「母上、羽織忘れてるよ。」

「え。」




 は首を傾げて振り返る。そこには長男の稜智がいて、少し困った顔でを見ていた。




「あら、どこに?」

「寝殿。ずっとほりっぱなしだった。」




 どうやら父のいる寝殿に忘れていたらしい。日頃やイタチたち家族は東の対屋で暮らしているが、夕飯だけはの両親もいる寝殿に集まって夕食を全員でとるのが日課だ。もちろんそれぞれが任務でいない時はあるが、基本的に子供たちはいるのでにぎやかだ。

 何日か前の夕食の時に忘れていったのだろう。




「ありがとう。」




 は息子にお礼を言って、目を細める。

 幼く小さかった息子は今年で10歳。背はどんどん伸びていて、150センチと少ししかないはすぐに追い越されてしまうだろう。未熟児で生まれた彼はいつの間にか、あっという間に大きくなった。今は中忍試験に出ている。




「だめだろ、体を冷やしたら。」




 父親であるイタチによく似た口調で彼は言って、に羽織を着せる。



「弟がまた生まれるんだろ?」

「うん。」




 心配してくれる息子に頷く。

 あと8ヶ月もすれば、は5人目になる子供を出産することになる。多分男の子で、4男となる。最初の子供には苦労したも、幸い医術の進歩に助けられて今では子だくさんで有名だ。自身が体が弱かったため子供たちのことも心配して居たが、皆健康そのもので、も安心していた。




「羽宮には、苦労をかけるね。」





 は長男をねぎらう。

 イタチは暗部の手練れで、相変わらず任務に引っ張りだこで忙しい。の父である斎も、義弟のサスケもいるが、やはり大人であるため任務もある。 2歳の八幡、3歳の阿加流、そして6歳の因幡と年端もいかぬ子供が何人もいるため、どうしても時間に融通が利き、物事を既に分かっている稜智にいろいろなこと頼りがちだった。




「今更だろ。」 





 少し不機嫌そうと言う、照れたような表情は、イタチと言うよりはサスケに似ている気がして、は小さく笑う。




「あんまり模擬戦とかはしてあげられなくてごめんね、中忍試験はどう?勝てそう?」




 はソファーに腰を下ろして息子に問う。寝殿造りの家に不釣り合いなソファーは、稜智を生んだ時にの両親が買ってくれたものだ。稜智も同じように腰をかけて近くにあったののんでいた緑茶を引き寄せた。




「んー、死の森での試験は余裕だった。ま、本戦はわかんないけど。」




 稜智は順調に一次試験、2次試験を終え、トーナメント式の本戦までは今のところ勝ち進んでいる。まだ10歳であるため、今回中忍試験を受験する面々の中では最年少で、この平和な時代では異例のことだった。

 同じ神の系譜の翠一族の瀧も今回受けているため、もしも二人が勝ち進めば本戦では直接戦うことになるかもしれない。





「そっか、無理はしないでね。」

「無理はしないけど、やる限りは勝たなきゃ。」




 稜智はころりと笑って、珍しくに抱きつく。

 最近大きくなって子供扱いを嫌うし、弟妹の手前素直に甘えてこないが、やはりふたりでいる時は別だ。だからこそ、はいつも迷惑をかけてばかりの長男との時間を大切にしている。




「むしろ審判の母上が転ばないかが不安。」

「もぅ。そんなことないよ。」






 は本戦ではいくつか審判をすることになっている。妊娠が発覚したため交代するかと聞かれたが、基本的に下忍の戦いなど上忍のからすればたかがしれているし、座っていて良いと言うことだったので、そのまま請け負うこととなった。




「だって母上鈍くさいんだもん。」

「鈍くさくなんてないよ?サスケより強いんだから、」

「そうだった、」




 軽やかに声変わりをしていない高い声で笑って、稜智は子供がいるという腹に自分の頬をすりつけた。




「また弟か。」

「妹が良かったの?」

「いやだね。あんなの一人で良い。」

「こら、」




 妹に酷いことを言う息子の頭を軽く叩いて、は諫めるが、当然本気ではない。クスクスと笑って、彼のさらりとした黒髪を撫でた。

 稜智はイタチによく似ている。しかしイタチが望んだようにあまり両親に意向など気にせず、元気にやっている。先日暗部からの引き抜きもあったのだが、それも自分には向かないと断っていた。対して次男の因幡の方は自分にそっくりで、かつ大好きな祖父のいる暗部に興味があるようだった。

 炎一族の者たちも、があまりに体が弱くて一族はどうなるのか不安ばかり抱いていたのに対して稜智は体が強いので、それだけで満足なようだ。もちろん当然、中忍試験で本戦まで勝ち進んだ稜智に期待しているのは当然だが。




「羽宮は羽宮らしく、がんばってくれればわたしは幸せ。」

「何それ、」




 稜智は少しを馬鹿にするように、それでいて屈託なく笑って、の膝に自分の頭を預けた。





長男と母親