ナルトが頬に紅葉を咲かせたまま、綱手の仕事を手伝っているのを見て、イタチはその漆黒の瞳を瞬く。父親の書類提出についてきていた長男の稜智も、少し興味深そうに自分の師を眺めた。
「ナル兄何したの?」
理由を聞きあぐねているイタチと対照的に、稜智はあっさりと自分の師に尋ねる。
「に手を出したからって・・・水影に殴られたってばよ。」
ナルトはぶすっとした表情で答えた。
今日の朝、とともに直接ナルトはこれからののことについて話し合うために、水影であり、の養母でもあるメイのところに行ったのだ。ところが話をする前にの着物から少し出た首筋についた痕に気づいたメイに、娘に手を出した悪者として殴られる羽目になった。
確かに、27歳にもなって16歳のに手を出した事は、合意の上だったとは言え悪かったと思う。だが、まさか初対面で思いっきり殴られるとは思わず、仕方ないこととはいえ、部屋からたたき出されてしまったのは少し納得いかなかった。
しかも今日からはナルトの家ではなく、水影の泊まっている宿にともに泊まることとなった。
「そりゃ殴られるって、水影、姉かわいがってるんでしょ。」
稜智はあきれた目をしてナルトを見る。
「誰でも娘を嫁がせるのは嫌なものだ。そうだろ、イタチ。」
綱手はイタチから書類を受け取りながら、苦笑して肩をすくめ、娘のいるイタチに話を振る。
「・・・確かに、俺も今から阿加流を嫁がせると思えば相手が哀れになりますね。」
イタチはすました顔で自分の長女の顔を思い浮かべた。
やんちゃで傍若無人、不機嫌そうな顔を隠そうともしない長女の阿加流は、なかなか乱暴者で、しょっちゅう年の近い三男の八幡ととっくみあいの喧嘩をする。自分にとってはたった一人の女の子だし、可愛い訳だが、あの乱暴者の長女を嫁がせると思うと、相手に哀れみを覚える。
「父上、そういう意味じゃないでしょ。」
稜智は父親の解釈に突っ込みを入れて、もう一度ナルトに目を戻す。
「でもどうやって姉取り戻すの?」
「それがわかれば苦労しねぇってばよ。」
ナルトは生意気な弟子にはっきり返して、ため息をついた。
水影のメイの怒りは大きく、門前払いでに会わせてももらえない。幸い水影は中忍試験が行われる一ヶ月後まで木の葉に滞在するようだ。だから無理矢理連れて帰ろうという気はないだろうが、それでも会えないのは寂しい。
「素直に謝るしかないんじゃないか?」
イタチはまっとうな助言をする。
「でも、俺はとのこと間違いだなんて思ってないってばよ。」
「そういう意味じゃないんだがな。」
ぶすっとして言い返してくるナルトに少しあきれてイタチが腕を組んで言い方を考えていると、先に高い声が響いた。
「綱手様、書類・・・ってあら?みんないるの?」
書類提出のために火影の執務室に入ってきたが息子と夫、そして親友でもあるナルトがいるのを見て、おっとりと笑う。
「どうしたのナルト、そのほっぺ。」
「に手を出して水影に殴られたんだと。」
妻ののんびりした質問に、イタチが答える。
「あらら、不純異性交遊?だめよ?」
「おまえの口からそんな単語が出てくることにびっくりだってばよ。」
ナルトはのんきなの言葉にため息をついた。
「メイ様もお気の毒ね。他国に嫁がせるんだもの、それはそれは心配でしょう。」
はメイの心境に理解を示す。
同じ母親として、別の国に娘が嫁ぐとなれば心配なものだろう。しかも相手は英雄と歌われている存在だとは言え10も年上だ。娘が良いように扱われないか、他国で酷い扱いを受けないか、心配でたまらないだろう。
メイとての前ではただの母親なのだ。娘を心配する気持ちは当然のもの。水影であっても、他国に嫁ぐ娘を守ってやることはできないのだから。
「ナル兄って、忍としては尊敬できるけど、本当に女関係最悪だもんね。」
稜智は歯に衣着せぬ物言いであっさりとナルトを評する。
「どういう意味だってばよ。」
「そのままだよ。とっかえひっかえしてたと思ったら、次は10歳も年下の水影の娘に手を出したって、もう運の尽きだよね。」
