅かに声を荒げて問う。ナルトとともに呼び出されたは久々に会う彼女に大きなため息をついて目を伏せるしかなかった。

 火影の執務室であるこの部屋で火影の綱手が酷く困った顔で二人のやりとりを見ており、同じくと同じ神の系譜で、炎一族の東宮であるもまた同じように困った顔をしている。

 メイの座っているの目の前のソファーの後ろには長十郎と青が控えていて、こちらも口をへの字にしてどうしたら良いのか分からない様子だ。

 ナルトはの隣で居心地が悪そうに身じろぎをした。





「…うるさいなぁ。」

!貴方はどれだけの人に迷惑をかけていると思ってるの。どれだけ里を探したか。」

「…でしょうね。」





 メイの言葉には冷たい笑みを浮かべる。

 神の系譜がいなくなったとなれば、霧隠れの里では大きな話題となったことだろうし、政情不安の水の国の中で、誰かがを捕らえる可能性だって考えられる。必死で皆がを探したことだろう。

 そのうちに秘めた感情は関係なしに。




?」





 ナルトはを何かを訝しむように、こちらの表情を窺ってくる。




「こっち見ないでよ。」




 は冷たく、その澄んだ水色の瞳に視線も向けずに言い捨てた。

 綱手がなくなった後、次の火影はナルトで間違いないと言われるほどに、彼は認められた英雄だ。友人も多く、性格も明るく、皆が彼を求めている。





「何が不満なの、何が嫌だったの?」





 メイは随分と怒っているようで、矢継ぎ早に問う。

 忍界大戦後、と弟の瀧は融和の象徴として水影・メイの養子として迎えられ、何不自由なく育てられた。アカデミーにも通った。中忍試験も受けた。多分他の子どもよりも経済的には恵まれていたんだろう。

 両親が死んでもたった5歳と3歳のたち姉弟が生き抜けた理由は、彼女が助けてくれたからだ。

 でも、知っている。人柱力のいない霧隠れの里にとって神の系譜はなければならないすばらしい兵器の一つだ。それもたった2つしかない、すごい力を持った兵器。兵器が足を持っていてなくなれば、探さなければならないだろう。

