君麻呂の一族は、戦いしか脳がなかった。

 そのたぐいまれなる才能をただひたすら戦いのために疲弊させ、誰にも必要とされず、霧隠れに
挑んで敗れた。

 そして君麻呂自身病に滅びようとしている。


 の一族は、炎を絶対の力とする神の系譜だ。

 そのたぐいまれなる才能を木の葉との共存に使い、里にも必要とされている。

 そしては莫大なチャクラを持って躯の弱い子供に生まれたにもかかわらず、他者からの愛によ
って救われた。



 全く正反対の、一族。

 境遇

 穏やかに一族中から愛され、ただ守られてきた。

 彼女は自分が一族の本当の誇りになりたいという。

 守りたい者があるという。

 だが、それは自分が望まれていることを疑っていないから、だから言える。

 自分が誰かに守られていることを、知っているから。



 酷い嫉妬を覚える。

 必要とされたと、やっと自分を求めてくれる人を見つけたというのに、価値を失ってしまった自
分とは違う。

 普遍の価値。

 まっすぐ君麻呂を見つめていたの紺色の瞳が、淡い水色に変わる。



 透先眼――――すべてを見通すと言われる蒼一族の血継限界。

 ふわりと彼女の回りを舞う白銀の蝶達は、彼女の心のように、揺らめく。

 それが一斉に動きを止め、君麻呂の方を見据えた。





「行くぞ。」





 いつまでもこちらが止まっていても、おそらく彼女は動かない。


 彼女は争いを望んでおらず、君麻呂の動きをじっと伺うだけだ。

 君麻呂は地を蹴って走り出す。

 が後ろに飛ぶと予測して刃を持ち、一瞬で肉薄したが、は後ろではなく横にずれて、刃を軽
くいなし、手刀を繰り出した。


 よけるべく君麻呂が前へとのいたが、何か変な気配を感じ、なお横に退くと、君麻呂が先ほどま
でいた場所をさっと閃光が通り過ぎる。

 光の出た場所を見てみると、白い球体が蝶と戻って羽ばたいた。





「形態変化、ではないのか、」




 射出型の攻撃。


 炎を硬度を高めた球体状のチャクラに閉じ込め、それを限界まで圧縮、そして一点だけのチャク
ラの硬度を弱め、圧縮した力を一点に吹き出すビーム状の攻撃。

 炎そのものを形態変化させた物でなく、だが、その攻撃の威力はすさまじい。

 おそらく骨を楯にしたとしても、攻撃を止めることは出来ないだろう。

 力を一点に集中させたこの攻撃は、打ち抜くという点に関して君麻呂の防御を許さない。


 そして、幾百と舞う蝶のすべてが、生み出すことが出来るのだろう。


 そこまで分析して、君麻呂は目の前の少女を改めて見る。

 体が弱く、外に出てから1年半ほどしかたたぬ、アカデミーにも通わず、正式な師にもつかなかっ
た少女。

 天才的な才能の片鱗は、少女の他者より遙かに劣った経歴以上の実力が如実に示している。

 大蛇丸が欲した、才能。

 は真剣な表情で蝶を自分の手足のように操る。


 しかし、の能力は防御のためにあるのではない、

 炎は防御には向かない。


 君麻呂は巨大な槍を構え、突進を始める。

 は目立った動きは見せなかったが、表情が僅かに険しくなり、奥歯をかみしめ、横に飛ぶ。

 まず一発逃げることを選んだは、しかし、君麻呂のもう一つの手に握られた鞭によって逃げ道
を遮られる。



 は目を大きく見張る。

 殺してはならないと命じられているため、急所は外す。

 君麻呂がそう考えた時、が蝶に向かって手を振った。


 瞬時に出したのは炎の球。

 君麻呂の突き出す槍の進路を阻むように、と君麻呂の前に出現したそれは、槍を包む込む。

 槍が炎に当てられて炭化するのが先か、に切っ先が届くのが先か。


 が大きく膨れあがらせた炎の球、

 最強の硬度を誇る骨で作られた槍が炎の球体に飲み込まれる。

 と君麻呂の距離は2メートルもない。


 に届くように、球のぎりぎりまで手を突っ込む。

 勝負は一瞬だった。





「ちっ、」





 声を上げたのは君麻呂だった。 

 槍がに届く前に炭化して崩れ落ちる。


 は炎の球体を、そのまま爆発させた。

 轟音と爆風があたりに広がり、咄嗟に骨の膜を皮膚の内側に作った君麻呂でも、火傷を負い、右
