彼は背が高かった。



 長めの紺色の髪は太陽に反射して青く光る。

 紺色の瞳は優しく細められて、静かにこちらを見つめていた。










「初めましてイタチくん、僕が君の担当上忍になる蒼斎だよ。」









 一人でぼんやりと空を見上げていたイタチは、彼に目を向ける。

 優しい微笑みはどこか母親に似ているのに、酷く頼りがいがある。




 アカデミーを出たばかりのイタチだが、周りよりも遙かに強い。

 そのせいで前の担当上忍が諸手を挙げてイタチを拒否したことを、イタチは既に知っていた。

 そして上層部はこの柔和な男をイタチに宛がった。ようするに目の前の彼は問題児を押しつけられたのだ。




 とびきりできの良い問題児を。






 彼には名目上あと二人下忍が教え子として宛がわれていたが、手伝いとして来る上忍が残りの二人を連れて
行ったところを見ると、やっぱり彼はイタチだけを押しつけられたのだ。

 弱いのか強いのか、全く見た目では窺えない彼は、不躾に観察するイタチの視線を気にした様子もない。




 穏やかに微笑んでいる。



 彼は炎一族宗主の婿で、炎一族はうちはと仲が良いから何度かあったことがある。

 だが、イタチは彼が苦手だった。

 婿として肩身の狭い立場であるはずなのに、彼は悠々自適にいろいろな場所を渡り歩いている。










「そんなにじっと見ても何も出てこないよ。」












 斎は一児の父とは思えないほど無邪気に笑う。


 イタチはぐっと唇をかみしめた。











「ほっておいてください。」












 自分など、ほっておけばいい。

 わかっているのだ。自分が同年代の生徒達とはかけ離れていることが。




 担当上忍となるべく人に拒否されて、わざわざ違う人間を宛がわれた。



 今までアカデミーで出会う先生は、優秀なイタチに全く関わらなかったから、今度こそと期待していたのに
、拒絶された。

 イタチは傷ついた。傷ついたのだ。

 父はおまえが優秀な証拠で、担当上忍の選考が悪かっただけだと自慢げに言ったが、イタチは知っている。

 父がわざわざ彼に頭を下げて担当上忍になってもらったことに。





 斎は暗部で後進の部下達を育てていた。

 父は次の火影にとまで押された彼に頭を下げて、アカデミーを卒業したばかりのイタチの担当上忍になって
ほしいと頼んだのだ。




 あっさり彼が受け入れたのは、うちは一族だったからだろうか。

 自分を疎ましく思っていないだろうか。





 不安が、憤りに変わる。











「なんで・・・、へらへら笑っているんですか?」












 紛れもなく斎は厄介ごとを押しつけられたのだ。




 なのに目の前の彼は笑っている。





 他者を全く気にしない態度。

 それがイタチの苛々をあおる。










「貴方は上層部から厄介ごとを押しつけられたんですよ!?どうしてそんな平然としているんですか!!?」














 大声で叫んだ台詞は、イタチの不安と怒りだった。

 声を荒げて、イタチは目の前の彼を睨みつける。




 さすがに、彼の顔から一瞬笑みが消えた。

 だがその顔は傷ついたと言うよりも驚いたといった様子で、すぐに困ったような笑みに変わる。










「君は自分が嫌い?」











 突然まったく別の質問がなされる。













「だったらなんだっていうんですか!?」












 イタチはさっきの勢いのまま問い返した。



 好きで天才なんかに生まれてきたわけじゃない。

 同年代の奴らにレベルが違うと仲間はずれにされて、父親に一族繁栄の道具にされて、幼いイタチがそれを
不満に思わないはずがない。





 自分だけ、なんで。





 同年代の子供達と同じように遊びたい。

 人に甘えたい。




 だが、才能がそれを許さない。

 大人は子供の心を持つイタチに、実力と同じ“大人”を求めるのだ。




 斎は腰を落とし、イタチの頬にそっと触れた。











「でも、僕は君を教えるんだよ。」











 優しい、紺色のまなざし。

 そこには他の大人とは違う、イタチと向き合おうという真摯な姿勢がある。










「君は僕の“大切な人”の一人になるんだ。」











 疎ましくなんか、ないよ。

 別に斎はただ微笑んでいたわけではなかった。



 イタチの感情を見透かしていたのだ。



 斎の手はイタチの頬から頭にうつって、優しくイタチの漆黒の髪の毛を撫でる。

 日頃なら子供扱いをしていると酷く憤っただろうが、今は普通に子供として扱ってくれる彼のその動作が嬉
しい。

 泣きそうになって、イタチは俯いた。












「僕は頼りないかも知れないけど、君の愚痴ぐらいは聞いて上げられる。頭を撫でて不安なときは抱きしめて
上げるよ。それじゃ駄目かな?」












 斎は困ったような笑顔で尋ねる。




 駄目じゃない。




 一番、それがほしかった。

 ほしかったのだ。




 話を聞いてくれる人も、頭を撫でてくれる人も、不安なとき抱きしめてくれる人も、大人を求める両親や里
の人々はくれなかった。

 だから。















「それで、良い。」











 泣いちゃ駄目だと思うのに、勝手にこみ上げてくる。



 人前だからと堪えると、斎に抱きしめられた。

 人から隠される。











「よろしくね。」











 久々に抱きしめられたその感触を、イタチは今でも忘れない。




 温かくてとても安心できた。

 寂しさも、歯がゆさも感じなかった。




 斎は優しくて穏やかで、お人好しだからどうしても意見が対立するときもあった。

 生意気でかわいげのない弟子だと思う。

 でも、イタチは彼を全力で慕った。






 心から信頼している。

 そして、と出会うきっかけをつくってくれたこと、心から感謝している。

 










( 何もないこと 始まりにして 終わり )