孫が見せに来た成績表に、フガクはなんとコメントすれば良いのか分からなかった。



「…」




 半分が1、半分が5という両極端な成績は、分野別に分かれているならともかく、算術が1にもかかわらず、忍術計算は5だったりとあまりに統一性がない。



「1の所は寝ちゃってさぁ。すっごいきもちよかったんだ。晴れてて昼寝にぴったりの日だった。」



 因幡は人なつっこい笑顔とともにさらさらと言う。

 要するに1の教科はテストをそもそも受けていなかったのだろう。多少の成績の悪さくらいは予想していたし、納得も出来たが、優秀な息子二人だったため、このあまりに常軌を逸した主張に、フガクは怒れば良いのか、悲しめば良いのか、どうしたら良いか本当に分からず困惑しきっていた。




「父上ったら次1を取ったらゲームと漫画燃やすとか言うんだよ、酷くない?挙げ句さぁ、母上まで反対しないんだ。ぼくは好きなことをやって好きなようにしてるって言うのに。この間なんていじめっ子殴ったら怒られるし。」




 因幡はよく話す。淀みなく、例えフガクが返事をしなくてもひたすら勝手に話している。

 また内容もフガクが想像し、常識と考える物からあまりにも外れすぎていて、孫の育て方に口を出す以前に、コメントの仕方すらも分からない。

 結果的にはただただ因幡の話に圧倒されるしかなかった。



「怪我をさせるのは良くないよ、ほどほどにね。」



 そういて簡単に因幡を諫めたのは、フガクの息子であるイタチの妻となった、の父親・斎だ。彼はイタチの担当上忍同時に因幡のもう一人の祖父でもあった。因幡について、珍しくうちは一族に顔を出していた。

 孫の因幡にとって斎はフガクと同じく祖父と言うことになるわけだが、斎はフガクより十以上若い。そして因幡の性格も容姿も彼にそっくりだ。斎は紺色の髪、因幡は青みがかった黒髪をしているが、顔立ちも性格もそっくりで、言うことも話し方もよく似ている。




「えー!だって向こうが悪いんじゃん。女の子虐めてさぁ。よってたかって。」

「別に仕返ししたことを責めてるんじゃないよ。でも、そういうのはばれないように裏で上手にやらないと。」

「…」




 ころころと諫めるふりをして因幡の行動を推奨している斎に、フガクは無言になるしかない。




「あ、そっか。今度は完全犯罪目指すよ。」




 因幡も反省したふうはなく、あっさりと笑ってそう言って見せた。

 大戦後、あれよあれよという間に、フガクの息子・イタチは結婚し、4人の子供に恵まれ、五人目を現在妻は妊娠中だ。子供たちはそれぞれ個性的で、よくフガクの家にもやってくる。ただ、イタチの教育方針かもって生まれた性格か、手を焼くことも非常に多かった。

 フガクも確かに息子たちを怒っていたし、厳しく接していたはずだったが、それでもフガクの息子たちがここまで常軌を逸した行動に出ることも、さらさらと口から言い訳をすることもなかったため、接し方が分からない。




さんは、お元気か?」





 フガクはひとまず話をそらした。

 フガクは昔の事を“東宮”と呼んでいたが、イタチとが結婚してから、あまり他人行儀なのは良くないと義理の娘を名前で呼ぶようになった。とはいえ、今まで炎一族の東宮として敬ってきたため、恐る恐るだ。




「んー、つわり?だっけ?最近体調が悪いらしくてさ。いつでも布団の上に転がってる状態だよ。」




 因幡はけろりと言ってみせるが、その青みがかった漆黒の瞳を僅かに曇らせた。



「斎じーじもいるけど、やっぱり母さんのことは心配だよ。父さんも滅茶苦茶心配してるし。」




 妊娠する度に、はつわりだけで10キロ近く痩せ、イタチは慌てふためくのだ。母が弱り、父が狼狽えれば因幡としても不安になるが、幸いなことに家には母方の祖父母である蒼雪、斎も同居であるため、こういうときほど祖父母が頼りになると思える時はない。



「僕もアカデミーからまっすぐ家に帰るようにしてるんだ。背中よしよししてあげると吐き気がましになるらしいしね。うるさい妹たちもいるし。」

「そうか、ちゃんと手伝っているんだな。」




 フガクは鷹揚に頷く。

 自分勝手そうに見えても、因幡は母を酷く慕っているし、手助けはしている。下に弟妹もいるので、やはりお兄ちゃんとしての役割は担わざるを得ないのだ。



「しっかりさんを助けてあげなさい。もともと体もお強くないのだから。」

「うん。ぼく母さん優しいしなんか弱っちいしね。」

「…」




 サスケに模擬戦で勝つようなだが、それでも子供たちにとっては“弱い”母親らしい。確かに彼女は気が強くない方だし、主導権は大抵フガクの息子のイタチが持っているが、フガクとしては芯が強いしっかりした子だと思う。だが、子供たちにとってはそうでもないらしい。



「それよりさ、うちはのじーじはさ。何でそんなに仏頂面なわけ?」




 因幡があまりにも軽くさらりと言うので、フガクは目を瞬く。隣で堪えきれなくなったのか、斎が口元を抑えて吹き出した。



「この間いず兄と話してたんだよ。うちは一族はみんな仏頂面だよねって。ほら、父さんもさす兄もうちはの家に来ると仏頂面でしょ?仏頂面はうちは一族の文化かなって話になったんだよ。」

「…そ、そういうわけでは…」

「でもそうでしょ?だから阿加流はうちは一族の仏頂面を忠実に受け継いでるんだよ。阿加流がうちはを名乗れば良いねって。」

「何それ、仏頂面の人にうちはを継がせるって事?阿加流の子供が仏頂面じゃなかったらどうするの?」




 斎が楽しそうに笑って因幡の案に尋ねる。



「そしたら家の中で一番仏頂面の奴をまたうちはって名前にすれば良いんだよ。」





 因幡は名案でしょ?と言うようにフガクに訴えた。

 どんなに誇り高きうちは一族であっても、子供にとっては、一族なんてその程度なのだろう。頭では一応分かっていても、言葉にされると一族なんてちっぽけな物だと、フガク自身も認めざるを得なかった。


うちはのじーじと次男