「あーーーーがいないと寂しいってばよ。」
ナルトはため息をついて、首を左右にふらふらさせる。
今日ははどうやら炎一族邸に止まるらしく、ナルトの部屋にはいない。久々の彼女のいない部屋はなんだか殺風景な気がして、ナルトはため息をついた。
「おいおい、泊まりに来てやってる俺とサイに何か言うことはないのか。」
「本当だよ。ちょっと酷いよ。」
サスケとサイは二人揃って悪態をつく。
がいなくて寂しいからと言って、半ば無理矢理泊まりに来いと連れてこられたのは、今日の夕方の任務終わりだった。なのにその言い方はないというものだ。
「それにしても、典型的なお姫様だったよね。偉そうって言うか強そうで我が儘で、なんかお姫様って感じ。」
サイも少しだけを見たが、偉そうで、我が儘な普通の少女だった。あれが神の系譜のお姫様だと言われるとすごく納得だ。
「がおかしいんじゃないのか?」
サスケは気のない様子でちゃぶ台の上に肘をつく。
火の国の神の系譜の次期宗主であり、サスケの同期でもあり、兄嫁でもあるは温厚な人物で、偉ぶったことは全くない。
「そんなことないよ。ヒナタさんも全然気が強くないじゃないか。」
「まぁ言われて見れば確かに。」
思わずサイの言い分にサスケも納得してしまった。
現在里における二大巨頭である二つの一族・日向、炎の両家は次期当主、宗主であるヒナタ、揃って気が強くない。どちらかというと気弱な方だ。もう少し二人とも偉ぶっても良いと思うのだが、偉そうとはほど遠い。
「おいおい、そんなは偉そうじゃねぇってばよ。それにより弱いってばよ。」
「はぁ?おまえどんな風に見えてるんだ?」
ナルトの反論にサスケは辛辣な返しをした。
サスケの目には正直は非常に我が儘な困ったお姫様という風に映っていた。それはサイも一緒だったのだろう。ナルトの反論に不思議そうな顔をしている。
「は滅茶苦茶弱いってばよ。涙もろいし、みたく全然強くないし、弱虫だってばよ。」
ナルトはサスケから視線をそらして不安そうに目じりを下げていたを思い出す。
外では意地を張って強く出るは、けれど決して心から強いわけではないし、いつも壊れてしまいそうなもろさがある。だからこそ、ナルトは彼女を放っておけないのだ。
「…まぁ、表と裏で見えるものは違うのかも知れないけど。」
サイは少し考え込むような仕草を見せてから、口を開いた。
確かに表に見せる表情や言動ばかりが本当の心かどうかは分からない。彼女が自分を強く、偉そうに見せているのが、ただ自分の弱さを隠すためならば、ナルトの言うとおりの可能性もあるのだろう。
「…まぁ難しい話だな。あいつも里でやってくのは簡単じゃない」
サスケは疲れたように息を吐く。
力を持つと言うことは、よい事ばかりではない。一人のちっぽけな人間が、大きな影響力を持つことによって受けるプレッシャー、期待、影響力、そして不安は人一人をあっという間に潰すほどに大きいものだ。
そうして大切なものを見失い、歪んでいった人間を、サスケやナルト、サイは腐るほどに知っている。
「でも、ずっと木の葉にいられるわけじゃないよね。霧隠れに、あの子も帰らなくちゃいけない。」
サイは目じりを下げる。
どれほどが里を嫌だと言おうとも、彼女は水の国の神の系譜であり、霧隠れで生きていく以外に道がない。が庇っていたとしても、がいつまでも木の葉の里にいる事は出来ないだろう。
「あーなんかと一緒にいられる方法ないかな。」
ナルトはごろんと床に横たわって思わず口にする。
が帰ってしまうのはとても寂しい。いつもそうだ。霧隠れにが帰ってしまうのは寂しくて、泣くを抱き締めて慰めながら、こちらが泣きそうだった。せっかく気楽に一緒にいられるのに離れるのはいやだ。
だが、それを聞いて、サスケとサイは目を丸くしてナルトを見た。
「ん?なんだってばよ?」
「おまえ、やっぱりあの餓鬼が好きなのか?」
サスケが呆れたような顔をして問う。
「前も言ったってばよ。は可愛い。」
それが恋愛感情かと聞かれれば正直ナルトにはよく分からないが、は可愛い。出会った時から自分に懐いてくれる彼女を可愛く思っていたのは本当だ。
「おまえ、さっき言ったこと、覚えてるか?」
「覚えてるに決まってる。一緒にいられたら良いなって?」
「それはどれくらいの期間だ?」
「どれくらいって、そりゃできるなら…ずっと?…ん?」
ナルトは自分で口にしてから、首を傾げる。
がいなくなってしまうのが寂しくて、だから霧隠れに帰ってほしくない。だから、一緒にいてくれれば良いなと言われていた。だが、今まで数日で帰ってしまう彼女を見送るのが寂しいと思っていた。少なくとも今はもうかれこれ数週間一緒にいる。それでも帰ってほしくない。満足できない。多分一ヶ月いても一緒だろう。
ずっと一緒にいてくれたら、嬉しい。それは紛れもない自分の本心だ。
「おまえ、やっぱりあの餓鬼が好きなんじゃないのか?」
改めて、サスケがその漆黒の瞳をすっと細めて尋ねてくる。その言葉の意味を、ナルトはやっと自分の心の奥で理解する。
そうだ。自分は何週間一緒にいたとしても、満足できない。帰ってほしくないのだ。
「…好き、なのか、な?」
「知るか。自分に聞け。」
サスケは至極冷たく言い捨てて、大きなため息をついて床に寝転がる。
「え、やっべ、俺、よくわかんねぇけど、のこと好きなのかも。」
ナルトは思わず戸惑いの声を漏らす。自覚してしまえば、今まで何故気づかなかったかも分からないほど簡単な事だ。
「…でもそれって、難しいんじゃ。」
サイが少し言いにくそうに、口を開く。
「何が?」
「…一応相手は水影の養女だぞ。」
全く意味が分かっていないナルトに、短くサスケが説明を付け足した。
「そんなこと言われても」
「おまえな、社会的なことがまったくわかってない。」
ナルトは昔から社会的なことや、周りからの評価を気にしない。あまりに酷い扱いを受けたからだろうが、自分が正しいと感情的に思った時、そのまま突っ走ってしまう傾向にある。
それを今までサスケやサクラ、そして他の同期たちがフォローして補ってきた。だが今回それは出来ない。
「は、だろ。」
ナルトにとって、はただの弱虫で、意地っ張りな少女だ。確かに力を持っているかも知れないし、水影の養女かも知れないが、そんなこと関係ない。
でも、世間はそうは見てくれない。
「あの餓鬼は神の系譜であり、水影の養女だ。」
「…そんなの、がじゃないみたいだってばよ。」
「可哀想だが、それが事実だ。」
サスケは僅かに目じりを伏せる。
自分が神の系譜であり、里最大の名家の娘である事に、サスケの兄嫁であり、かつて思いを寄せていたもまた苦しんでいた。
大きな地位が、力が、一人の人間を蝕むのはあまりにたやすい。
そして同時にそれがどれほどの社会的な意味を持つのか、名門であるうちは一族の嫡男に生まれ、うちは一族が反逆し、反逆者としてさげすまれ、己も里を抜け、こうして里に戻ってきた。大きな因縁や定めを負ったサスケには、その意味が痛いほどに理解できていた。
蝕む闇を超える強さ