「すごい人だったな。」
イタチは火影の警備を終え、待合室でソファーに座って本に目を向けたまま言った。
水影と火影、そして水の国、翠の神の系譜である瀧が姿を現すと言うことで、木の葉の里中の人が広間に集まっていた。しばらくは水影、瀧ともに木の葉に滞在するため、このお祭り気分はしばらく続く予定だ。
「…うん。」
同じように待合室のソファーに座っているは、僅かに目を伏せて元気なさげに頷いた。
「どうしたんだ?」
「…別に。」
「そんなことはないだろ。」
イタチはの頭に手を伸ばし、その珍しい色合いの水色の髪を撫でてやる。
「複雑か。」
神の系譜と呼ばれる一族が、五大国には一つずつある。だが、実質的に神の系譜の力を持つのは一族の中でも、一系統のみだ。一族は所詮神の系譜を中心に出来た同族集団でしかなく、本質的に重要なのは中心となる神の系譜のみ。
仮に一世代に二人神の系譜が生まれた場合、どちらかが種なしと言われる、力を受け継ぐことが出来ない存在となる。
種なしは戦乱の時代に、本来の神の系譜を守るために生まれる捨て石だと言われることもある。
は確かに強い力を持つが弟には遙かに劣る。要するに彼女は次世代に神の系譜を産むことは出来ない“種なし”だった。
本来の神の系譜である瀧を守るための盾。心持ちは、複雑だろう。
「・・結構頑張ろうって、思ったんだけどなぁ。」
は自嘲気味にイタチに笑って見せる。
神の系譜と里の関係はそれぞれ非常に難しい。木の葉と火の国の神の系譜・炎のように仲が良い事は少なく、お互いに襲い、襲われてきた。実際にの両親も霧隠れに殺されたも同然で、同時にの父も里を襲っている。
わだかまりは大きい。里は簡単にや瀧を受け入れることは出来なかった。例え水影のメイの養子だったとしても、その事実は変わらない。
酷い言葉をに浴びせる人間はたくさんいる。
「我慢してきたし、仕方ないって思ってきたけど、他の忍と喧嘩して怪我をさせた時、母様は何も言ってくれなかった。」
他の忍と暴力沙汰の喧嘩を起こしたときに、養母の水影は何もに何も言わなかった。
――――――――――――――両人を一週間の謹慎処分にします。
与えられたのは水影としての言葉だけ。
「…」
イタチは僅かに眉を寄せて、の表情を窺う。
その事件がおそらく、不満と不安をくすぶらせていたにとっての事の発端だったのだろう。水影という思い立場から考えれば大人のイタチにはメイの心情も十分に理解できる。
水影として、常にすべての忍に対して公平な立場でいなければならない。
だがからしてみれば、メイが自分の母としてよりも、水影としての立場を優先したと思ったのだ。仮にメイが後からにうまくフォローできていればこんな事にはならなかっただろうが、最近暁の系統を継ぐ組織も出てきていて忙しい彼女は、そこに手が回らなかったのだ。
それが決定的な溝を作った。
「暴力沙汰で怪我をさせるのは何があっても駄目だ。」
イタチは軽くの額をこづく。
神の系譜の力はやはり普通の子どもたちとは違うし、普通の忍とは違う。印を結ばずに炎や水を使えるのだから、術で不意打ちされた場合の速度とは全く違う。
神の系譜は幼い頃から血継限界として莫大な力を持ち、簡単に人を殺すことができる。子どもは無邪気であり、残酷だ。その力を簡単に自分の邪魔な者の排除に使用することが出来る。だからこそ、イタチは自分の子どもたちに里の仲間をその力で絶対に傷つけてはいけないと教えてきた。
それは、に対しても同じだ。
「だが、何を言われたんだ?おまえは理由もなくそんなことをする子じゃないだろう?」
暴力は決して良くは無い。暴力を振るったことに対してイタチは怒るだろう。だが、同時に子どもであっても、であっても、理由もなく暴力を振るったりしないと断言できる。
一体何を言われて暴力を振るうほどに思い詰めたのだ。
イタチが尋ねると、はこづかれた額を押さえていたが、濃い青色の瞳をまん丸にして、目じりに涙をためた。