 それと同時に、必要なくせに忌み嫌う。求めるくせに疎む。そんな恐ろしい兵器を持ちたくないというのも本音だ。

 ただの兵器ならば、楽なんだろう。でもの中には心がある。心が自分を認める邪魔をする。





…!」





 メイが名前を呼ぶが、の心には何も響かない。でも、ここに呼び出された限りは霧隠れの里に強制送還なのかも知れないなと、冷静に理解してため息をつく。

 勝手に来てしまって木の葉の里に迷惑をかけているなんて事は百も承知だ。

 当然の対応だと理解している。だから誰が悪い訳ではないとわかっているし、言われれば帰らなくてはならないだろう。

 でも、心が嫌だと拒絶する。動かないはずの心が、必死で縋り付こうとする。




「…、わたし…」




 メイの後ろで壁にもたれて心配そうな顔をしているに、は顔を向ける。彼女は少し驚いた顔をしたが、静かに首を横に振った。





「わたしは、迷惑だと思っていないよ。」





 優しい言葉が降ってくる。本当は迷惑だって知っている。でももう縋る場所はそこしかない。





「霧隠れには、帰らない、しばらく放って置いて。」





 は、話は終わり、と立ち上がる。




!貴方何を考えてるの!?」







 メイが叫ぶが、そんなことは聞こえないふりをした。火影に一応頭を下げて、逃げるようにしては部屋から出る。




!」





 ナルトが後ろから追ってきたが、構わず前で扉を閉めてやった。勢いのままに廊下を走り出して外に出ようとすると、手を掴まれる。





「…どうしたんだってばよ。」





 ナルトが問いかける。手を振り払おうとしたが、酷く強い力で手を掴まれていて、それは叶わない。





「何でもない。」





 素っ気なく、冷たく答える。自分でもその声の冷たさに驚いた。





「なんでもなくなんて、ねぇだろ。」





 ナルトが声を震わせて言って、薄水色のの髪を優しく撫でる。その手が優しく頬に下りて来て、くしゃっと優しく髪とともに手がの顔を上に向かせる。





「なんて顔、してるんだってばよ。」






 彼の澄んだ瞳に映る自分は、一体どんな顔をしているのか、見当もつかない。でも、ナルトは酷く傷ついたような顔で、を見ていた。

 彼の方がずっと悲しそうな顔をしていて、それをぼんやりとは見つめる。





「…もう、やだ。」





 忍界大戦後の一つの目標に、神の系譜と里の融和が上げられていた。それによって神の系譜たちはそれぞれの里と和解の方向に動き、手を取り合った。

 しかし神の系譜と言ってもひとくくりには言えない。

 尾獣と同じでそれぞれの性質があり、それぞれの思いや事情があり、過去に作り上げたそれぞれの関係や憎しみがある。

 里に溶け込むというのは、決して簡単なことではない。

 の母と一族は、霧隠れの里に滅ぼされた。の父は、里を襲って沢山の人を殺した。彼の子どもであるを、霧隠れの里の忍は許せない。そのくせに兵器としてのの力を求めている。





「私は、ものじゃないの!」





 はいつの間にか、ナルトを怒鳴りつけていた。

 メイだって、が神の系譜だから養女にしているだけだ。里がを探すのは、神の系譜だからだ。里の奴らだって、神の系譜なんていなくなって欲しいと思いながら、里のパワーバランスを守る兵器だから、を探していたんだろう。

 皆はにただの兵器である事を望んでいる。

 強い武器で、いつでも自分たちの里を守るために使える都合の良い、いつでも廃棄できる存在であって欲しいのだ。足なんでなくてもよい。感情なんて入らない。ただの武器なのだ。

 でも、は違う。ただのちっぽけな人間だ。

 化け物として罵られるのは嫌だ。兵器としての力ばかり求められるのは嫌だ。恐れて遠巻きにされるのだって、悲しい。寂しい。苦しい。辛い。怖い、痛くてたまらない。

 耐えられない。




「連れ戻されるんだったら、死んだ方がまし!」





 はぐっと拳を握りしめて叫び、彼の手を払って俯いた。

 馬鹿みたいにぼろぼろと涙が流れてくる。最近泣いたのは、同じ神の系譜だったに久々に会った時だ。彼女は自分より10ほど年上で、会った時から同じ神の系譜であるを、ただの子どもとして抱きしめてくれたし、笑いかけてくれた。

 彼女は里と一緒に歩いているけれど、の痛みを一番知っていたから、会った途端にすぐにをいらっしゃいと言って迎えてくれた。

 迷惑だって分かっている。ずるいって知っている。でもは彼女に縋り付く以外に方法がなかった。




「…そっか。」




 ナルトは納得したのか、悲しそうに声を絞り出す。

 自分の里を嫌うを、軽蔑するだろうかとが顔を上げようとすると、ぐっと腕が引っ張られて思い切り抱きしめられた。




「な、」

「悲しい、な。」





 泣いているような、震えた声だった。

 その声に含まれる感情は真実のように思えて、は抱きしめてくる温かい腕の温もりに目を閉じた。当たり前のようなその温もりが、悲しみに優しく寄り添う。

 悲しい、悲しいに決まっている。

 自分は兵器ではない。人なのだ。普通に抱きしめて欲しい。普通に愛して欲しい。普通に手をさしのべて欲しい。当たり前のように友達と笑いあいたい。認めて欲しい。




「…悲しい、」






 どんどん、感情を失っていく。なくしてく。生きる意味が見つからなくなる。その感覚はひとりで簡単に耐えられる物では無かった。

08




揺れる嘆き