「斎さま!いらっしゃいますか?!」







 けたたましい叫び声とともに、中忍試験官である男が入ってくる。

 イタチは団子を食べながら眉を寄せた。



 イタチと元担当上忍の斎は、中忍試験官予備人員としてかり出された。

 予備人員と言えば聞こえは良いが、要するにが暴走した場合の押さえ係だ。

 本当に暴走すれば、下手すると中忍志望者全員が焼き殺されるかも知れない。




 そんなことはないと信じたいが、不安定なである。



 念を押して、イタチとの父親の斎がかり出されたのだ。

 だから、何もなければ暇なもの、




 休憩を称して、勝手に団子まで持ち込んでお茶をしているわけだ。








「どうしたんだい?」







 斎は口の中に残っている団子をもごもごさせながら、いつも通りのんびりした様子で尋ねる。



 どうやらのことではなさそうだ。



 イタチは正直、のこと以外で動くのがめんどくさいので、ここに残るための言い訳を考え始める。

 だが、次の瞬間、そんな考えは吹っ飛んだ。








「どうやら中忍試験会場である第44演習場に、下忍受験者として大蛇丸が入り込んだ模様です。」







 焦った様子で試験官は斎とイタチに伝える。

 二人は顔を見合わせて、窓から外へと走り出した。

























 は腰を低くした体勢で、相手の出方を窺う。




 大柄な体型からして、彼は接近戦に持ち込みたいだろうが、小柄なに接近戦ではぶがない。

 チャクラを瞬間拳に集中しても、元の腕力がしれているだけに人並み程度の力しか出ない。

 ならば、術を使うしかない。

 イタチが近くにいない今、は頭上でふらふらしている白い炎の蝶を大きな術として使うのは、危険
だ。

 蝶はの血継限界そのものだが、自立してを守る。

 その代わり、手加減を知らない。


 チャクラの量が多いだけにはすぐにチャクラを暴走させ、相手を死に至らしめる。



 の操る炎は数百万℃という高温で、一瞬で人を骨まで焼き尽くす。

 イタチが制御してくれないと、まだうまく炎を扱えるだけの技量がないのだ。

 は臆することなく水色の瞳で男を睨みつける。








「ふぅん。その目。お嬢ちゃんも血継限界を持ってるのかい?」







 男がにやにやと笑う。


 どうやっていたぶって殺すかを考えているのだろう。

 は冷静に男を見つめた。




 確かに、力はあるかもしれない。

 だが、この体型からどう考えてもスピードがあるとは考えにくい。




 スピードがないなら、対処法はいくらでもある。



 イタチのスピードを常に目にしてきたにとっては、何の問題にもならない。

 は足にチャクラを集中させて、木の幹を蹴る。



 同時にクナイを投げつけた。



 はクナイ投げが下手で、クナイ自体の速度も遅い。

 余裕で男は避けたが、問題はなかった。

 クナイが男の背後で轟音を立てて爆発する。




 起爆符をくくりつけておいた。



 男の意識が、そちらへ向くのを確認しながら、背後に回る。

 後は簡単だ。もう一つの起爆符を男の背後に貼り付けるだけ。

 男の意識は別の方に向いていたから、簡単な仕事だ。





 大きな音を立てて爆発する。

 衝撃に男は気絶したようだったが、背中に大やけどを負っただけで生きている。

 人を殺すのは、好きではない。怖い。







「はぁ、」






 疲れて、は声をあげてため息をついた。






「早く戻らなくちゃ、」






 疲れたけれど、そんなことは言ってられない。

 サスケも、ナルトも、サクラだって頑張っている。




 自分だけここで休んでいるわけにはいかない。




 それに、次の小隊が迫っていたことを、先ほど視ていたはもと来た道を急ぐ。

 鬱蒼とした木々がの邪魔をする。

 苔むした木々。




 の背丈の何倍もある幹に着地して、はもといた場所に戻る。

 そこには、大きな蛇と一人の男が立っていた。







「え?」





 サクラとサスケが苦しそうに木の幹に膝をつき、ナルトは木にクナイ一本でぶら下がっている。

 ナルトの方は意識がない。







!逃げろ!!」







