「全く、私が来て良かったですわね。」





 砂隠れの忍を蹴り倒し、蒼雪は息を吐く。

 城壁近くの砂隠れと音隠れの里の忍は、ほぼ壊滅状態だった。

 蒼雪は城壁の上に着地し、後ろに控える四角い面の暗部に尋ねる。





「犠牲者の収容と、けが人の方は大丈夫でして?えっと・・・・誰でしたっけ?あー、天丼?」

「はぁ・・・テンゾウです。なんとか。」





 テンゾウは蒼雪の台詞に頭をかきながら肩をすくめる。

 テンゾウの班は8人。負傷者と言っても数人だ。

 殉職者も1名。

 全部の部隊としても木の葉隠れの部隊は突然襲われたこともあり、数人の死者が出たが、蒼雪が
すぐに前に出たおかげで、犠牲者も少なくてすんだ。


 砂と音は大部隊を編成して攻め込んできたが、蒼雪が一掃した。

 蒼雪の炎の能力は大多数の人間を一気に相手にする時に最大限の能力を発揮する。

 蒼雪はすぐに木の葉の忍を自らの後ろに退かせ、目の前を焼き払った。

 広範囲を一斉に焼き尽くす炎は圧巻だった。


 敵の忍達も反抗のしようがない。

 彼女がいなければ全部隊の犠牲者は数名どころか、三桁に上っていただろう。

 さすがは神の系譜である。





「まさか砂と音が組むなんて、悪夢ですわ。」





 蒼雪の呟きに、テンゾウは全くだと頷く。

 風の国の神の系譜である榊が音の研究所に捕えられ、結界の媒介にされていた時、確かに危ない
かと疑ったが、その通りだったようだ。


 元々、音と砂が組んでいたのなら、風邪で大蛇丸に捕えられたという神の系譜・榊の処遇につい
ても納得がいく。

 火の国の蒼雪率いる炎と違い、里に協力せず、恐ろしい力をもつ邪魔な神の系譜を処分したかっ
た砂隠れと、神の系譜に興味のあった大蛇丸率いる音隠れの里が手を組み、榊をはめたのだ。


 神の系譜は子供であろうと莫大なチャクラを持ち、一手間で捕えられるものではない。

 しかし、大蛇丸ならばそれが可能な術もあることだろう。





「いったい大蛇丸は何をしたいのか、わかりませんね。」





 テンゾウは心からそう思って言ったようだったが、蒼雪はふっと笑う。





「あら、大蛇丸はそのように物事を利害関係と共に深く考える人物ではございませんわ。あえてい
うなら、気分でしょう。」

「え、気分?」

「おそらく。彼にとって手を出してみたかった、それだけでしょう。だから出方がわからないんで
すわ。」






 一般的思考の持ち主ならば、大体の動き方にも統一性があるし、こちらとしても予想を立てやす
い。


 だが、大蛇丸は気分でやることが違う。

 自らに不利益を被ることでも、気分によってはすることがあるのだ。

 だから、こちらの予想できないような事態を引き起こす。




『あらぁ、可愛らしい子ねぇ。』




 蒼雪が大蛇丸と最初に出会ったのは、3代目火影の部屋だった。

 訪れた理由は、3忍の中の一人を担当上忍にすると言われたからだった。


 炎一族の宗主であった父に連れられ、斎やミナトに会えるというので行ったのに、最悪だった。

 軽口にも苛々させられたが、何よりも気持ちが悪かった。



 何が気持ち悪いかわからない。

 比較的顔は悪くない方だと思うし、お姉言葉の奴なんて何人か知っている。

 だが、気持ち悪いと思ったのだ。


 結局蒼雪は綱手か自来也のどちらに師事するか散々迷ったあげく、綱手に師事した。





「・・・・・正直大蛇丸って口からどろどろいろいろ出てくるから粘膜系できもいんですよ。女性の見る
ものではありませんわ。里の方に大蛇丸がいるようですけど、早めに離れて良かった。」

