蒼という少女は、おちこぼれではなかった。




 病弱でアカデミーに一年しか通えなかったくせに卒業時の成績は総合三位。

 体術がどべだったことを考えれば三位というのは異例の成績で、体術以外のところでサスケに近い成績を取
って三位になだれ込むことができた。





 努力は、した。




 アカデミーに通う半年前からイタチと斎が暇が許す限りに術を教えた。

 それはがアカデミーの授業で遅れないようにという配慮もあったが、が将来下忍になる子供達に流され
て、も下忍になりたいと言い出すことを、視野に入れていたからだ。




 は、他人に流されやすい。



 当時からつられて下忍になろうとることは、いつもを見てきた斎やイタチには安易に想像できた。

 は、決してなにもできない子供ではない。




 けれど、は自分は何もできないおちこぼれだと思っている。

 それは炎一族の姫君として、一族の者がありとあらゆることをに与えた結果だ。

 がしなくても一族の者はが望みそうなことをすべてする。



 のするすべてのことを肯定でかえす。



 幼いには、自分のやったことが正しかったのか、間違っていたのか、成功していたのか、失敗していたの
か理解できなかった。

 果たして自分に一族の者が言うほどの価値と力があるのか。

 一族のものはすべてのことを肯定でかえすのだから、自分に価値も力もなくても、それを肯定しているので
はないだろうかと。




 そのことがの自信を奪った。

 他人と比べれば、はそんなにできない子ではない。

 けれど、は姫君として、一人娘として育ったため、人と比べることすら知らない。

 人と比べるな、ということはあっても、人と比べてみろ、と怒ることはないだろう。



 は、迷っている。




 忍なることが果たして自分にできるのか、自分にそれほどの技量があるのか。

 いつでも自分を疑っている。自分の可能性に心から疑問を持っている。

 ずっとずっと。

 自分の力を信じることが強くなる第一歩だという忍びの世界。




 そういう意味では、は精神的おちこぼれだった。





 ただ持って生まれた才能があったから、今まで助かってきた。

 それでも仲間が苦しむのを見たくないから、イタチに無様な姿は見せたくないからは目の前の人を倒す。


 目の前の状況に打ち勝つだけの覚悟は決める。

 ただ、強風に揺られる蝶のように現状に流される。

 自分はここにいる価値があるのか、自分はこれでいいのか。





 答えは、出ない。




 他人が出してやるものでもない。









・・・、」









 イタチは下でせっぱ詰まった顔で相手を見つめているの名を、小さく呼ぶ。

 いつもは戦うとき酷く追いつめられた、苦しそうな顔をする。




 何かしてやりたいけれど、今はイタチは何もしてやれない。

 そのことがとても歯がゆい。





 第二試験の時だってそうだ。

 倒れたの傍にいてやりたかった。

 でも、いれば達を失格にしてしまうことになる。

 同じ班で傍にいて、守ってやれる立場にあるサスケが羨ましくてたまらない。











「あまり気に負うんじゃないよ。」










 隣から、斎がイタチの後頭部を軽く叩く。









は、大丈夫だから。」









 娘のことだ。心配だろうが、斎は穏やかに笑う。









「信じて、見ていよう。」

「信じてますよ。」








 イタチは素っ気なくかえす。




 信じている。

 は信じていない自身の価値も力も、そしての存在自体も。

 きっと誰よりも信じている。

 だから悔しい。傍にいてやれないのが。





 審判であるハヤテの手がはじめの声とともに振り下ろされる。




 はいつでも消極的だから、動かない。

 対戦相手であるイブカが先に動いた。




 手裏剣が四つを襲う。



 いつものならば肩に止まっている炎の蝶で手裏剣を溶かし、途中で落としただろう。

 だがはこの五日間常に透先眼を使い続け、チャクラを限界まで削っている。

 今のには、炎の蝶を膨張させて動かすだけのチャクラの量がなかった。

 蝶もが死ぬほどの身の危険がなければ動かないだろう。




 の肩で羽を広げてぐったりしていた。



 何の策もなく、横に避ける。

 それを、イブカが捉えた。

 の無防備な腹を、イブカの足が高速で打ち据える。








「速い!!」








 誰かが叫んだが、は瞬間チャクラを足に集めて地を蹴った。

 半ばとばされる形で壁に激突しそうに見えたが、は寸前で一回転し、横の壁に着地する。 








「痛・・・、」









 瞬間に後ろに飛んだが、やはり衝撃をすべて殺すことはできなかった。



 少し痛いと渋り、重力に逆らって横の壁に膝をついたまま、考える。考えないといけない。 

 日頃は力押しで済むのだが、今は力押しはできない。

 チャクラが力押しをするには少なすぎる。

 かといって、無理矢理イタチに肩代わりして貰ったぶんのチャクラを引き出すのは自身
が危険だし、あまりに危険な体勢になれば、蝶がのみを守るために暴走し、相手の方が骨も残さ
ず焼き殺されることになるだろう。

