外の景色は昼とうって変わって大雨だった。





 雷が重い音を立てて鳴り響き、空は暗く、稲光が絶え間なく辺りを照らす。

 どちらかというと暑く、晴れの日の多い木の葉では珍しい。

 上層部に召喚された蒼斎はため息をついて窓の外を見た。




 酷い天気だ。昼は晴れていたというのに。



 傘を持ってこなかったから、誰かに迎えに来て貰わないといけない。

 幸いもイタチも家にいるから、どちらかが気づいてくれるだろう。







 は、決めた。






 朝一族の子供達にあって帰ってきたと思ったら、『勝てるように忍術を教えて、』と迷いのない瞳でイタチ
と斎を見て言った。

 あの子は、もう決めたのだ。

 逃げるか戦うか。






 斎は、限界まで逃げ続けた。




 神童と言われながら、戦うことに怯えた。



 逃げ続けて逃げ続けて、追いつめられた。



 追いつめられて、人を殺して戦って、ふと立ち止まった日。どうしようもなく怖くなった。

 自分がどこに立っているのかわからなくて、後ろも前も暗闇で、どこにも進めなくなった。

 斎に両親はもう無かったし、後ろから背中を押してくれる人も、一緒に歩いてくれる人もいなかった。







 それでも救いだったのは、彼がいたからだ。




 今は亡き四代目火影波風ミナトは笑った。


 斎が任務をしたくないと言ったとき兄弟子であった彼は当時火影で、当時から暗部の手練れとして知られて
いた弟弟子を誰よりも必要としていたはずなのに、言ったのだ。








 ――――――――――いいよ、任務も何もしなくて良い。やめておしまい。










 君の心のままに生きたらいい。



 戦わなくて良いと言われたとき、ほっとした。

 火影として、彼は誰よりも斎の力を必要としていた。必要とせざるえなかった。

 予言の力は、里にとってとても大切だったから。




 でも、彼は火影としてではなく、一人の人間として、弟弟子の幸せを願った。


 大きな心が喜びとともに、もう一つの思いとしてこみ上げてきた。

 この人の下でならば、自分は戦えると思った。 

 どれほどの不条理に見舞われようとも、彼のためなら戦おうと思った。




 彼はいつでも斎の味方だった。





 炎一族の女宗主である蒼雪と結婚する際には里の上層部から反対された。




 しかし彼は斎の結婚を祝福した。



 上層部との板挟みで苦しかっただろうが、そんなことおくびにも出さなかった。

 信頼した。親友のようで、本当の家族のようで、その感情が一体何なのかわからなかったけれど、大切だっ
た。





 斎は彼がいたから、戦った。




 彼がいなくなった今でも戦うことができる。

 だから、にもちゃんと向き合ってほしかった。 

 自分の意志で戦うのと、他人に追いつめられて戦うのでは話が違う。




 には、自分で考えてほしいと思った。

 幸い、には逃げることを許してくれるイタチも、一緒に歩いてくれる仲間も、話を聞く両親もいる。





 その上で自分で戦うことを選んだのなら、もう大丈夫なはずだ。



 斎は目の前の上層部の面々と、3代目火影に向き合う。

 斎にとっては幼い頃から見慣れた顔ぶれだ。










「・・・・まぁ、座れ。」











 3代目火影が重々しく言う。

 斎はへらっといつも通り軽い笑みを浮かべた。











「年をとりましたね。」











 言った途端に周りの空気が変わる。

 誰もが、わかっている。もうすでに3代目は若くない。



 火影としてチャクラも減った。

 今大蛇丸が来れば、里を守る力はないだろう。











「いいたいことは、わかっとるな。」








 上層部のひとりであるホムラが大きく息を吐く。



 もう彼も老齢だ。上層部のもうひとりコハルも同じだ。

 斎が知る昔よりも、遙かに年をとった。



 四代目火影が、あまりに早く死にすぎたから、今の里に火影になるものはいない。











「・・・・もしもの時、おまえ意外に火影になるものはいないのじゃ。わしらを嫌っとるのは知っておる。だが・・・、」

「なりませんよ。」











 斎はにこやかに笑う。

 ホムラとコハルが眉を寄せ、3代目火影がキセルの煙を口からはき出す。









「僕がミナトと、同じ場所に立つことはありません。」











 はっきりと、柔らかに笑って斎は拒絶する。



 かつての同じように、斎は火影就任を拒絶した。

 本当ならば、四代目が死んだときにも同じことを言われたのだ。





 当時、が生まれ、身体の弱い娘を放置して火影の仕事に忙殺されることを嫌い、拒んだ。

 その次は、性格的に難しいところのあったイタチを教え子にしていたから拒んだ。

 今ならば一族のことはとイタチに任せて、火影として立っても何の問題もない。





 だが、あらためて考えて、斎は何があろうと火影にならないことを決めた。










「僕は、下から子供達を見つめ続けます。上に立つことはありません。」














 もしも子供達の踏み台になれと言うならば、それも構わない。