 サスケに尋常では考えられないような大声で叫ばれて、はびくりと肩を揺らす。

 だが、遅い。






「あら、炎の姫宮ね。」 







 ぺろりと舌なめずりをして、髪の長い男が酷く歪んだ笑みを浮かべた。



 手には燃えかすのような天の書を持っている。


 ナルトから取り上げたのだろう。


 だが、そんなことは気にならない。



 はぞくりと背筋を冷たいものが通り抜けるのを感じた。







「初めまして、姫宮様。我が名は大蛇丸。想像以上に可愛らしいわ。」







 口の端をますますつり上げて、大蛇丸は笑う。

 は動けずに呆然と彼を見つめていた。

 その目から、は深遠な闇を感じた。





 どこまでも暗い、光のない闇。


 得体の知れない、気持ち悪さ、不快感、それに対する恐怖。

 理解を超えた感情が、溢れ出しての思考を塞いでいく。




 この人は、ここにあってはいけないもの。

 この世界に、あってはいけない存在。



 の常軌を逸した莫大なチャクラが、不穏に揺らめく。

 感情の昂ぶりに反応しだしたのだ。







「貴方は、なに?」

「なに、とは失礼ね。せめて誰と聞いてほしいわ。でも本質を見抜く力はあるようね。」








 の質問にも、楽しそうに大蛇丸は答える。

 会話の一つ一つに、の希少性を見つけているようだ。







「神に愛されし、子。いえ、神そのものと言っても良い。あぁ、ほしいわ。うちはイタチなんかにあげ
るのはもったいない。」








 長い舌をべろりと出して、何かを絡め取るように宙に向ける。


 サスケとサクラはそのおぞましさにびくりとする。

 は目を見開いた。








「だめ・・・、」 






 小さくつぶやく。


 何がだめなのか、サスケが前にいるの背中を見つめる。

 日頃は手のひらほどの白い蝶が、いつの間にか手のひら二つ分ほどに膨張している。

 それは、サスケの目の前でまだ膨張を続ける。






「だめ、怖い、怖い、」





 繰り返される言葉とともに、どんどんのチャクラが、そして蝶が膨張していく。

 一体の小柄な身体のどこからそんなチャクラがひねり出されるのか。

 サスケの写輪眼に一瞬色のあるチャクラが映し出される。




 が頭を抱える。

 の顔が恐怖に染まる。






「やめろ!!!」 





 サスケが叫んで、に駆け寄るために足を踏み出したのと、徐々に膨張していた蝶が突然はじけたの
とが同時だった。 

 サスケの歩が止まる。

 蝶ははじけて小さな蝶になり、鱗粉をまき散らしながら大蛇丸に襲いかかった。






「ちっ、幼くとも東宮か。」






 忌々しげに舌打ちをして、大蛇丸は口寄せで出した蛇を身体にまとう。



 だがそれが蝶の鱗粉を遮ったのは一瞬だった。

 鱗粉はものに触れると白色の巨大な炎へと形を変える。

 蛇が灰も残さず消え、周りの木々も崩れるように黒色の灰になって周りへと流される。

 輝く鱗粉の雨が、すべての命に公平な死をもたらす。




 サスケもサクラも呆然として、言葉を失った。



 が血継限界を持ち、特別な子供だと言うことは知っている。

 なのに何が特別なのかを、サスケもサクラも、もちろん気絶しているナルトも、同じ班の班員であっ
たにもかかわらず、何も知らなかった。






「怖い、怖いよ・・・イタチ・・イタチ・・・」





 は錯乱しているようなのに、兄の名前を繰り返す。

 まるでそれが、心を落ち着ける唯一の方法だとでも言うように。






「どうした?。」





 その呼びかけに、の目の前に突如現れた少年が答える。

 ふわりと風になびくのは、うなじで止めた漆黒の髪。

 ほりの深い顔立ちだが、まだ少し幼げで、それでいてとても鋭く、凛としたまなざしを持つ。





「怖く、ないだろう?」






 柔らかく、笑うその顔は、サスケによく似ているが、穏やかさと強さは全く違う。

 の身体が傾いて倒れる。





「イタチ・・・」





 意識を失う瞬間、が少年を呼んだ。






「あぁ、」






 呼ばれた少年は、酷く優しそうに答えて微笑んだ。

 






( ひとがひとを支えること 呼び声に応じること )