久方ぶりに自分のベッドで目を覚ましたナルトは、目の前にある白い顔に驚いて何度かまぶたを閉じたり開いたりを繰り返してから、整った彼女の顔を眺めた。

 長い薄水色の睫が頬に影を落としている。白いすべすべとした頬は暖かい布団の中のせいか少し色づいていて、目元はなにやらはれぼったい。昨晩のこと思い出してナルトは自然と唇の端が上がるのを止められなかった。




「かわいい、」




 ふわふわした柔らかそうな髪も、まだ幼げな表情も、必死で自分に応えようと努力してくれたそのけなげさも。



「ロリコンでも何でもいいや、」




 この際だから、ロリコンと言われようがなんだろうが、が好きだから本当にどうでもいい。自分の腕の中にがいるのが嬉しくて強く抱きしめると、それで起きたのか、睫が震えた。





「・・・ん、」





 いつもの強気な様子はなく、頼りなく目元をこする姿が可愛い。




「おはよ、」




 短い挨拶をすると、ぼんやりしていた濃い青色の瞳が突然焦点を結び、頬が驚くほどに赤く染まっていく。




「・・・お、きゃぁあああ!」




 鋭い悲鳴を上げて、布団を抱きしめたままは飛び退く。




「お、落ち着けって、」

「ふ、服、服!」




 起き抜けの働かない頭でナルトの視線から布団で自分の体を隠しつつ、必死で服を探そうとする。あまりに慌てているせいか、前ばかりを隠して背中がそのまま丸見えなことには気づいていない。




「落ち着けってばよ、」




 後ろから手を伸ばして、ナルトはを抱きしめる。




「ちょっとくらいゆっくりしよう。な?」

「で、でもっ、」

「どうせ布団の中なら見えないってばよ。」





 なだめると、納得しないまでもは動きを止めた。小さな体は、ナルトに確かなぬくもりを与えてくれる。





「な。」





 ナルトはもう一度を布団に戻して、目を細める。は恥ずかしそうにナルトの胸に頬を埋めたが、それでも先ほどのように布団から出ようと慌てることもなく、落ち着いたようだった。




「ナルトのロリコン。」

「おまえがもっと早く生まれてこなかったのが悪いってばよ。」





 ナルトはいつものの悪態に返して、ぽんぽんと布団の上から幼い頃していたように叩いて、優しく規則的に振動を与える。




「早く生まれてたわよ。眠ってただけで。」





 の父親は忍具・蒼帝の中に幼いと瀧を封じて未来に託そうとした。結果は15年もの長い間、忍具の中で眠っていたのだ。もしもその時間がなければ、はナルトよりも年上だっただろう。




「・・・は、父ちゃんと母ちゃんのこと、覚えてるのか?」

「覚えてるわ、もう5歳だったもの。」




 怯える人々も、死にゆく覚悟の母も、何もかも覚えている。母の腕が冷たくなっていく感触すらも、生々しく記憶に刻まれている。




「そっか、俺、ほとんど父ちゃんと母ちゃんのこと覚えてないから、どんな人だった?」




 明るく問われて、は目を丸くした。




「ど、どんなだったって・・・」

「覚えてるんだろ?」





 ナルトの空色の瞳に無邪気に問われ、は考える。悲しい思い出ばかり思い当たっていたが、確かに普通の両親の姿も覚えている。




「母さんは、漆黒の髪の美人さんだったわ。」

「気は強かった?」

「うぅん、優しかった。気は強くなかったわ。」

「じゃあは誰に似たんだろ。」

「きっとお父さんだわ。」





 父は気が強かった。そのためよく母を怒鳴りつけて、母に困った顔をされていた気がする。素直じゃない人で、自分が悪いとわかっていてもうまく謝れず、よくお詫びの品として質の良い鈴や小物を作らせていたのを覚えている。




「父さんはわたしにもすぐにいやなことを言うの。でもわたしが泣くと慌てて謝るのよ。だったら最初っから言わなければいいのにって思ったわ。」

は父ちゃんにそっくりってことだな。」

「何よ。そんなことないわ。」




 はむっとしてナルトの髪を軽く引っ張る。だがナルトは両親の話が楽しいのか、心から嬉しそうに笑っていた。




「ナルトはお父さん似なの?お母さん似なの?」

「多分髪は父ちゃん似。性格と顔は母ちゃん似だけどな。っていっても、俺はほとんど二人を知らないってばよ。」




 穢土転生をした父に会うことはできたし、母とも少しの間だが話すことができた。でも、一緒に暮らしたことはないし、のようにつまらない喧嘩をしたり、抱きしめてもらった記憶はとても少ない。一緒に笑い合ったようなことも、本当に一日にも満たない時間だ。

 だから、僅かでも知っているをうらやましく思う。





「・・・覚えてない方が良かったのかなって、思ってた。」





 は目を伏せる。






「その方が、素直に里に溶け込めたのかなって。」






 弟の瀧は覚えていないからこそ、両親を殺した霧隠れの里で生きていくことも受け入れられるし、いろいろなことを言う人間たちにも強気にものを言うことができる。自分は里の忍だ。そうして働いているのに文句を言われる筋合いはないといえる。

 だが、は両親を霧隠れに殺されたことを忘れていない。確かにの父は霧隠れの里を報復におそって人を殺したが、元々原因を作ったのは霧隠れの里なのだ。

 にとって霧隠れの里の忍からの暴言は、受け入れられるものではない。





「・・・でもさ。悲しい思い出ばっかじゃねぇだろ。」

「うん。」




 思い悩むあまり、いつの間にか父母との思い出は悲しいものにすり替わっていた。もちろん父母との別れは悲しいものに他ならなかったが、それでもそれだけではなかった。一族の人々とだってそうだ。確かに皆殺しにされたことは事実だが、その前には楽しい思い出があったはずだ。

 そのすべてを忘れたいと思うほどに、悲しい記憶がかき消していた。





「母さん、怖かっただろうに、必死で笑って、大好き、 幸せになりなさいって・・・」




 すべてを失った日のことを思えば、今でも涙が勝手にあふれる。




「多分、わたしが姉が好きなのも、きっと同じ事を、言ってくれるから、」




 多分、が炎一族ののことを慕っているのは、何も彼女が同じ神の系譜だからではなく、いつも彼女が“大好き”とに言って抱きしめてくれるからなのかもしれない。そして彼女もまたの幸せを心から願ってくれている。





も、母ちゃんに愛されてたんだな。」





 ナルトはを抱きしめて、片方の手での目尻の涙をぬぐう。




「うん。」





 父も母も、自分のために笑い、自分のために命をかけてくれた。強い人だった。その二人の死を悼むことすらも、霧隠れの里では許されないのだ。それが苦しくて、悲しくて、どうしたらよいのかわからなかった。

 毎年、の父に殺された霧隠れの里の忍に対する追悼式は行われる。だが、霧隠れの里に殺されたの一族の人々、そして母に対する追悼式は行われない。誰も彼らの死を悼んだりしない。

 ただ、こうして、少しだけ思い出を話して、父母を悼んでほしかっただけ。




「もう、ひとりじゃねぇってばよ。」




 心に、低い声が染み渡る。は温もりに縋り付くように目を閉じて、頬を伝う涙とともに心がいっぱいになるのを感じた。

 もう良いんだよと、言われた気がした。

 あまりにいっぱいいっぱいで、張り詰めていたすべてが、このためにあったとでも言うように満たされる。その感覚だけで、はすべてが満足だった。

満ちる、墜ちる