日向という一族を、はよく知らない。

 木の葉の里において、炎、うちは、日向といえば有名だ。

 うちはとは関係が深いためよく話は聞くが、日向について、はよく知らない。


 ただ、ヒナタが居ると言うことと、冷たいことだけ。


 アカデミーで仲良くなったヒナタと遊ぶ時、大抵は炎一族邸に来る。

 炎一族の東の対屋はの部屋で好き勝手出来るし、庭は広くて、船が浮かべられるほど大きな池
もある。

 花々がいつでも咲いているから、女の子が遊ぶにはうってつけと言えば、うってつけの場所だ。

 しかし、日向の屋敷とて炎一族ほどではないにしろ、広い。

 なのにどうして日向の屋敷に赴かないか。


 ヒナタが躊躇うからである。

 それでも2度、は日向に招かれたことがある。

 両親の関係でイタチと共に訪れたのが一度、そしてヒナタに呼ばれたのが一度。

 どこでも大抵炎一族の東宮であるため敬われはするが、日向も同じだった。

 丁重に扱われたし、何も言うべきところはなかった。

 どことも同じということだ。




 だが、冷たい感じがした。

 特にヒナタの父は、ヒナタに事務的なことしか言わなかったのが印象的だった。

 イタチの親でもうちはの代表者であり厳しいが、なんだかんだ言ってもやはり親子の情が感じら
れるし、息子のことをほめる。


 ヒナタの父親にはそれが見られなかった。

 謙遜にしては、酷い。





『仕方ないんだよ。ちゃん。私、何も出来ないから。』





 ヒナタは、悲しそうに笑った。

 でも、彼女だって頑張っている。


 一生懸命、相応しくなれるようにと、頑張っているというのに。

 悔しかった。

 彼女が仕方ないと言うことも、酷く言われるのも。


 大切な友達だからこそ、自分のことのようにいやだった。


 イタチと共に屋敷を訪れた時、ネジともあった。

 アカデミーでは一つ年上で、天才の誉れも高かったが、顔を合わすのは初めてだった。


 元々躯が弱く物を知らなかったは、最初彼が誰かすら知らなかった。

 ただ、楽しそうなを見てわざわざイタチのいない時を選んで、彼は言ったのだ。





『お幸せそうですね。東宮様』





 東宮様と言う呼び方は、を、炎一族を敬う人間が使う言葉だ。

 しかし、お幸せそうですねと言う言葉には、なにやら嫌な印象を受けた。

 は物を知らないから、それを皮肉と判断することは出来なかったが、“嫌だ”と感じた。






『一族の穢れも知らぬお姫様、良い気ですね。』





 ネジの言葉が、どことなくとげを持って刺さる。


 には彼の言いたいことも、嫌みの理由もよくわからなかったけれど、彼が自分に好意を持って
いないことをひしひしと感じた。

 否、それはイタチに対しても、ヒナタに対しても同じだったのかもしれない。


 一族の総本家、家元、嫡男。

 そう呼ばれる者達を、彼は酷く憎んでいるように思えた。

 彼は平気でを呼びに来たヒナタにも、冷たい言葉をかけたから。


 日向は冷たい。

 うちはも冷たくてよそよそしいけれど、日向はもっと冷たい。


 どうして、こんなに冷たいのだろう。

 どうして、それでも一緒にいるのだろう。

 イタチみたいに、家出したら良いのに。





『父上様、どうして、日向もうちはも冷たいの?みんな、一生懸命一族一族って言うの?』





 夜、家に戻って父に尋ねると、斎は困ったような顔をした。





『難しい問題だね。』

『どうして、?ぎゅってしたらいいでしょう?』





 抱きしめて、大好きだよってみんなに言えばいい。

 そしたら、きっと温かくなるだろう。

 声をかけたら、冷たくなくなるだろう。


 みんな家族なのだから。

 そう問うに、少し複雑な表情で父は笑った。





『みんな忘れてるんだ。一族を守ることが、大切なんじゃない。その中にいる人を守ることが大切
なんだよ。』

『人?』

『そうだよ。一族は元々自分の家族を守るためのものだもの、家族を犠牲にして、一族守ってどう
するんだろうね。』





 一族というのは効率的に家族を守るために作った集団だ。

 なのに、一族が巨大化すればするほど、一族のための犠牲を欲しがる。

 一族のためにと、家族を犠牲にして名を高めようとする。


 権力を欲する。

 かつて、斎の一族も名を高め、権力を欲するが故に近親婚を繰り返し、結果的に一族の数を減ら
し、滅びた。

 一族を守ろうとするがために、一族を犠牲にした。

