「なんだってばよ、これ、」




 そこに到着したナルトは、真っ赤に染まった地面に呆然とする。

 血だまりにいくつかの塊が倒れ伏しているが、それらはどう見ても生きているとは思えないほど、原形をとどめていなかった。その中で唯一原型をとどめている、真っ赤に染まった少女の姿に、ナルトは慌てて駆け寄った。




っ!」





 あまりに血に染まっているため、怪我をしているのか、していないのかすらもわからない。血だまりから抱き上げれば、ぬるりとした感触だけが伝わってきた。赤い血に所々染まった顔は真っ白で、健康な人間の肌の色とは思えなかった。




!」




 水影のメイも血だまりに膝をついて、娘を見おろして名前を呼ぶ。すると、僅かに睫が揺れて、重たそうにゆっくりとまぶたが上がる。現れた濃い青色の瞳はぼんやりとしていたが、徐々に焦点を結び、少し不思議そうにナルトとメイを見上げた。




「なる、と?・・・かぁ、さ」




 掠れた声が名前を呼んで、ナルトは安堵した。




「心配させるなってばよ、」




 安心とともにの体を抱きしめれば、彼女の背中に回した手が熱い何かに触れた。慌てて身を離してもう一度触れると、そこから血があふれていた。触ってももう痛みを感じていないのか、彼女は相変わらず不思議そうにナルトを見ている。




「な、なんだってばよ、これ、」





 呆然として自分の手についたの血を見つめる。



!」






 理由を問うようにナルトが名前を呼ぶと、はメイとナルトを見て、小首を傾げた。





「・・・役に、たった?」





 日頃と違って夢でも見るような、のんびりした声だった。

 それでメイは周りに横たわっている人間だった者たちが、反逆者だったことに気づく。翠一族を根絶やしにと望んでいる者たちの多くは、水の国に於いてテロなどに関わっている。だからこそ、水影に飼われる恐ろしい力を持つ翠一族の者を殺したくてたまらなかったのだ。

 彼らが水影の武器の一つだと、知っているから。そしては、その事実通り、水影の武器として彼らを殺した。





「何を、言ってるのよ、」




 メイはの顔をのぞき込んで、表情をゆがめる。

 メイが彼女を養女にとったのは、武器としてなんかではない。誰かにを傷つけさせないため。後ろ盾を失ってしまった、姪たち霧隠れの里が奪ってしまったから、新たな後ろ盾と、償いの意味で、を養女にとったのだ。

 決してこんな風にただの使い捨ての武器として、を使うためなどではない。




「たき、は、ぶじ、」




 種なしであるは、本当の直系である瀧の盾にならなければならない。だから、もしもこうして囮として敵をおびき寄せ、殺すのはの仕事だ。そして瀧がいれば、次世代に翠一族は続いていくのだから、何の問題もない。




「も、だい、じょ、ぶ、」





 が殺した、翠一族の根絶やしを望んでいた人々はかなりの数だった。これで多くの反逆者たちは死んだはずだし、彼らを使っていたグループも皆、一度計画を考え直さなくてはならなくなるだろう。その間に弟の瀧も大人になるだろうし、彼らでは襲えないほど強くなっているはずだ。

 そしてきっと、何年かは水の国も安定するだろう。

 個人として捨てられなかった必要とされたいという思いは、ナルトがすべて満たしてくれた。自分の命は省みず、義母や弟の盾として反逆者を道連れにすること。これがが残したかった、社会的な自分の生きた意味だった。




姉っ、」




 因幡がの穴の開いている腹を治癒しようと回復術を使う。だがまだ6歳の因幡はなんぼうまいと言っても小さな傷を治す程度で、このように大きな傷の対処方法を知らない。傷が大きすぎるのか、全くといって良いほど血は止まらず、回復速度が追いつかない。




「がんばれ、頑張れよ!!!」





 ナルトは必死でに声をかける。





「言っただろ!?一緒にいてほしいって!!」






 声が聞こえたのか、僅かにの手が動いて、ナルトの服を頼りなく掴む。



「・・・ぅ、ん、」




 ふわりと笑うの表情はこの厳しい状況とは全く異なり、穏やかそのもので、今までにないほど素直で嬉しそうだった。青白い顔に浮かんでいるのは今にも鼻歌でも歌いそうなほど楽しそうな笑みだ。それを見た因幡の方が、舌打ちをする。




、」




 メイが狂ったように名前を呼ぶ。はそれをぼんやりした意識の中で眺めていた。

 どうして義母はこんなに自分を呼んでいるのかよくわからない。でも彼女がそばにいるのは嬉しかった。いつも怒られるようなことばかりしていたけれど、最期に少しだけ役に立てたのかもしれない。

 の視界には入らないが、後ろから、いくつかの足音が近づいてくる。




「因幡、変わりなさい!」





 桃色の髪の女性が厳しい声音で言って、治癒をしている因幡と交代する。も見覚えのある女性で、濃い青色の瞳で彼女を見上げた。




「サクラちゃん、」






 ナルトが呆然としたまま、彼女をすがるように呼ぶ。




「大丈夫よ。だからがんばりなさい、」



 力強く彼女はに笑いかけて、厳しい表情で治癒を行う。後続の部隊が来たらしいが、相当の怪我はひどいのだろう。それは自身にもわかっていた。元々、生き残る気など、欠片もなかったのだから当然だ。

 だから、は待っている。




「姉さん、」




 弟の瀧が、とともにそこに立っていた。

 自分と同じ水色の髪をした彼は、いつもとは違って険しい表情での元に歩み寄ると、「なんで、」とぽつりと言った。はすぐにの元に駆け寄って膝をつくと、血で濡れたの髪をそっと撫でてから、柔らかく笑う。





「大好きよ、。」






 優しく告げられる言葉が、少し高い声音が自分の母と重なる。

 死を前にした母は、に言った。大好きだ、幸せになりなさい、と。努力を繰り返しながらも里の中で認められることもなく、ののしられ、武器としての価値しか見いだせなかった自分を死んだ母が見たら、好きだなんて言ってくれないかもしれないと、いつも思っていた。

 けれど同じ言葉をくれるは、いつもを認めてくれた。





「・・・、」





 ぎゅっと強く手が握られる。見上げると側にはナルトがいて、その空色の瞳に涙をためて、を見ていた。




「うん、」





 掠れる声で、は遠い日に言えなかった言葉を返す。

 恐怖でいっぱいだった心は、母に言葉を返すだけの余裕がなかった。大好きだといつも言ってくれたのに、返してやることはできなかった。




「だいすき、」





 まっすぐと彼の目を見て、言葉を紡ぐ。少し掠れてしまったけれど彼に届いたのか、空色の瞳を細めて、悔しそうな、悲しそうな表情でぎゅっと強くの手を握り返した。




、」




 メイが柔らかく、ひどく悲しそうにを呼ぶ。

 いつも追い詰められて、ずっと一本の平均台を歩くように不安でたまらなかったのに、皆に囲まれて、は今までにないくらいひどく穏やかな、満たされた気持ちで瞼を閉じた。
幸福とともに逝く方が苦しみと共に生きるよりずっと楽だった