「な、なんだそんなに痛かったのか?」
「ち、ちがうぅ、」
焦るイタチを見て、目じりを慌てて擦って、涙声では言った。
「なんで、イタチ兄が、わ、たしの親じゃなかったんだろ…。」
だって、多くのことを義母であるメイに望んでいたわけではない。ただ、こうして叱って欲しかった。気持ちは分かる、でもだめだと、叱って欲しかったのだ。
あんなよそよそしく、水影としての決断を告げて欲しくなかった。
「…」
イタチは否定も肯定もせず、優しくの頭を撫でる。
幼い頃、イタチもどうして両親が自分に大人としての行動ばかり求めるのか、どうして社会的なことを重視するのか、自分にだけどうして厳しいのか、わからなかったし、それが歯がゆかった。
だから、の気持ちは痛いほどによく分かる。
それでもイタチは実の両親であったし、愛情を貰っている部分も沢山あったため、反発しながらもそれなりに両親に対して感謝していた。子どもを持った今は、子どもにより良い社会的地位を願った両親の気持ちも、わからなくはない。
また里もうちは一族を敬遠する部分はあったが、師であった斎のようにあっさりと受け入れてくれる人間もいた。今は妻となったは、幼い頃からいつもイタチを無邪気に受け入れてくれた。
だが、は養女だ。そもそも義母であるメイの気持ちを疑い、霧隠れの里も里を襲った男の娘であるを受け入れていない。
莫大な力を持つ神の系譜を受け入れることは、簡単ではないのだ。
「が、お母さんなら、良かった、」
は震える声で口を開いて、絞り出すように言った。
血筋や住む国は違えど、同じ神の系譜であるならば言葉をそれ程交わさずともある程度今のの感情は分かる。だからこそ、もを頼るしかなかったのだ。
でも、イタチはの頭を撫でながら、思い出す。
―――――――――――――私は業を背負う、チャンスが欲しい
と瀧をどうするかという話になった時、メイはに深々と頭を下げて言ったのだ。
大戦が終わった後、それぞれの神の系譜は国に帰った。風の国・砂隠れの里に酷い扱いを受け、長らく帰っていなかった飃の兄弟も、大怪我をしていた土の国・堰の親子も、木の葉隠れの里の炎も、完全に雷の国と敵対していた麟ですらも、皆国に、そして里に帰っていった。
ただある程度の年齢に達していた飃の兄弟や、一族もあり、親もいる堰、麟、炎と違い、水の国の翠のと瀧はまだ5歳と3歳。一族もなく、既に親族もなく、後ろ盾も何もない。父親は霧隠れの里を襲っており、忍たちも感情として受け入れがたい。
どうすべきかという話になった時、最初に受け入れ先として上がったのは、堰と炎だった。堰の当主夫人はの叔母だ。また炎は神の系譜の中でも最大の規模を持っている。里との和解に成功した希有な例であり、ナルトやなど、力を持ちながら里の英雄となった忍もいる。
どちらかに預けるのが妥当だと五影会談ですらも言われた。
それでも、水影のメイは、言ったのだ。
―――――――――――――里がやった過ちの、償いをしたいの。
頭を下げたメイの言葉に、嘘があったとは思えない。
神の系譜を育てることは決して簡単ではない。子どもであればなおさらだ。それは4人の子どもを持ち、そのうち二人が神の系譜としての力を持っているため、イタチが痛いほどに知っている。
無邪気に残酷なことが出来る、それが子供だ。
普通の子どもよりも驚くほど丈夫で、力も強い。イタチは強い上、の白炎を使うことが出来るので良いが、喧嘩は命がけだ。並大抵の覚悟で育てられる物ではない。
それでも水影はこの10年間。忙しい水影としての業務の合間を縫いながらも、と瀧を育ててきたのだ。そこに愛情がなかったとはイタチには思えない。
「悲しいな。」
イタチはゆっくりと口を開く。
今のに、そのことを話しても、きっと義務感だとか、そう言ったことでメイのかつての言葉を片付けてしまうだろう。
イタチは悲しそうに目を細めながら、目じりを下げて泣きじゃくるを見つめた。
認めてほしいと願う感情を