 喜んで、踏み台になる。



 イタチでもでも、どんな教え子達であっても踏み台になろう。

 それが自分たちが後世に残してやれるものなら、喜んでする。




 けれど、火影になればそれは許されない。 



 何があっても生き残らなければならない。

 火影が揺らげば里が揺れる。里が揺れれば火の国自体が揺れる。




 四代目の時のように。




 だから、斎は下から火影を見つめる。



 次の火影になるものに、心から仕えよう。心から忠義を尽くして里と、子供達を守ろう。

 上からではなく、下から子供達を、忍び達を持ち上げることが、斎の役目だ。












 ――――――――――オレは上から、斎は下からこの里を守ろう。だってオレたちは・・・・











 絶対に、忘れない約束。

 それを果たすためにこれからも斎は戦い続ける。






 斎の戦う理由。






 3代目火影は、大きく白い煙とともに息を大きく吐き出す。









「四代目はよくおまえのことを言っておった。」











 白い煙が円を描くように上に昇る。

 歴代火影の写真が、ゆらりと煙をかぶって揺らめく。








「弟だと。親よりも近しい存在だ、と。」








 3代目火影は、遠く思いをはせるように目元を和ませる。









 ――――――――――オレたちは、兄弟だろう?









 斎も、四代目の言葉を思い出し、目を伏せる。




 誰もが、望み、愛おしんだ人だった。

 強く、優しく、気高い、希望そのもの。






 窓の外の雨が強くなる。

 酷い音を立てて窓にたたきつけられる雫が、外の様子を窺えなくするように視界を遮る。










「もしもわしに何かあれば、その時は根回しを頼むぞ。」











 3代目火影は静かに微笑んで言った。









「次の火影について、おまえはどう思う。」








 真剣なまなざしでコハルが尋ねる。

 まだ諦めきれないようだが、無理矢理やらせてできるものでもない。









「・・三忍が適任でしょう。自来也先生は・・・ならないでしょう。おそらく綱手嬢になりますね。」











 斎は少し困ったように笑う。




 言い切るのは、斎にはほぼ先が見えているからだ



 曖昧な先は斎が言葉にすることでますますはっきりする。

 コハルとホムラは驚いたように顔を見合わせた。十年ほども里に帰っていない彼女が話題に出たことに驚い
たのだろう。

 だが3代目は頷いた。









「綱手は優しい。適任だろう。」









 答えて、また窓の外を見つめる。








「雨じゃのう。今の時期にこれほど降るのは珍しい。」








 外は相変わらずで、雷まで鳴り出した。




 夕立と言うわけでもなく、長く降りそうだ。

 まるでこれからの暗澹とした未来を予言しているようで、斎は眉を寄せた。









姫か、中忍試験に出るのか?」









 3代目は少し表情を明るくして尋ねる。








「はい。覚悟が決まったみたいです。本人もやる気で今からしごいて、良い試合をさせて見せます。」

「炎一族の者はおおはしゃぎだったそうじゃな。」









 身体が弱い東宮・を心配していた炎一族の者達にとって、が元気になって一年でまさか中忍試験の本戦
に残るなんて、これほど嬉しい誤算はない。




 今までの体調や怪我ばかり心配していたが、今はの戦いを楽しみにしている。

 それでこそ、を中忍試験に出すために上層部に粘ったカカシや斎の苦労が実ったというものだ。








「楽しみにしておるよ。あの赤ん坊が・・。」










 十三年前に生まれた、小さく白い赤ん坊。




 炎一族に望まれた初めての宗主の子供は、化け物の如き莫大なチャクラと白い炎を持って生まれた。

 この白い炎は恐ろしいほど高温で、両親には効果を発揮しないが、それ以外の人間は一瞬にして灰も残さず
焼き殺される。



 あれ程の権力を持つ炎一族宗家に乳母の習慣がないのはそのためだ。



 日頃なら親があやすだけで良いのだが、は困りものだった。

 チャクラが大きすぎてすぐに体調を崩し、苦しくなると疲れるまで泣きじゃくり、炎をまき散らす。

 両親である斎と蒼雪も夜泣きに苦しめられぐったりした。他の人間があやして、もしも炎に当たれば死ぬ。




 なのに、四代目火影は何の怯えもなく、恐ろしいはずの赤子を抱き上げた。



 当時四代目の恋人も妊娠中だったから、予行練習だと抱き上げると驚くことに、はすぐに泣きやんだ。

 一度はかりまちがったように四代目の髪の毛先を燃やしたことはあるが、四代目に懐いたは炎で彼を傷つ
けたりはしなかった。



 はもう覚えていないだろう。




 という名前も、彼が付けたのに。









「・・・・年は、とりたくないもんだのぅ・・、」










 3代目の呟きが、雨音にかき消される。



 あまりにも弱々しい響き。

 空は灰色の分厚い雲に覆われていた。











( 炎に晒された物質の燃えかす 人の燃やした骨以外の場所 )