が意識を失うと、あれ程たくさんいた白い蝶がまるで元々なかったかのように消え、一匹だけが残
る。

 その一匹はの辺りをふらふらと飛んだが、イタチの肩に止まって羽を休める。

 羽が、蝶が炎であることを示すように、ゆらりと陽炎のように揺れた。



 大蛇丸に恐怖し、サスケとサクラが呆然と今起こる状況を見ているしかない中で、イタチは何も恐れ
た様子はなく、写輪眼の緋色の瞳で大蛇丸を睨みつける。









「久しぶりだね。大蛇丸。」









 この場に不似合いな、穏やかな声音が響く。

 サスケとサクラがびくりとして振り返ると、そこにはによく似た面立ちの斎が立っていた。




 大蛇丸が突然の乱入者に一瞬目を丸くし、ぎろりと二人を睨んだ。



 サスケ達には恐ろしくて息も止まりそうな圧迫感があるのに、斎は困ったような笑みを全く崩さず、
イタチも大蛇丸を睨んだままだった。

 元々暗部出身の上忍である斎と、現在暗部所属のイタチ。

 暗部の特異性を考えれば、サスケ達とは年季も、実力も違う。

 実力に裏付けされた余裕。










「予想がつかなかった?僕らが出てくるって。」

「今考えれば迂闊だったわね。まだひよっこの娘と、弟から目を離すとも思えない。」

「そうだよ。君が手を出したから、イタチはお団子を途中放棄しないといけなくなったじゃないか。」











 ふざけたような会話だが、独特の緊張と間合いがその中に介在する。

 イタチもただ立っているように見えるが、いつでも動けるように大蛇丸の一挙一動を細かく監視して

いる。

 大蛇丸は眉を寄せて、斎を見た。









「ここまで、かしらね。でも、ただでは終わらないわ。」









 気持ちが悪いほど長い舌で、舌なめずりをする。


 温厚に笑っていた斎が、不快感に表情を変える。









「見るにおぞましいね。君はもう人間じゃない。」

「そこにあるすべてを見透す貴方にとって、私は許し難いものでしょうね。」

「この世の理に逆らうものの末路。穢らわしい。」









 サスケは幼い頃から斎を知るが、これほどの不快感を示したことは初めてだった。

 いつでも曖昧で、いつも穏やかで、それなのにサスケが迷うとはっきりした言葉で後押ししてくれる

優しい斎。

 初めて見る彼の一面に戸惑いすら覚える。









「先生、」









 イタチが斎に呼びかける。

 斎は穏やかに微笑んで、頷いた。











「腹の探り合いの必要はなさそうだね。そうだろ。大蛇丸。」










 言葉が終わると同時に、印を結び始める。



 その速度に、サスケは驚くしかなかった。

 写輪眼でも全くおえない。

 早すぎて、見えない。









「水遁、水牙弾、」









 斎が静かな声で言うと、水がなかったその場に水があふれ、大蛇丸に幾筋もの尖った刃となって襲い
かかって埋め尽くす。




 大蛇丸は口寄せでまた蛇を呼び出したが、蛇はちぎれ、大蛇丸は後ろに避ける。



 そこにはさっきまでの隣にいたはずのイタチがいて、クナイと手裏剣を投げる。

 いくつも当たり、身体を幹に縛り付けられた大蛇丸だが、口をぱかっと開き、その中からまた本物の
大蛇丸が出てくる。

 今度はすごい速度で斎に襲いかかる。






「危ない!」







 サスケが思わず叫んだ。

 だが、悠然と微笑んだ斎の喉に大蛇丸が噛みついたと同時に、斎の身体がはじけた。




 分身大爆破。



 轟音とともに影分身だった斎が爆発した。

 爆風が辺りを駆け抜ける。

 思わず目をつぶったサスケだったが風も何もこなかった。

 恐る恐る目を開けると、うちはの家紋が前に見える。



 を抱え、イタチがそこに立っていた。


 イタチは手を一本前に出している。

 の蝶がその手の前で、爆風やゴミ、木の破片を遮っていた。







「お疲れだな。だが、俺が手助けできるのは大蛇丸の件だけだ。それ以外で手を出せばおまえらが失格
になる。」

「そんなこと、」







 わかっていると言い返そうとして、サスケは自分が安心したことに気づいた。



 兄や斎が来て、自分は安心した。



 少なくとも、あの化け物に襲われる心配はない。

 だから、安心した。

 あの化け物に、確かに自分は恐怖したのだ。







「ま、あんな化け物そうはいない。」







 イタチは憎々しげに鋭い瞳を向ける。

 そして、舌打ちをした。






「サスケ、後ろに飛べ、」

「なん・・、」

「早く!!」







 イタチはと、反応の遅いサクラを両腕に抱える。



 だが、サスケは明らかに遅かった。

 伸びてきた大蛇丸の頭が、サスケの首筋に噛みつく。









「ちっ、」








 イタチがとサクラをおいて大蛇丸に向く頃には、大蛇丸は口を離していた。







「火遁、豪火球の術」







 イタチの炎が大蛇丸の頭に襲いかかるが、大蛇丸が逃げる。



 後ろで、水色の刀身の一メートルはある細身の剣を構えていた斎が、長く伸びた首を切る。

 だが、それも蛇になって、するりと木の幹に巻き付いた。







「うっ、ぐぁああああああああああああ!!」











 サスケが激痛に声を上げる。







「サスケ!!」







 イタチも駆け寄るが、首筋にできた呪印を見て、顔色を変えた。








「先生!!」







 慌てた様子で斎を呼ぶ。


 大蛇丸と戦っていた斎だが、大蛇丸も逃げたい。

 そして斎はサスケのようすを見なければ一刻を争う事態になる。

 互いの意志から、二人は同時に別方向に地を蹴った。










「ぐっ・・がぁっ!!」







 痛みに悶えるサスケにサクラが泣き出す。

 イタチの隣に来た斎は、じっとサスケの様子を見て首筋に目を移した。










「困ったことになったな。」







 熱を持った、サスケの呪印の上に手を置いて、いくつかの言葉を唱える。




 そして、の指先をわざと切った。



 の血を、呪印の上に置く。

 すると急速に熱がひいた。

 サスケが突然消えた痛みに、目をむく。









「いいかい?今は第二試験のまっただ中だから目をつむるけど、あとでしっかり封印させて貰う。この
呪印を使えば、君の精神は荒廃し、大きな痛みを伴うことになるよ。」








 斎は真剣な顔でサスケに言い聞かせる。










「僕らはこれ以上手を出せない、武運を祈るよ。」







 斎は本当に願うように、サスケの頭を撫でて、消える。



 イタチはサスケを何とも言えないまなざしで見たが、最後にに目を向けてきえた。 



 サスケとサクラは呆然としたまま二人の消えた場所を見つめる。

 あまりにたくさんのことがありすぎて、何がなんだかわからなかった。










( 本能的にあるものに戦慄すること 恐れること )