「母さん、いい加減にナルトと会わせてよ。」
は腰に手を当ててメイに言う。
「・・・」
珍しく目尻をあげたままのメイは、少し不機嫌そうに書類を見るだけで、に目を合わせようともしない。とはいえ先ほどから書類のページ数は進んでいなかった。
「・・・様。そっとしておきなさい。」
青がを諫める。
「でももう一週間近いんだよ?わたしだって出られるけど、無理矢理行くんじゃなくて、ちゃんとしたいから待ってるんだよ?いい加減良いじゃん。」
は肩をすくめてため息をついた。
養母であるメイと、恋人となったナルトが大げんかをしたのは、一週間ほど前だ。キスマークがついていることにめざとく気づいたメイが、たまたま来ていたナルトを殴り飛ばしたのだ。これからのの処遇を話し合おうとしていた矢先のことだった。
確かに、この年で勝手にこの葉隠れの里に行ったことは、悪かったと思う。任務を放棄したことに関しても後から謝った。
ナルトに抱かれたのは確かにその通りだが、もとをたどればが彼の家に押しかけて居候していただけ。お互いに好きになって、それでそう言った行為をした。それは悪いことではないとは思ったけれど、手順を踏む必要があったらしい。
報告はしなかったし、勝手なことをしたから、ナルトと会うなと言うメイに黙って従ったが、何度かナルトを追い返しているメイの姿も見てしまったし、もうそろそろ自身寂しくて、あの屈託なく笑ってくれるナルトに会いたかった。
「彼は、火影候補に挙がるような忍よ・・・。苦労するし、狙われることにだってなる。もうちょっと他に誰だってあったでしょ。」
メイは唇をとがらせてぶつっと言った。
ナルトは木の葉隠れの里でも指折りの実力を持つ火影の最有力候補で、九尾の人柱力でもある。それは同時にいろいろな人から彼自身狙われているわけであり、がもし彼と一緒にいればもまた危険な目に遭う可能性があった。
「・・・でも、ナルトはナルトだもん。」
九尾とか、人柱力とかはにはよくわからない。火影候補というのがそもそも社会的にどんなものなのかわからないし、九尾を腹の中に飼っているナルト自体が化け物だという人もいる。でも、ナルトはナルトだ。が知るナルト以外に、他にいない。
「わたしだって、わたしだし、」
だって他人から見れば莫大な力を持つ化け物そのものかもしれない。でも、自分は自分だ。ナルトが自分を必要としてくれるようになって、少しだけそう思えるようになった。
「・・・・・・気に入らないわ。」
メイは表だってナルトが嫌だとは言わなかったが、むっとした顔で言った。
それはナルトが気に入らないと言うよりは、をさらっていく人間が気に入らないという、母親らしい感情だったが、それに気づいたのは青だけで、お互いに無言になる。
その時、ばんばんというあまりにノックと言うには大きな音が聞こえた。
「すいませーん。ナルトだってばよ−!」
あまりに緊張感のない口調に、も思わず目が点になる。
「・・・」
青も目をぱちくりさせているが、ナルトが来たこと自体に驚いていないところを見ると、すでにアポイントは取ってあったのだろう。メイはますます眉間に皺を寄せて、射殺さんばかりの険しい表情で扉の方を見ている。
「ナルト!」
は立ち上がり、扉を開ける。が迎えたことに少しナルトは驚いたようだったが、表情がぱっと輝いて、を抱きしめる。
「!」
久しぶりに会えたのが嬉しかったのだろう。抱きしめられても悪い気はしなかった。ナルトはを抱きしめたままくるりと一周回る。だが、後ろから殺気を感じてはたっと動きを止めた。
「・・・」
メイがどす黒く冷たい空気を醸し出したまま、ナルトとを見ている。
「・・・すんません。」
