ぽんぽんと宥めるように優しく背中を撫でてやる。
と始めてあった頃、彼女は母を目の前で凍りづけにされたショックからか、よく夜中に泣き叫んでナルトの部屋に来たものだった。
最初のうちは子どもの扱いが分からず慌てたものだったが、抱きついてくる腕を振り払うことも出来ず、いつもこうやって抱きしめて頭を撫でて宥めていた。
もう膝に抱き上げるようなことは出来ず、座れば頭の高さもナルトと同じぐらいあるが、肩に預けてくる頭の重さは酷く心地がよいし、薄水色の柔らかい髪はくすぐったいがふわふわしていてすごく手触りが良い。
「なんか、おまえ柔らかくなったなぁ。」
「…」
ナルトが言うと、照れ隠しなのか、はぐいっと不満げにナルトの背中に回している手で服を引っ張った。
小さい時に比べて、の体は何となく柔らかい。丸っこかったけど、もっと細くて固かった気がして、でも今のの方が好きだなとナルトは思う。
「…みんなね、わたしに冷たいの。」
はナルトの胸に顔を埋めて、くぐもった声で言う。
「わたし、がんばったんだよ?特別上忍にもなったし、…かあさまに、誉めて貰いたくて、」
16歳で特別上忍になるというのは、非常に早い昇進だ。それを得るためには非常に努力したことだろう。
生意気なことを言っても、素っ気なくしていても、彼女はきちんと周りを見ている賢い子どもだった。
養母となった水影メイの立場もきちんと考えてのことだっただろうし、そのためにも必死で勉強しただろう。アカデミーでも首席だったと聞いている。
確かに神の系譜は恐ろしいほどの潜在能力を持ってはいるが、努力なしに扱える物では無い。逆に他の忍を傷つける可能性もある。
同じ神の系譜であり、親友であるの努力を知っているナルトには、理解できる。
「頑張って、頑張って、なのに、なんで、みんな酷いことばっかり言うの…?」
それは、早く昇進したへのやっかみだったのかも知れない。しかし心ない言葉はどんどんのすべてを浸食していった。
「ち、ちちうえ、は確かに、里を襲ったけど、だったら、だったらっ」
は言葉を詰まらせる。
おそらくそこが、里の忍がを受け入れられない理由だったのだろう。
の父であった男は、里を襲って多くの忍を殺し、里が持っていた忍具を取り上げた。里の忍にとっては、は憎い仇の娘に他ならない。その彼女の昇進を里の忍は素直に受け入れられなかったのだ。だからこそ、直接的に彼女を罵った。
だが、その原因は里が翠一族を殺し、皆殺しにしたためだ。とその弟は偶然助かったが、彼女の母は氷付けにされ、その時に死んでいる。はそれを目の当たりにしていたはずだった。
彼女からしてその罵倒は、納得出来る物では無いだろう。
「…悲しいな。」
ナルトはを強く抱きしめてやる。小さく震える体はナルトよりずっと小さい。
その気持ちはナルトには痛いほど分かる。ずっと、ずっとナルトも同じような孤独を抱えていた。そして疑い続けていた。自分自身を。
ナルトは里を襲った九尾の人柱力だった。向けられる冷たい目の意味を知ったのは後からで、その時にはすでに自分に信頼と愛情を向けてくれるイルカの存在があった。
その愛情に応えたくて、ナルトは努力できた。
でもはおそらく養母であるメイの愛情を疑っている。既に両親はおらず、愛情は既に遠い。弟の瀧は別の道を見つけている。その中で一人努力してきたは、ぷつんと切れてしまったのだ。
「わたし、みたいに、なりたかった…」
はぎゅっとナルトの服をぎゅっと掴む。
既に大戦前からアカデミーに通い、里と完全に和解している神の系譜・炎の東宮。彼女はイタチの妻であると同時にすでに4人の子どもの母だ。里や他の神の系譜からの信頼も厚い。
火影になる気は全くないが、それでも彼女が火影になりたいと言い出せば、十分火影候補者のナルトの強敵となるだろう。
