がいなくなったのは、次の日の昼のことだった。
任務中であったナルトは、と同じ神の系譜・炎一族東宮であり、イタチの妻でもあるからそのことを聞いて、任務から呼び戻され、目を丸くした。あまりの驚きようにの方が戸惑ったように小首を傾げる。
「聞いて、いないの?」
「聞いてないってばよ、だって、あいつ昨日っ、」
ナルトは声を詰まらせる。
一緒にいてほしいと、そうナルトはに言って、彼女もそれを受け入れたはずだった。確かに言葉はなかったけれど、それでも嬉しそうに笑う彼女はナルトの気持ちを知っていたはずだ。なのに、突然帰ったという事実が信じられず、ナルトは呆然とするしかなかった。
困惑するナルトの様子を見て、は「んー、」とうなってから言いにくそうに口を開く。
「今日の朝、突然帰るって言い出して、挨拶に来たんですって、因幡も止めたそうなんだけど、」
早朝から任務に出ていたがそのことを聞いたのも先ほど、長男からだった。
たまたまが来た時に家にいた次男・因幡がかなり止めたようだが駄目で、泣いて修行をしていた長男の演習場まで来たのだという。そして困った長男は母であるに報告に来て、事が発覚したというわけだ。
「突然帰るって、一人でか?」
「うん。水影様も、瀧も知らなかったというか、本当に勝手に来て、勝手に帰っちゃったみたいで、今大騒ぎに。」
は困ったように目尻を下げて、息を吐く。
神の系譜というのは莫大なチャクラを持っており、その血肉だけでも大きな力になると言われる存在だ。狙う忍は五大国が同盟を結んだ今でもたくさん存在するし、暁の残党などからしてみればほしい“武器”だ。
特にまだ若いは格好の獲物と思われており、本来なら霧隠れの里からこの葉隠れの里に勝手に来たことだけでも、前代未聞、あり得ないことだ。それなのに、彼女は勝手に来て、挙げ句の果てまた今日勝手に帰ってしまったという。
「水影のメイ様も心配して、今から帰ると慌てていらっしゃるし、今から話し合いみたい、」
は水影の養女だ。神の系譜だと言うことを抜きにしても、水影は養女が心配でたまらないだろう。が事の次第を火影に奏上し、火影である綱手が彼女に話すと、立場も忘れて探しに行くと言い出したらしい。
慌てて綱手が説得しなければ、メイは娘を探しに出て行ってしまっただろう。
「なんで、の奴っ、」
ナルトは拳を握りしめて俯く。はナルトを見て悲しそうに目を伏せた。
「もうは、折れていたのかもしれない、」
「え?」
「あの子は、気は強いけれど聡い子だから、どうしようもないと、行き場所はないってわかっていたんだと思う。」
かつて、神の系譜である翠一族は霧隠れの里の近くの湿地帯で穏やかに暮らしていた。
同じ神の系譜であり、火の国にある炎一族が木の葉隠れの里と和解し、共存の道を歩み始めたのを見て、共存を望んだ翠一族の当主の思惑に反して、霧隠れの里の忍は当主を呼び出している間に翠一族を皆殺しにした。
報復のために翠一族の当主は里を襲い、忍具を奪い、そして死んだ。
忍界大戦の後、次々に神の系譜が里と共存を目指して和解する中で、まだ5歳と3歳だった翠一族の幼い生き残りの姉弟は水影の養子として引き取られた。それは五大国が掲げる和解の象徴でもあった。
父の死を、母が殺されたことを覚えていない3歳だった弟の瀧は良い。彼はまっすぐと里と向き合い、翠一族として、里の一員として水影を目指すことができる。
しかし、は母が殺されたことを覚えている。与えられた愛情も憎しみもすべて覚えている中で、仇の中で、憎悪を受けながら生きていくのは簡単なことではない。の父に大切なものを殺された霧隠れの里の忍はを憎むだろう。そして大切なものを奪われた生きもまたそれは同じだ。
受け入れられるはずは、ないのだ。
誰かを責められるものではない。愛情というのは時に憎しみを生むもので、大切だったからこそ大きな感情となって人をむしばむ。どうしようもない。