ナルトは思わずぱっとを離して、慌てて頭を下げた。だが、後の祭りだ。メイは不機嫌そうな顔をしたままで、腕を組んでいる。ナルトは背中が冷たくなるのを感じたが、やってしまったものは仕方ないし、まさかの背中に隠れるわけにはいかない。
メイの不躾で恐ろしい視線に耐えるしかなかった。
「母さん、」
流石にが少し悲しそうな顔でメイを見る。
「母さんはナルトが嫌いなの?」
至極らしい、率直な質問にメイは少し怯んだ。その表情に、ナルトははっとする。それは酷く寂しそうで、傷ついたようだった。
「なんで母さんは、」
は険しい表情でむっとして何かをメイに言おうとする。
「、」
ナルトはの背中を叩いて言葉を遮る。そして改めてメイを見た。
「・・・順序を間違えて、すいませんでした。」
メイはきっと養女だと言っても、のことを心から大切に思っている。ナルトがに自分と一緒にいてほしいと願うように、メイだってと一緒にいたいはずだ。今まで一緒にいたを突然手放せと言われて、受け入れられないのは当然だ。
ましてや勝手に娘に手を出した男を許せという方が難しいだろう。
「でも、俺も、と一緒にいたいから、その・・・」
ナルトは自分の心を口にしながら、メイと自分の主張には妥協点がないのではないかと言うことが、馬鹿のナルトでも簡単に想像できた。
「えっと・・・どうすれば良いんだってばよ。」
ナルトは火影候補で木の葉隠れの里から離れられないし、水影であるメイは当然霧隠れの里から離れられない。はどちらで暮らしても、どちらかと離れることになる。
「ナルト?」
はきょとんとした顔でナルトを見ている。
「いや、だって、そりゃ、まぁ、をくださいって言おうと思ったけど、水影の姉ちゃんだって、といたいだろ?」
「えぇ?」
「だって、俺の母ちゃんだって、俺の傍にいたかったって、言ってたってばよ。」
母とふれあった時間は確かに短いが、ナルトの母はナルトを愛していると泣いていた。彼女は死んでしまったからどうしようもなかったけれど、の母は生きているのだ。メイにとっていつまでもは自分の子供で、傍にいたいと願うのは当然だ。
「貴方、何の話をしに来たの?」
メイは半ばあきれたようにナルトに尋ねる。
「え、あ、えっと、婚約と結婚の話だってばよ。」
火影を通じて、ナルトが正式にとの婚約を望んでいることを、メイに伝えてある。その話のためにナルトはメイを正式に今日訪れたのだった。
「でも、それじゃ水影の姉ちゃんも寂しいだろうし、」
「じゃあどうすんのよ。」
が容赦のない突っ込みを浴びせる。ナルトは真剣な顔で悩んだが、良い考えが思いつかなかったのだろう。
「・・・半年ずつ、暮らすとか・・・」
「それ、結婚って言わないわよ。」
メイの方が、思わずあり得ない申し出をするナルトに言う。
「でもさ、俺は俺だけの意見じゃなくて、水影の姉ちゃんの意見も尊重したいってばよ。だっての母ちゃんだもん。」
ナルトの言葉は、彼の本質を示していた。
結局のところ彼はを水影の娘としては見ていないし、メイのことも水影と呼びながらも娘を愛する母親としか考えていないのだ。そして彼は時運だけでなく他人も納得できる方法を探している。それがたとえ無茶だと言われる道だとしてもだ。
「・・・悪意は、ないって訳ね。」
メイはナルトの様子に毒気を抜かれ、大きく息を吐いた。
彼は無理矢理にメイからをさらうような無茶なことはしない。それはメイがを心から大切に思っていることを知っているからだ。もしかすると本人以上にわかっているかもしれない。彼は自分の気持ちにも素直だが、同時に他人の感情にも敏感で聡い。
もっと彼が強引で、本気でを奪いに来てくれるなら、メイだって思い切り憎む事ができただろうし、抵抗もできた。でも、彼はメイともまた、争う気はないのだ。円満な形を望んでいる。
だからメイも、頭ごなしにすべてを拒否することは、もうできそうになかった。
幸福を願う