「おいおい、ナルトはとっかえひっかえしていたんじゃなくて、つきあって振られてただけだぞ。」
イタチはフォローとも言えない言葉を息子に返す。
確かに、端から見ればとっかえひっかえだったかもしれないが、事実としては相手から告白され、つきあい、そして振られるというのを繰り返していただけで、ナルトの主導的な恋愛ではなかった。ただ、イタチのフォローはナルトを落ち込ませるだけだったらしい。
「ああああああ!親子そろって俺をけなしたいのか貶めたいのかどっちだってばよ!」
「どっちも一緒だよ?」
が言葉の間違いを指摘して最後にナルトにとどめを刺す。珍しいからの一撃に、ナルトだけでなく全員が目を瞬いて、を見た。
「・・・おまえ怒ってるのか?」
そういえば珍しく最初からナルトに対する言葉にはとげがあったかもしれない。イタチが問いかけるとはいつも通りの穏やかな笑みながら、たっぷり間を開けて返事をした。
「別に、」
「怒ってるんだな。」
「・・・わたし、不純異性交遊の片棒担がされたのよ?」
がナルトの家に泊まることをに許したのは、別に二人をくっつけたいからでも何でもない。何となくその可能性はわかっていたが、ナルトも良い年の大人だし、ましてや数週間で手を出すほど忍耐がないとは思わなかったのだ。
結果的に言えば、もまた水影からの信頼を裏切ったようなものである。
「不純じゃないってばよ!俺はのことが大好きだし、」
「でも手を出す必要があったかしら?婚約してからでも良くなぁい?」
ふわっとしたいつもの口調でゆったりと問い詰められて、ナルトは言葉を失う。
その無邪気な笑顔も、いつもよりゆっくりとした口調も、怖さを煽る。は日頃怒らないし、他人をけなすこともない。だからこそ逆にからの怒りはナルトを萎縮させたし、心底震撼させた。
「そこは・・・本当に悪かったってばよ・・・」
最後の抵抗とでも言うようにぶつぶつと小さな声でナルトは言った。
周りのことを何も考えずに好きだからと突っ走ってしまったのはどんなに言い訳しようと事実だ。いつも感情優先のナルトはいつも迷惑をかける。サスケにも釘を刺されていたのに、先にに手を出してしまったのは明らかにナルトの失敗だった。
しかし、はその中途半端な謝罪が気に入らなかったらしい。
「どこが悪くないの?」
ゆったりとした口調で畳みかける。はこの問題の責任を曖昧に済ませる気は全くないらしい。それを感じてナルトの頬が引きつる。
「・・・母上が怒ってるの、初めて見た。」
稜智は珍しい母の剣幕を見て、感心する。
日頃子供たちが問題を起こそうが暴れまくろうが放任で、サスケがどんなにに訴えてもあらら、程度。困った顔をするくらいで結局は放置する母が怒れるのだと驚いたらしい。
「ま、一応うちの次期家長はだからな。」
イタチは息子の頭をくしゃくしゃと撫でながら二人のやりとりを見守る。
炎一族の東宮と言っても、なんだかんだいて体が弱く教育をきちんと受けていないはイタチにたよりがちだ。実質的に今となっては炎一族の東宮はイタチのような物である。だが、実質がどうであれ、名義としては彼女が炎一族の次期家長であることに間違いはない。
「・・・あーーー!わかったってばよ!全部俺が悪かった!悪かったってばよ!」
の追撃から逃れるように、ナルトは大きな声で叫んだ。全面的に白旗らしい。
「何か不満そうね?」
「、流石にそのくらいにしてやれ、」
イタチはまだ満足していない妻を止める。
「だって・・・」
まだ良い足りなさそうなは、不機嫌そうに少し眉を寄せてみせるが、それでも夫に止められたため黙り込んだ。
「・・・ひとまず、ちゃんと謝るから許してくれってばよ!」
ナルトは勢いよく体をほぼ90度以上折り曲げ、頭を下げ、脱兎のごとく駆け出す。正直な話、怒り狂って感情をぶつけてくる水影のメイよりも、嫌みとともに遠回しに皮肉で責めてくるの方がずっと恐ろしかった。
理性の天秤