サクラによって応急処置を済ませたは、すぐに木の葉病院に運び込まれた。しかし怪我があまりにもひどく、失血量も多かったため、集中治療室に入れられたまま、出てこなかった。
「・・・難しいかもしれない、」
サクラは言いにくそうに水影であるメイと、ナルトに説明する。
は確かにチャクラも多く、神の系譜としても強い能力を受け継いでいるが、腹の傷は完全に腹を貫通しており、内臓を損傷している。再生医療忍術は進んでいるが、簡単なことではなく、普通の人間なら生きているのが不思議なほどだった。
おそらく今日の夜までが限界だろう。
「、家族を呼んだ方が良いかも。」
サクラは同じ神の系譜であり、仲良くしていたに、子供たちも呼ぶように言う。それは最期の別れを覚悟してのことだった。
「うん。家にも連絡した。多分すぐにみんな来ると思う。」
は目を伏せて自分の隣に座る息子の背中をさする。
「ご、めっ、もっと、もっと僕ができればっ、」
次男の因幡が、ぽろぽろと涙をこぼして言った。
サクラが到着するまでの治癒を行っていたのは、まだ6歳の因幡だ。忍術のセンスも非常に良いと言われるが、まだアカデミーに通い始めたばかりの因幡ができることなど、少なくて当然だ。
「あんたのせいじゃないわ。わたしでも、駄目だったと思う、」
サクラは因幡の前に膝をついて、因幡を抱きしめる。
どちらにしても医療忍者にできたのは、家族やほかの神の系譜たちを集め、別れを告げる時間を作り出すことだけだった。
「そんな・・・」
ナルトはが死ぬという事実が受け入れきれず、呆然とする。
昨日まで普通に、幸せそうに笑っていたのに、心ではもう満足感だけを抱えて死ぬことを覚悟していたのだと思えば、それほどに追い詰められていたに何もできなかった自分に、嫌気が指す。
――――――――――――――一番大事なのは、君が君を認めることだよ。
と同じ“種なし”として生まれてきた青白宮は、にそう言っていた。
彼女は自分を認められなかった。里のパワーバランスの一つ、武器として、水影の養女として、霧隠れの里を襲った翠一族の当主の娘として、霧隠れによって皆殺しにされた翠一族の生き残りとして、背負ったすべてのものを考えるが故に、つぶれてしまった。
ナルトはそんなを理解できず、そのまま終わりに駆り立ててしまったのだ。彼女が全くといって良いほど素直でないことは、知っていたはずなのに。
「あの子に、私は結局何もできなかったという訳ね。」
メイは自嘲気味にベンチに崩れ落ちた。
同じ神の系譜である炎一族が幼い翠一族の姉弟を引き取るといった時、メイはそれに反対して、自分から罪を背負いたいと翠一族の姉弟を引き取った。炎一族も難色を示しつつもメイの説得に応じて二人を託したのだ。
その結果がこれだというなら、養母としてメイができたことなど何もない。
「水影様、」
長十郎は取り乱すメイを見て、苦しそうに表情をゆがめる。誰もかける言葉が見つからず、黙り込み、すすり泣く嗚咽だけが響く。
どん底まで沈んだ空気を切り裂いたのは、涼しげな低い声だった。
「は、もう・・・駄目なのかい?」
「伯父上、」
が顔を上げて現れた人物を見やる。
着物姿の彼は、の伯父である青白宮だった。彼もまたと同じ力を次世代にはつなげない“種なし”であり、連絡を受けてに別れを告げるためにここに来たのだろう。腕にはの長女である阿加流が抱かれていた。
「・・・飃の人は、間に合わないの?」
青白宮は落ち込む面々とは打って変わって冷静に、サクラに問う。それは彼自身が薬師だからと言うのもあるのだろう。
風の国の神の系譜・飃の直系は恐ろしい回復能力を持っている。
「風の国から来るには3日はかかる・・・、到底もたないわ。」
サクラは彼の言葉を、首を横に振って否定した。
風の国からどんなに急いでもこの葉隠れの里まで3日はかかる。今のはもっても今日の夜を越えられるか、超えられないかだ。