 それでは、本当はいけないのに。





は、それを忘れてはいけないよ。』





 ふわりと、強い腕に抱きしめられる。

 優しい温もりは、とてもとても安心できる。


 本当の一族、家族。

 それはいったい、どんなものなのだろう。

 少なくとも、日向は。





「鳥籠・・・・」





 はナルトに話すネジを見つめて、ふっと呟く。

 隣にはうちは一族の嫡男であるサスケがいる。


 同じように、とサスケも、ヒナタと同じように大きな一族の嫡子として生まれた。

 嫡子としての苦しみ、認められない痛みは知ってる。



 でも、分家の痛みは知らない。


 の一族に分家を虐げる風習はないし、うちはも嫡子とはいえ、あくまで代表者だ。

 宗家ではない。

 日向の分家に科せられる運命は、厳しい。





「・・・・ネジくんも、苦しかったのかな。」




 ナルトと戦うネジを見て、は静かに呟く。

 ヒナタは、嫡子として認められなくて苦しんだが、一生懸命努力すればいつか認められるかもし
れないと少なくとも、希望を抱くことは出来る。



 でも、ネジは違う。

 希望などない。常に宗家に虐げられる。

 努力しても、分家が宗家になることはない。


 望みのない願いを抱くことほど、苦しいことはない。
 
 だから、ネジは諦めた。


 ナルトも、認めて欲しくてあがいている。
 
 ネジも、きっと同じだった。

 冷たいを責めるような言葉も、認められたいが故、そしてあらがうことの出来ない運命故だったのかもしれない。


 

「・・・・諦めた奴から、終わってく。それはどこでも一緒だ。」





 とは対照的に、冷たくサスケは言い捨てる。 

 はサスケの様子に驚いたが、サスケにとっては当然のことだった。

 一族において力のない者は置いて行かれる。

 天才、鬼才と謡われる兄を持つサスケはそれを痛いほど知っている。 


 サスケから言わせてみれば、ネジも力不足なのだ。

 分家や本家を理由にして、あきらめただけだ。





「下手な同情なんて必要ない。」






 当然の成り行き。





「でも、ネジくんだって、・・・きっと、頑張ったんだと。」

、中で競う一族において求められるのは、結果だ。」





 ネジを庇うに、サスケは断言する。


 過程が必要なのではない。

 過程が必要だなど、きれい事に過ぎない。

 結果だ。結果がなければなんの意味もない。


 は、競う相手が居ない。 

 生まれながらに宗主としての力を持ち、東宮として祭り上げられ、争うこともなくその運命を定
められ、回りからも認められている。

 けれど、そんな人間希少だ。



 イタチですら、天才的な才能があるからこそ、一族において認められている。

 自らの価値を示さなければ、一族において認められることなどない。


 だからサスケも。





「結果を出さないと、認められやしないんだ。中忍試験だってそうだ。」





 サスケ達は結果を示さなければならない。

 イタチはサスケの年にはもう中忍になっていたから、彼より優秀だと言うことを示すことにはな
らないけれど、他の忍より優秀だと示すことは少なくとも出来る。 

 勝ち抜かなければならない。






「サスケ・・・・・・」





 は、サスケの言葉にあれ、と思う。 

 サスケは切実に結果を求めている。 

 自分は違う。


 結果などいらない。


 頑張ろうと、そう思ったけれど、彼ほど切実に結果を欲しているわけではない。

 結果など別に必要ない。





「・・・・わたし、」





 急に、怖くなる。

 自分は、気付かぬうちに誰かの結果を奪っているのだろうか。

 必要にのに、誰かの必死で得たい、得なければならないものを奪っているのだろうか。






?」






 突然黙り込んでしまったの顔を、サスケがのぞき込む。






「いや、だ。そんなの、」







 は小さく首を振る。

 自分が誰かの可能性を奪ってしまうなんて、そんなこと、嫌だ。

 誰かが必死で得たいものを、得る必要のない自分が奪ってしまうなんて、


 怖い、怖い、


 戦えると思った。

 大切な人のためなら怖くても戦えると思った。 


 でも、それに称号なんて必要ない。

 守るのに、中忍だという称号も、本戦に勝ち抜く意味もない。



 は初めて、中忍試験を受けたことを後悔した。







( 過去の出来事を反省すること 失敗だったと思い描くこと )