若く、同じ神の系譜であるにとっては、あこがれなのだ。
「わたしにもは、いつも、」
水影であるメイを前にした時、メイが迷惑だと言ってを連れ戻そうとする中、彼女はに言った。
―――――――――――、わたし…
は生意気で強気な発言をするが、迷惑やルールを分かっていないわけではない。むしろ非常に律儀な方で、おそらく泊めてもらっていることも心苦しく思っているだろう。
だからは、そんなことをすべてわかっていてもどうしてもやりきれなくて、悲しくてたまらなくて家出してきたの気持ちを察して、返したのだ。
―――――――――――わたしは、迷惑だと思っていないよ。
その言葉に押されてからやっと、はメイに霧隠れに帰らないと口にしたのだ。
「俺もも、すんげーいろんな事、悩んだからなぁ。」
ナルトは思わず昔のことを思い出して目を細めた。
九尾の人柱力として、かたや神の系譜として、ナルトもも自分の力について非常に迷ったし、悩んだ。なかなか簡単に割り切ることの出来る物では無かった。それでも周りの人が懸命に支えてくれていたのを覚えている。
いつの間にか手を繋げる仲間が出来ていた。悩んだ時励ましてくれた。
「、いつも、わたしに、大好きだよって、言ってくれるから。…それしか、思い出せなくてっ、」
を励ます人は、いたのかも知れない。
でも辛くて疑心暗鬼になる彼女にとって心の底から信じられた言葉は、から与えられたその言葉だけだったのだ。の両親ももちろん同じことを言ったかも知れないが、それは死人だ。今頼れるわけではない。
だから、水の国から五日間もかけて木の葉までやってきて、を頼ったのだ。両親を亡くし、霧隠れでも受け入れられない今、それ以外ににはもう行ける場所はなかった。
自分の価値すら疑うにとって、頼り、信じられたのは、ただ同じ神の系譜のだけだった。
「馬鹿だなぁ、俺だってのこと大好きだってばよ。」
ナルトはぽんぽんと幼い頃のように、規則的にの背中を叩く。
窓から見える外はもう真っ暗で、何も見えない。月だけがうっすらと灯りをともしているそれだけだ。昔をあやしていたのも、こんな夜だったように思う。
「…ほんとう?」
幼い時と同じ、ゆらゆらゆれる濃い青色の瞳がおずおずと窺うようにナルトを見上げてくる。
「ほんとだってばよ。俺が嘘言ったことあったか?」
「ほんとう?」
ぽたぽたと目じりから光る何かが滑り落ちる。それが涙だと気づいて、ナルトはそっとそれを拭ってやった。
「本当だってばよ。」
今までの人生の中で、ナルトだってあんなに幼い年頃、しかも女の子にあんなに慕われることはなかったと思う。
ナルトはを気に入っている。はなんの恐れもなく、英雄として崇められ始めたナルトなんて知らず、人柱力なんて事も知るはずもなく、ただ誰よりも懐いてくれた。無邪気なはナルトの性格と心を、あっさりとなんの裏表もなく認めてくれた。
そのを可愛く思う気持ちは昔から変わっていない。
「…ここにいて、良い?」
おずおずと、それを聞くことすらも躊躇うように、は途切れがちに尋ねる。
「もちろんだってばよ。」
なんで傍にいないことが普通だったんだろうと思えるほど、腕の中にいる彼女の重さや温かさ、その存在のすべてが心地よい。
そっとの髪に指を絡めると、肩までしかなくて短いながらも柔らかい感触が伝わる。
寂しいと思う気持ちが、阻害されて悲しいの気持ちは痛いほどに分かる。だからこそきっと、自分が得て嬉しかった言葉や、思いも同じものだと思う。
だから、それを与えられる。
「大好きだぞ。」
それがどんな感情なのかも分からないまま、ナルトは口にする。
例え普通と違ったとしても、真実しかないその言葉が、ただそれがに何よりも大きな満足感を与えると知っていた。
闇と光が呼んでいる