ナルトはちらりとふわふわ水色の髪を揺らして料理を作っているを見やる。
柔らかそうな髪はナルトの剛毛とは全然違っていて、撫でるとふわふわで好きだ。恋愛的な好きと言うのはナルトには実はよく分からないけど、一緒にいたいなと思う自分に気づいてしまった今、どうしてものことが気になって仕方なかった。
馬鹿みたいだ、10歳も違う少女が好きかも知れないと悩んでいるなんて。でも本当に久々のこの弾むような感情が、ナルトは嫌ではなかった。
「―」
「んー。」
ナルトがの名を呼ぶと、彼女は気のない返事を返して鍋をかき回しながら振り返った。
「ご飯はもうちょっとだよ。」
「今日の飯は?」
「カレーライス。」
彼女が来てから余程忙しくない限りが料理をして待っていてくれる。今日の食事を聞く当たり前の会話が、ナルトにとっては嬉しくてたまらない。の料理はなかなかのもので、自分作るよりもずっと美味しいし、人と一緒に食べる食事はとても楽しい。
なんだかんだ言っても、ナルトは幼い頃から一人きりだった。
だからが今自分の家にいて、ご飯を作って笑ってくれる。一緒に食事をしてくれるだけで、ナルトは本当に満足だったし、こんな生活がいつまでも続けば良いのにと、心から思っていた。
今までの恋人は、そんな些細な事で満足するナルトがつまらなかったのか、いつしか去っていったし、長い間続くこともなかった。でも2週間たってもは別に飽きた様子もなく、ナルトの日常に簡単に深く食い込んで来ている。
まるで、それが当たり前のように。
「…あぁ、」
自分が好きだと気づいてしまうと、なんだかその小さな背中を抱き寄せたくて、ナルトはじっと料理する彼女の後ろ姿を見守る。抱き締めた時の柔らかさなど知っているはずなのに、抱き寄せたくなる。
でも、ナルトはぐっと強く自分の手を握りしめた。
「……」
自分がのことを好きだと言っても、彼女が自分を恋愛として好いてくれているかなど分からない。ナルトのことを気味が悪い化け物のようだといった人間は本当にたくさんいる。理想と違うと離れていった元彼女は非常に多い。
もちろんに嫌われているとは思わないが、彼女はナルトが恋愛感情を抱いていると知ればどう思うだろうか。
「あーーーーーもうっ!」
ナルトはぐしゃぐしゃと自分の頭をかき回して、悪態をつく。
難しいことを考えるのは元々苦手だ。ネガティブにうじうじしていても仕方がない。ましてやわき上がる疑問の答えを持っているのはだけなのだから、ナルトがどれほど考えてもどうしようもないことだ。
「どうしたの?」
突然叫びだしたナルトをが不思議そうに振り返り、手ぬぐいで手を拭いてからナルトに歩み寄る。
ナルトの隣に腰を下ろした彼女の背は、成長したとは言ってもやはりナルトよりもずっと小さい。自分の目よりもずっと濃い青色の瞳は大きくて、くるりとナルトを映している。
ちょこんと座る姿が昔と変わらなくて、ナルトは笑ってしまった。
「何よ。」
途端に、少しむっとした顔でがナルトを睨む。
「だってさ、おまえちっとも昔と変わらないってばよ。」
「わたし、成長したわよ。」
「そんなことねぇよ。」
ナルトはそっとの頬に触れて、髪と一緒に柔らかい彼女の頬を撫でる。
「なぁ、おまえはさ、俺のこと好き?」
「当たり前でしょ。じゃなきゃここにいない。」
は早口で即答した。
そもそも本当なら年頃にもなって男の部屋に居座るなんてあり得ない話だ。さすがのイタチもいやな顔をしていた。それでもがナルトと一緒の部屋がいいと言ったのは、やっぱりナルトが幼い頃から大好きだったからだ。
いつも好きだと伝えているのがうまく伝わっていなかったのだろうかと首を傾げていると、ナルトは少し逡巡した後、口を開いた。
「それは、どういう意味の好き?」
ナルトはの反応をうかがうように少し座ったまま頭を下げた。問われて、は目を丸くする。
そう、こんな年にもなっても男の部屋に居候するなんて、あり得ない。もしも彼が悪い人だったらどうなるかなんて、15歳にもなればわかっている。もちろんナルトを信頼しているというのもある。でも恋愛感情はよくわからなくても、彼なら別に良いかという感情があったのは事実だ。
それを見透かされたような気がして、出ない言葉の代わりに、彼に同じ問いを返す。
「じゃあ、ナルトはどういう意味の好きなの?」
ナルトは虚を突かれたような顔をして、ひどく困惑した。
「俺は、」
言葉を探すように視線をさまよわせる。はそんな彼をじっと眺めていたが、の視線を感じてますますナルトは慌てたようだった。
「…あーーーーもぅ!」
結局たっぷり考えても、何も答えが見つからず、ナルトは自分の頭をくしゃくしゃとかき回す。
「恋愛感情としてとか、んなの俺はわかんねぇ。ってか、わかったこともねぇもん。」
実際的な話、サクラのことも好きだ好きだと言っていたが、それがあこがれだったのか本当に好きだったのか、人並みの事を言って見たかったのか、今となってはよくわからない。
さすがにこの年になればつきあった人間も多いが、基本的に自分を好きだと言ってくれる人間が好きだった気がする。だが、それはあくまで表面的な英雄となったナルトのことが好きだったため、ナルトが本当は情けなくて、ちっぽけだとわかると、すぐにいなくなってしまった。
だから、ナルトはどんどん恋愛感情というのがよくわからなくなった。でも、だからこそ、に対して自分が抱く感情がほかの人間とは違うとわかる。
「俺は、おまえと一緒にいたい。帰ってほしくない。ずっといてほしい。」
には、いつもそばにいてほしいのだ。
自分を好きと言ってほしいのではなくて、否、もちろん好きと言ってくれたら嬉しいけれど、当たり前のようにそこにいてほしいのだ。帰ってほしくない。
「そういう意味の、好きだ。」
ナルトは素直にそう告げて、少しだけ不安になった。いつもの女性たちと同じで、いやと言われるのではないかとを窺う。
「霧隠れに、帰るなってばよ、」
言うと、は俯いてしまった。表情が見えずに、そっとナルトはの柔らかで波打った淡い水色の髪をそっとかき上げる。
「?」
頬を撫でると、僅かに濡れた感触がする。
「…良いの?」
掠れて震える声で、が問うた。
「・・・ほん、とう?」
迷子の子供が家を見つけられない時に出すような、そんな途方に暮れたおびえきった声だった。それでナルトはがずっと居場所見つけられずにいたことを知る。
あまりになじみの感情を抱える小さな体を、ナルトは精一杯抱きしめる。
「うん。俺がおまえの帰るところになるってばよ」
幼い頃、ナルトもいつも帰る場所がわからなかった。
里のものには九尾の人柱力として恐れられ、両親はすでに亡く、家に帰ってもいつもひとりだった。自分がこの葉隠れの里の一員とは到底思えなかった。いつも自分を疑い続けていた。
それを変え、認めてくれたのは担任だったイルカだった。
もちろん彼のようにうまくできるとは思えないし、関係性だって全く違う。それでも、少なくともナルトは彼女の帰る場所にはなれる。
「うん、」
小さな子供が親にすがりつくように、は強く離れたくないとでも言うようにナルトに抱きつく。その細い腕に込められた力がの苦しみそのもののような気がして、ナルトはそっと彼女の背中を撫でてやった。
満月