それをは知っていた。
「・・・霧隠れの中に、翠一族を根絶やしにしろという過激な一派がいるのですって、」
「どう、いうことだってばよ、」
「和解を望まない人々が、いるということ、」
は驚くナルトに柔らかく、悲しげな声音で言う。
里と直接的に殺しあいを演じたのは、五大国の中にそれぞれいる神の系譜の中で翠一族だけだ。だからこそ、翠一族に対する憎しみは霧隠れの中に常に存在する。元々政情不安で有名な水の国には、そういう一派が確かに存在するのだ。
「だからこそ、わたしは炎一族が力になるかと思って、を預かったんだよ、」
もうすでに翠一族はと瀧しかいない。しかし火の国の神の系譜である炎一族は一族として200人近い人間を抱え、宗家自体も五大国の中で一番多い人数を抱えている。それは里と和解した平和故のものだ。翠と炎に血縁関係はないが、炎一族の意向がの後ろ盾になり、翠一族を根絶やしにしたいと願う人間たちへの牽制になれば良いと考えたのだ。
「そんなのっ、」
ナルトは表情をゆがめて俯く。
は今まで里のアカデミーを卒業し、里の忍として働き、特別上忍にまでなった。同年代に比べれば早い昇進だから、努力だってしただろう。
「そんなの、あんまりだってばよ、」
それは努力しても努力しても、化け狐だからと認められなかった自分に、あまりにも似ていた。
――――――――――――――――だって、みんな気持ち悪いって言うわ
自分の珍しい水色の髪を、は気持ち悪いと言った。綺麗だと笑うナルトに、そんなのは嘘だ、皆が自分の髪を嫌っていると言っていた。疎外感をいつも受けながら、ののしられながら、彼女はそれでも里のために任務をこなし、努力してきた。
その答えが翠一族だからと言う理由だけでの拒絶だというのなら、これほどにひどい話ではない。
「・・・は、」
「母さん!!」
何かを言おうとしたの声を、横からの高めの声が遮る。二人が顔を上げると、そこにいたのは少し青みがかった髪をした、とよく似た少年だった。その後ろには少し年かさの黒髪の少年が、少し申し訳なさそうな顔でついてきている。
「因幡、稜智、」
が次男と長男の名を呼ぶと、呼ばれた因幡の方はなぜかすぐにナルトにしがみついた。
「稜智、」
ナルトとが話していたここは、一応火影の執務室前の廊下だ。本来ならば勝手に幼い因幡を連れてきてはいけない場所。が僅かに声に険を含ませると、長男の稜智は少し嫌そうな顔で因幡を見た。もう10歳になる長男はそんなこと百も承知だったらしい。
それでも理由があったからここに連れてきたのだ。
「姉は?」
因幡は母の様子を窺うこともなく、掴みかからんばかりの勢いでナルトに問う。
「え、そりゃまだ、」
「今から、みんなで探しに行くところだよ、」
ナルトの代わりに、が息子に答える。
水影と話し合って、一緒に探しに行く予定なのだ。一応の透先眼で見た限りは国境を越えるまでは随分と遠そうだったし、それほど歩みは早くないようだった。だがそれを聞いた途端に因幡は甲高い声で言った。
「駄目だよ!早く追わなくちゃ!!」
青く光る瞳がまっすぐとナルトを見上げる。
「何事なの?」
火影の執務室にいた水影のメイと火影の綱手もあまりの甲高い声を聞きつけて、廊下へと出てくる。因幡は呆然としているナルトの様子にしびれを切らしたのか、ナルトのお腹を思いっきり殴った。
「ぐぇっ!」
ナルトは蛙のような声を上げてうずくまる。
「因幡!?」
弟の所業に流石に稜智も声を荒げる。母親のは口元に手を当てて、驚きのあまりに声も出ない。だが本人の因幡は苛立ちを示すようにナルトを放置して、母親のの手を引っ張った。
「姉を探さなきゃ!早く!」
「なんだってばよっ、」
痛みに耐えながら、ナルトは何とか因幡を見上げる。彼はくるりと振り返って、口を開く。
「早く探さなきゃ、姉が死んじゃうよ!!」
その言葉に一番に反応したのは、ナルトではなく、水影であるメイだった。
知らない