の弟である瀧が木の葉に来たのは、水影が来て1週間もたたないうちだった。




「お久しぶりです。火影様。」




 薄水色の髪を揺らして頭を下げた瀧は、明るい笑顔とともに綱手に言う。

 今年13歳になった彼は普通の忍と同じように歩むことを好んでいる。アカデミーに入り、首席で卒業後は普通に下忍となった。今では霧隠れと神の系譜の和解の象徴であり、また手練れの忍として綱手の耳にもその噂は届いていた。

 本当は水影のメイと一緒に来る予定だったが、どうやら任務の関係でそれが出来なかったらしい。




「随分元気そうだな。」




 綱手はじっくりと瀧を上から下まで見て笑う。

 前見たときよりも随分と背が伸びていて、150センチは越しているだろう。狩衣と言われる着物を着ていたし、後ろには家紋もあるが、腕には霧隠れの額宛が見えた。





「昨年アカデミーを卒業しまして、今年には中忍試験にも出る予定なのよ。」





 ソファーに座っていた水影のメイが、養子に嬉しそうに目を細める。その表情は息子を自慢する母親と何ら変わらない。





「ほぉ、そりゃ楽しみだ。炎の稜智も受けるんじゃなかったか?そうだな、イタチ。」




 綱手は楽しそうに笑って、書類を持って立っているイタチに尋ねる。




「はい。息子も今年受ける予定です。」




 イタチはその漆黒の瞳を優しげに細めた。

 大戦が終わってから中忍試験は五大国合同で行うことになっている。今年度はアカデミーに通わず、直接ナルトを師としていた10歳のイタチの息子・稜智が中忍試験に出る。彼も火の国の神の系譜だ。うまくいけば水の国の神の系譜である瀧と戦うことになるだろう。

 年は瀧の方が上だし、水の血継限界を持つ彼の方が有利そうに思えるが、イタチの息子だけあって稜智は天才と名高い。

 これほどに興味深い対戦カードも中々ないだろう。




姉も元気そうで何よりだよね。」




 近くのソファーに座っているに、瀧は目を向ける。




「元気そうに見えんの?」

「霧隠れにいるときよりは血色良い顔してんじゃん。」

「口の減らない子ね。」

「当たり前だよ。姉に口が減るとかどんな姉弟。」

「本当にうるさい子。」





 はふんと不機嫌そうな顔でそっぽを向いた。だが、内心安堵する。

 どうやら瀧は別にを連れ戻しに来たわけでは無いらしい。今年度の中忍試験の会場は火の国だから、敵情視察の意味が強いのかも知れない。





「疲れているだろう。炎一族邸に滞在するのか?」

「はい。姉さんの所に。」




 綱手が尋ねると嬉しそうに瀧は言った。

 彼は昔から炎一族の神の系譜で、イタチの妻のが大好きで、よく遊びに来ていた。いくつになってもその慕う気持ちは全く変わらないようだ。




「そうか。ゆっくりすると良い。」

「ありがとうございます。」




 瀧は人なつっこい笑みを浮かべて、一つ頭を下げてからきびす返す。




「瀧、おまえ宿は別なのか?」




 すぐに一緒に来た班員が羨ましそうに瀧に声をかける。




「うん。炎の姉さんがいつでもおいでって言ってたから。」

「このお坊ちゃんめ。ずりぃなぁ。」

「なに?やっかみ?瀧に意地悪すると許さないわよ。」




 瀧に当たり前のように絡みながら、班員たちも出て行く。それを見ながら目をぱちくりさせた綱手だったが、水影メイの随行員である青はため息をついた。





「すみません。最近の若いものは。」

「いや、随分仲が良いんだな。」




 綱手はフレンドリーな瀧の班員たちに驚く。




「瀧はうまくやってるから。」





 はぽつりと呟くように言った。

 小さなもめ事を沢山起こし、アカデミーでもあまり友達が作れなかったに対して、弟の瀧は自分からよく話しかけに行く社交的な性格だ。アカデミーでも全員と友達ではないかと言うほど面倒見も良く、心配していたメイが拍子抜けするほどうまくやっていた。




「もう帰って良い?」




 はちらりとメイを見て冷たく言う。

 今日は弟の瀧が来るからと無理矢理呼び出されたのだ。も慕っている経由で言われたため、仕方なくここに来た。

 本当なら出来ればメイの顔も見たくない。




様、流石にその言い方は…」 




 青が眉を寄せて注意するが、それをは鋭い目で睨み付ける。




「わたしになんの用があるの?」




 これ以上ここにいる理由は全くない。話すこともない、とは腰を浮かせた。




「貴方はいつ霧隠れにお帰りになられるおつもりで…」




 青が声を張り上げて背中に声をかけるが、まったく振り向く様子もなく、手だけひらひらさせては火影の執務室を出て行った。





「…あの子は霧隠れに帰りたくないのかも知れないわね。」




 メイは酷く悲しそうに、困惑しきった表情で大きなため息をついた。




「しかし、そんなわけには!」





 青は声を荒げる。

 神の系譜は現在では尾獣とともに里のパワーバランスの一つだ。各国が今、いろいろな方法で神の系譜と和解している中で、霧隠れだけがそれを出来ないというのは政情不安で有名な霧隠れの里をより弱体化させるようなものだ。



「そんなわけにはいかないけれど、あの子はその気は無いみたい。」




 メイは目を伏せるしかない。

 尾獣と違い、神の系譜は人間だ。しかし尾獣と同じほどの力を持っている。彼らを御するのは尾獣を従える以上に難しい。




「随分困っているんだな。」




 綱手は執務机に肘をついてメイを見る。

 綱手から見ると、少なくともメイは水影でありながらもが家出をし、木の葉にいると分かれば木の葉に突然行くと言い出すほどには養女のことを大切に思っている。水影の立場を考えればそれは決して簡単な事ではない。

 だが、少なくとも今のの態度からは養母に対する敵意すらも窺えて、綱手は思わず報われないメイが哀れに思えてしまった。




「…あの子の父親は里を襲っている。そして私達もあの子の一族を皆殺しにした。それはとても根深い問題なのかもしれない。」




 霧隠れの里には、神の系譜は殺してしまうべきだと主張する一派がある。

 メイはもう25年も前に翠の当主、の父親が龍とともに里を蹂躙したのを、一度も忘れたことはなかった。神の系譜とは化け物で恐ろしいものだとすら思っていた。

 10年前、調査に訪れた翠一族の住んでいた洞穴で、霧隠れの忍によって氷漬けにされ、殺された翠一族の者を、そして15年もの永きにわたり鏡の中で眠りについていた幼い子どもを見て、その考えはすべて変わった。



 ――――――――――わ、わたしがやったの!!いきはどうなってもよいから、たきをころさないで!!




 たった五歳のは泣きながら、まだ幼い弟を抱きしめ、自分もがたがた震えているというのに、必死で自分たちに言いつのったのだ。

 あの時の怯えきった、それを押し殺して弟を庇おうとするの姿は、今までのメイの偏見をすべて吹き飛ばした。自分たちが神の系譜を恐れていたように、この子どもたちも間違いなくメイたちを恐れていた。

 ただ単に同じ、人間なのだと。




「…守ると誓ったの。」




 霧隠れの里は翠の当主を呼び出し、彼がいない間に翠の一族を襲って皆殺しにした。そのために、報復を受けた。メイはを見たあの時、霧隠れの過ちをすべて受け入れて、あの子どもたちを守ろうと決めたのだ。

 きっと、も今どうしたら良いのか分からないのだろう。メイも同じように道を模索していた。

あの日の夢を抱き続ける