「・・・・そうですか」





 素直な感想に返す言葉もなくテンゾウは曖昧な返答をする。

 たまに思うが、あの穏やかでほえほえした斎はいったいどうして蒼雪と結婚したのだろう。


 斎は童顔で結構もてていたし、十代の頃は結構プレイボーイだった。

 結婚相手には困らなかったはずだ。

 もう滅びた一族とはいえ、名家の出身で、蒼雪と結婚しなくても財産もある。


 蒼雪の一族としての財産狙いでもなく、相手が居なかったわけでもない。

 一体どうして結婚したのか、

 テンゾウだけではなく、多くの人間が不思議に思っている。





「さて、落ち着いたところで。ここは私ひとりで十分ですわ。さっさと里に下りて皆さんを助けて
差し上げてくださいな。」





 城壁であたりを見張りながら、テンゾウに蒼雪はにっこりと笑う。

 言葉は優しいが要するに、ここは自分一人で見張っとくからとっとと働けということだ。

 テンゾウは渋々城壁を下りて、煙の上がる街を見下ろす。

 遠く、倒れ行く蛇の姿が見えた。




















 斎は忍術で街にいた蛇を破壊すると、大きくため息をついた。


 体液をまき散らして倒れ行く蛇は良いが、建物の下敷きになった人々の救出は単純に忍術でとい
うわけにも行かない。

 瓦礫に埋もれて伸びる手がある。





「シアっ!!」





 横では名を呼び、必死で叫ぶ女性がその手にすがりついて掘り起こそうとしている。

 斎は近くの瓦礫をのかせ、子供を抱き起こす。


 手は、小さな少女だった。


 まだ4,5才の少女は埋もれていたため躯が泥で汚れている。

 死んでいるかと胸元に耳を当てると、まだ心臓が動いていたが呼吸がない。

 人工呼吸をしながら、チャクラを集中させて怪我を治していく。


 斎は小さなチャクラコントロールが得意であったため、医療忍術を少しだが習得している。

 母親とおぼしき女性が、固唾を呑んで見守る。

 数分すると、子供はけほんと一つ咳をして息を取り戻した。





「ありがとうございますっ!!」





 女性が子供を抱きしめて斎に言いつのる。





「いえ、早く避難をっ、」





 子供を抱く女性を庇いながら、他の忍に託し、透先眼であたりを見渡す。

 斎はと違って莫大なチャクラを持っているわけではない。

 里内に入っている砂と戦い、たくさんの口寄せされた蛇を倒し、けが人を補助し、チャクラは限
界だ。 


 だが、火影がまだ上で戦っているため、指示を出す人間がいない。 

 そのため、上層部は忍の指揮権を斎に託した。


 人員不足だが、暗部も、上忍も、懸命に自分の指示を聞いて戦ってくれている。

 ここで斎が弱音を吐くわけにはいかない。





「斎様っ、」





 戦い終わった忍が斎に声をかける。

 斎はしゃがんでいたがしっかりとした足取りで立ち上がり、彼らに笑いかける。





「大丈夫?動ける?」

「はいっ。」





 もう限界だろうが、尋ねると下忍とおぼしき彼らは斎のしっかりした様子に応えるように頷く。





「班長は?」

「・・・・なくなり、ました。」





 ひとりの少女が、堪えるように口に出す。


 下忍の集団には、必ず班長に上忍、中忍がついているはずだが、亡くなったようだ。

 斎はがんばったね、と一言声をかける。


 班長がいなくては彼らにやらせられることは限られているが、それでも手助けにはなる。

 まだ配備されたばかりの下忍は怯えたような表情を押し殺すようにしていた。

 その姿が、と重なる。

 一人娘が心配だが、ここで戦線を離れるわけにはいかない。






「まだ崩れた家に下敷きになっている人がいるみたいなんだ。だから確認を頼むよ。」





 斎が言うと、神妙な顔で下忍達は頷き、去っていく。





「疲れとるのぅ。」




 小さな後ろ姿を見送っていると、頭上から声が降りかかる。

 見上げると太陽の逆光で影になってなかなか見えないが、見覚えのあるシルエットがあった。






「自来也先生。」





 久方ぶりにあった自らの師の名を口に出し、僅かに目を見張ると笑い声が聞こえた。






「いらっしゃっているとは聞いていましたが。」

「まぁな。里がこれじゃあのぅ。」





 自来也は斎の前に下りたって、斎の肩を叩く。





「苦労しとるのぅ。」

「・・・・・そう思うなら、指揮を変わりませんか。」





 斎はにこりと慇懃に笑って礼儀正しく頭を下げる。








「無理だの−。わしはおまえのように便利な目は持っておらんからな。」





 斎に皆が指揮を任せるのは、千里眼の役目を果たす、透先眼のせいもある。


 自来也はそれを持たない。

 ミナトと同じように、かつて自分が火影に推挙した斎は火影の地位を蹴りながら、今こうして指
揮官の地位にいる。

 それを彼は未だに不本意に感じているようだ。


 ミナトが死んでも、ミナトと同じ立場に立とうとはしないそのかたくなな姿は、彼が未だにミナ
トとの約束を忘れていない証拠だ。

 火影としてではなく、後進を育てる。




 そう約束した彼はいないというのに。





「先生、」





 走ってきたのか、息を整えながら、暗部の面をつけたイタチが斎の隣に降り立つ。

 自来也に驚いたようだったが、斎の唯一自らの意志でとった愛弟子は、斎に向き直る。





「大丈夫ですか、斎先生?」 





 心配そうな様子でイタチは斎を気遣う。

 斎にチャクラがほとんど残っていないことを理解しているのだ。 





「大丈夫だよ。」






 いつものあっけらかんとした様子で斎は笑って、イタチに言う。





「疲れているところ悪いけど、すぐにを追ってくれないかな?君麻呂が、を追ってる。」





 自来也はその言葉に斎を振り返る。





「おまえ、知ってそれを・・・・」





 知っていて、助けに行かなかったのか。

 自来也の言葉に斎はぐっと自分の拳を握りしめる。

 知っていた。


 だが、自分はここを離れるわけにはいかないから、娘の無事よりも、里をとった。

 もしもに何かあれば、彼は自分を責め続けるだろう。

 それがわかっていながら、里のためにここにいたのだ。





「お願いだよ。イタチ、」





 懇願するような、命令だった。

 イタチは頷き、暗部の面を外して身を翻す。





「損な性分だのぅ。斎。」





 自来也はぽつりと呟く。

 本当は誰よりも娘を思っているが、それと同時に他人も思っているから、辛い。

 誰よりも優しい故に。






「それが僕ですから。」





 斎は困ったようにそう言って、遠くを透先眼で見る。




「さぁて、働いてもらいますよ。自来也先生。指揮官は僕ですから。」

「こき使う気かのぅ。」





 自来也は不満そうに唇をとがらせながらも、嬉しそうに尋ねた。









( つなぐもの いとをゆわえること )