は犬神に乗りながら、透先眼で位置を確認する。




「困ったな、君麻呂が追いついてる。このままじゃ追いつかれちゃう、」





 君麻呂の速度が、自分たちよりも遙かに速い。

 そして、気になるのは彼が我愛羅ではなく、を追ってきているようだという点だった。





「よくわかんないけど、わたしを追ってるのかな。」

「何?」

「だって、わたしについてきてるの。」





 里を出てからずっとだ。

 についてきている。

 がどこに行くかなどわからないはずなのに、の元へと来ているのは何か意図があるのだろう
か。


 もしもを追っているのなら、が彼の足止めのために残るのが得策だ。





「どうするってばよ。」





 ナルトが迷うような様子を見せる。





「犬神をサスケ達を追うために一緒に行かせて、わたしは、残った方が、いいかな。」





 シカマルの指示を仰ぐそぶりを見せると、シカマルは渋面ながら頷いた。





「そうだな。を狙っているのなら、俺たちでは巻かれた場合意味がなくなる。それになら後々
追いつける可能性も出てくる。」





 犬神がいれば、シカマル達は我愛羅とサスケを追える。


 しかし犬神を主以外が戦いにかり出すことは出来ないから、犬神と例えばシカマルやサクラを足
止めにおいていっても無意味だ。

 ならば、君麻呂を倒した後に透先眼で戻ってくることも可能である。

 全員がいったん歩みを止め、木の上に着地する。





「じゃあ、わたしが行くね、」





 が静かに言って、反対の方向を向く。






「・・・・、」





 サクラが泣きそうな表情での背中を見つめる。





「大丈夫だよ−。」





 はくるりと振り向いてサクラに笑うが、やはり不安そうな様子を見せる。

 と、ナルトがに思いっきり抱きついた。





「後で戻って来いよ。絶対。」

「え?」

「約束だってばよ。絶対、戻ってこい。」





 言葉だけに、どれ程の意味があるのか、知らない。

 それでもナルトはに頷かせようと言いつのる。





「うん。」





 はナルトを抱きしめ返して、頷く。

 イタチにも、同じ約束をした。



 絶対生き残ると約束した。







「全員で、帰ろう。」






 帰ったら、イタチが抱きしめてくれるだろう。

 サスケが怒って、ナルトが笑って、サクラが恥じらって、斎がおちょくって、蒼雪が微笑む。


 当たり前の日常が、生き残れる限り、きっと帰ってくる。

 だから、






「みんなで、帰ろう。」






 誰かが欠けては駄目なのだ。

 サスケも、みんな。






「あぁ、」





 ナルトは最後にぎゅっと一度を抱きしめる腕に力を込めて、それから体を離す。





「約束、」

「うん。約束。」





 頷きあい、そして、手を離す。

 去りゆく時、サクラは最後までを振り返ったし、シカマルも心配そうだったが、ナルトは振り
返らなかった。

 自分を信頼してくれたその背中を思いながら、は静かに拳を握りしめる。

 振り返ると、そこには白い髪の少年が立っていた。





「別れは、終わったのか。」





 彼の問いに、は小首を傾げる。





「別れじゃない。約束なの。」





 柔らかに微笑むと、睨み付けられたが、はかまいやしなかった。





「こんなことして、誰かが幸せになれると、思っているの?たくさんの人を傷つけて、それで良い
の?」





 何かを壊して得られる物なんて、ない。

 彼らが殺したたくさんの人々には家族がいて、家族の分だけ悲しみがあって、憎しみや苦しみが
生まれる。 


 それは、何も良いことを産まない。

 には、彼らがどうしてこんなことして里を襲うのか、理解できない。

 だが、君麻呂はふっとため息ついた。





「君は、本当に幸せに育ったんだな。」





 君麻呂が無表情を伏せる。

 は彼の言うことの意図をくみ取れない。





「無邪気に人を信じ、自分が望まれていることを疑わない。死ねば悲しまれると思ってる」





 君麻呂の言葉に、ははっと顔を上げる。

 彼の言っている意味が、やっと理解できる。

 生まれた時からたくさんの愛情に恵まれてきた。


 父は適当ながらも、深い愛情で自分を支えてくれる。

 母はいつも優しくて、温かい温もりをくれる。

 一族の人はを宗主の娘として望み、うやまう。

 イタチは自分に寄り添い、愛してくれる。


 は自分の存在を疑いながらも、望まれていることは疑ったことがない。

 少なくとも両親とイタチはの味方だった。

 自分がいなくなれば、母や、父、イタチは酷く悲しむだろう。

 疑ったことのない、愛されているという事実。





「僕は、悲しむ人間は、誰もいない。」

「・・・・・」

「だが、役に立ちたい人がいる。その人の心に残る存在でありたい。」





 目を伏せた君麻呂の明るい色合いの瞳が、どんな感情を映しているのかはからは見えない。

 とは違う、暗い瞳は、必要とされたいと、望まれる存在であることを渇望している。

 そして、そのために戦っている。





「君を音につれて行く。」





 君麻呂は鋭い瞳でまっすぐを見る。





「それが、我が主の、望みだ。」





 君麻呂の歪に歪んだその表情の中には、瞳の強さとは違う葛藤がある。

 それが見えたは静かに彼を見つめる。





「貴方は、それで良いの?」

「すでに僕の価値はあの方にとってゼロに等しい。ならば、君を連れて帰り、新たな価値を見いだ
す。」





 奥歯をかみしめてそう言う彼の言葉は悲壮だった。

 大蛇丸はを欲している。

 神の系譜の肉体は強固だが、幼いとあれば心を支配し、その体を乗っ取ることの出来る可能性が
ある。


 だから、君麻呂は大蛇丸にを連れ帰るように命じられた。

 だが、それはかつて大蛇丸の器として望まれていた君麻呂には酷な物だった。

 病に冒された躯が、大蛇丸の器として役に立たないと言うことを示されたも同然だったからだ。



 価値のない躯、



 君麻呂は遺された短い時間で、大蛇丸にとって価値のある存在にならなければならない。

 必死の君麻呂に、は眉を寄せて、紺色の瞳を揺らす。





「ごめんなさい。わたしには、わたしの守りたい者があるの。」






 悲壮な彼の瞳に応えてあげることは、には出来ない。

 君麻呂の“音につれて行く”というのがどういうことであるのかは正確にはわからないが、
が木の葉を離れることはない。





「大切な人が、木の葉にいるの。」





 父や母、一族のみんな、サスケや、ナルトや、サクラが、

 そして、イタチがいる。

 を強く望んでくれる人がいるその場所が、の居場所だ。



 

「だから、」

 わたしは、帰るの。




 みんなの元へ。



 そっとイタチの温もりを感じた唇に指で触れる。



 大丈夫。





「白紅」





 ふわりと白銀の蝶が羽ばたき、増殖する。

 鱗粉を散らす幾百の蝶を従えるは柔らかに微笑む。


 帰る場所は、もう知っている。

 だったらそこへ、走るだけだ。



( 自分の居場所に戻ること )