 それはさけたいので、負けるわけにもいかない。





 イブカをぼんやりと見ながら、は考える。

 蝶を動かすほどの力はなくても、術を使うチャクラはある。

 単に術を使ってもチャクラの無駄だ。




 策を講じるしかない。

 まだ起爆符が数枚のこっているし、にはイタチや両親から教えられた幅広い術がある。









「来ないのかい?」









 薄笑いを浮かべ、イブカが尋ねる。









「行く、」










 は短く答えて壁を蹴った。

 床に着地し、イブカに向かって走る。









「突撃したって無駄だよ。」











 イブカが嘲って、印を組む。

 そして、口から水をはき出した。



 はそれを上に飛んで避ける。



 高い天井に着地し、チャクラで天井に吸引する。

 上に向かってイブカが水をはき出した。

 チャクラを足に込めて、今度はさっきと反対側のイブカの後ろに着地する。









「ちっ!」








 ちょろちょろと動くに舌打ちをしてイブカが振り向く。

 は印を結び終え、静かな声で言った。








「火遁、鳳仙花の術。」








 チャクラをため、口腔から小分けにしてはき出す。

 炎がいくつにも分かれて、イブカに迫る。







「バカが、」







 それをイブカは口からはき出した水で止めた。



 あんな小さな火力の弱い炎では、すぐに消えてしまう。

 しかし、火が消えて中から出てきたのは手裏剣だった。

 五つの手裏剣がイブカを襲う。







「何!?」







 手裏剣を避けるためにイブカが飛ぶ。







「あっ、避けられた!」








 見ていたサクラが忌々しげに叫んだ。

 彼とてここまで残る忍びだ、迫り来る手裏剣のすべてを器用に空中で身体をひねって避け、彼はにやりと笑 う。

 だが、の狙いはそこではなかった。

 イブカが手裏剣をすべて避け、着地した途端、床が爆発した。









「なっ!!」







 誰もが気づかず、呆然とする。



 イブカが爆発の衝撃に耐えきれず、地面に倒れる。

 ひらひらと、紙切れがイブカの近くに煙とともに舞い落ちた。









「勝負あり、だね。」







 斎が小さく息を吐いて、苦笑いする。



 横の地面にチャクラで吸着していたは、そのままイブカに突撃してもいいのに、一度
床に着地してからイ ブカに向かって走り出した。

 その着地した瞬間に、ちゃんと起爆符を床に貼り付けておいたのだ。



 後は彼を起爆符の所に追い込むだけ。

 審判のハヤテがイブカが倒れたのを確認して、一つ頷く。





「勝者、蒼!」









 は疲れたように息を吐き、目眩かふらっとぐらついて足で何とかバランスを保つ。

 サクラが真っ先に降りてきて、滴を支えた。







、よく頑張ったよ。」







 いのもを二階に上げるべく、降りてくる。

 俯きがちのヒナタも、同じように慌てて降りてきた。

 彼女たちとて先の戦いで疲れているだろうが、に駆けよってくる。



 そして半ば背負うようにして、を二階に上げた。



 としてもさっきの戦いがあるから、もう気力も限界だろう。

 元々体力、体術はアカデミーでもワースト一位を誇るである。

 二階に上がると、やはりそこで壁を背中にして座り込んだ。







「すっげぇ、。」

「がんばったじゃん!」







 サスケはさっき勝ちはしたがそのままカカシに連れて行かれたので何も言えなかった。

 そのぶんは初めての木の葉からの勝者として洗礼を受ける。

 は疲れているようだが、へらっと嬉しそうに笑った。







「次、シノ君でしょ。がんばれー、」

「あぁ、」







 油女一族のシノはあっさりと感情を見せることなく答える。

 相手は音忍である。







「おまえもよく頑張った。」







 シノは本当に端的な感想を述べる。







「そうよ。は頑張ったわ。」

「びっくりしたぜ、おまえが勝つなんて。」

「シカマル、それどーいう意味よ。はいつでも強くて可愛いわ。」







 飾らない言葉が、何となくをもっと嬉しくさせた。







「うん。」







 は素直に頷く。

 少しだけ、ほんの少しだけ、自分が好きになれた気がした。




( ものごとにかけること 懸命に頑張ること )