普通の医療においては、綱手、サクラ以上の医療忍者は存在しない。
「手遅れ、か。」
青白宮は静かに言って、に腕に抱いていた阿加流を渡す。
「伯父上?」
不穏な空気を感じては青白宮を見上げて不安げな声を上げたが、彼は柔らかにに笑って返した。
「・・・雪に、ごめんといっておいて、」
「伯父上、」
突然出てきた母の名前に、は縋るように彼の着物の袖を掴む。
「未来をつなぐという意味で、良い役目を担えるのかもしれない、」
彼はに説得するように言ってから、ナルトと、そしてメイに目を向けた。
「これはにも言えることだけれど、恥ずかしさや社会的な常識のために、言葉を、惜しんではいけないよ。」
言うのが恥ずかしい言葉や、社会的常識故になかなか口にできないと言うことはある。だが二人でいる時にそれを惜しんでいては、大切な言葉を言わなければ、それは大きな誤解を生んでいく。
「きっとは、貴方の理想がよりも重要だと思っていただろう。」
水影であるはずのメイに、臆することなく青白宮は言う。
翠一族と和解すること、里を安定させること。それはメイにとっては水影としての責務だと言うだけではなく、と瀧を思ってのことでもあった。しかし、は自分たちよりもきっと里の方が大切だと思ったのだ。
「ナルト君が悪いとは言わないけど、君ももう少し気をつけるべきだったね。」
青白宮はうなだれる彼の髪をくしゃりと撫でる。
「・・・もう、取り返しがつかねぇってばよ。」
ナルトはこらえきれずにそう言った。
取り返しがつくのは、人が死ぬまでの間であって、死んでしまえば語り合うことも、失敗したことを生かしてやり直すことだってできない。
に二度と会えない。そう思えば涙ばかりがこみ上げてきて、どうすれば良いかわからなかった。
「俺と同じだから、彼女にも幸せになってほしい。」
青白宮はもう一度、と子供たちの方を振り返る。
「みんな、の言うことを聞いて、良い子に、するんだよ。も、イタチ君と仲良くね。」
順番に子供たちの頭を撫でて、へと向き直る。はじっと青白宮を見上げていたが、納得したようにあごを引いた。
「我らは儚き命。汝らゆきつく終わりは皆同じ。ね。」
青白宮はを慰めるようにほほえんで、ぽんぽんと頭を軽く叩く。
それはの父方の一族に伝わる格言だ。自分たちは皆同じ命を持つ者であり、死んで終わり、たどり着く場所は皆同じだという意味だ。だからここで青白宮との道が分かたれたとしても、きっとまた会えるだろう。
彼は覚悟を決めたようにサクラの方へと歩み寄る。
「俺がかわりに逝くよ、」
「でも、」
今のを救うためには当然、対価がいる。彼女は確実に後数時間で命絶える存在だ。その奪われる命は、命で購わなければならない。
医療に携わるサクラは、それを痛いほどに知っている。
「俺は十分に生きたから、この命を同じ“種なし”につなぎたいと思う。」
青白宮は確かに子供こそいない、当然力をつなぐ存在もいない。だが、妹や姪。そしてたくさんのその子供たちに囲まれて、幸せな生活を歩んだ。今も満たされている。
そんな当たり前の生活を、にも歩んでほしいと思う。
「だから、貴方たちがあの子を変えてくれることを、願うよ。」
青白宮は穏やかに笑って、ナルトとメイを振り返った。
は気づいていないけれど、確かに彼女を大切に思い、大切にする人々はいる。満たされたからなんて思って死を求めるよりも、その満たされた心で、未来を望んでほしい。彼女はまだ若いのだから。
『あにうえ、』
青白宮は自分とよく似た顔をした妹を思い出す。
彼女と彼女の家族が自分にたくさんの者を与えてくれたように、きっとにも大切にしてくれる人が見つかるだろう。種なしだからと自分をさげすまなくても、をとしてみてくれる人が必ず側にいるはずだ。
青白宮はゆっくりと目を閉じ、自分の大切な人々と、彼女の暖かな未来を思った。
託すことの出来ない幸せを託す