手を大きくえぐられる。

 熱風が吹き荒れたが、は最初に槍を受けた場所から動いてはいない。


 どうやら彼女は熱に強いようだ。

 君麻呂は冷静に分析を重ねる。

 彼女は動きも速く、単純に捕えるのは難しいが、弱点も明確だ。


 近距離戦に弱い。

 それは前に戦った時にも思ったことだ。


 彼女は典型的な長距離を得意とする忍だ。

 透先眼の千里眼的な要素を使い、他の近距離の忍の援護の下に遠距離から敵を狙い撃ちにする。

 有効的な手段だが、今はそれを行うことが出来ない。


 そして、彼女の決定的な欠点は、自らの能力を隠そうとしない点だ。

 血継限界の透先眼はだいたいの効用がわかりやすい。

 炎一族の白炎は個体ごとに能力が異なる。

 それが彼女自身にとっては大きな武器となるはずなのだが、彼女は能力見せ、手数を惜しみなく
使う。



 確かに、相手の攻撃をいなすのには一番良い術を使っているのかも知れないが、手を隠さない忍
は、対策が立てやすいし、弱点が見えやすい。

 だから幾多の戦場を駆け抜けた君麻呂には、彼女をどう仕留めればいいかもすぐに計算できた。

 君麻呂は静かに目を閉じ、大蛇丸の顔を映してから、彼女を見つめる。





「僕は君を連れ帰り、大蛇丸様の心に残る。」





 彼がを手に入れたなら、が彼の器になったら、きっと自分を思いだしてくれる。

 それでこそ自分に価値がある。

 大きな功績を残したという価値と共に、大蛇丸の心に残る。


 君麻呂は手をすっと横に振る。

 その手には何も握られてはいない。

 だがすでに罠は張った。





「最後に聞こう。おとなしく、音に来る気はないか。」





 無傷で連れ帰ることが出来るのが、一番良い。


 は目を見張ったが、怯える様子は見せず、真っ向から君麻呂を睨み付ける。

 その表情が、否を語る。





「そうか。残念だ。」






 呟いて、君麻呂は地面に手を当てる。





「早蕨の舞。」





 無数の骨が辺り一面を埋め尽くす勢いで土から這い出てくる。


 は呆然とした面持ちで次々に地面から生えてくる骨の針山を見つめていた。

 足下から刺されば串刺しだ。死なないまでも、大怪我を負う。

 かといってには飛ぶことの出来る手段がないし、燃やすにも完全焼失には時間がかかる。

 焼失しなければ、自らも怪我を負う。


 に与えられた考える時間は数秒だった。

 上に飛び、早蕨の舞をよけた一瞬。

 早蕨の舞を防ぐ方法を考えなくてはいけない。


 は、思いついた姿を頭に思い浮かべる。


 手に自分が作り出したそれを握りしめた。

 くるりと着地する時に宙で一回転し、突き出た無数の骨達を根本から切り裂いていく。

 それによってが着地する場所が出来た。






「よしっ、」





 はかけ声をかけて、それを強く握る。


 それは、刃だった。


 死に神が持つような大きな鎌だが、片側でなく両側に刃がついている。

 片方の刃は大きく、片方の刃は小さい。

 炎で出来た刃の切れ味は、骨を上回る。

 次々と生えてくる骨をすべて切り落としていく。





「形態変化か。」





 自ら持つ炎の性質変化を、鎌形の形態変化に付随させた。

 風の性質変化も持つせいか、鎌につく二つの刃は鋭く、骨など簡単に切り落としてしまう。


 君麻呂の骨は高い硬度を保つが、それでも風と炎の性質変化を併せた鎌の前では無意味だ。

 柄の長い鎌はやはり近距離戦闘にはそれほど向かなかったが、瞬時に調整がきくかも知れないの
で、油断は出来ない。

 この戦いで、自然に形態変化を会得したのだ。

 しかし、君麻呂にとって、どちらでも関係ないことだった。

 下準備はすでにしてある。





「・・・・・手間取らせてくれる。」





 君麻呂は地面から土のついた腕を片方引き抜き、片手に鞭を作り出す。


 どんなに才能があっても、は所詮実戦経験の乏しい子供だ。


 戦いは相手の分析と、対策にかかっている。

 はまだ、そのことを知るはずもなかった。



( 相手をはめるための しかけ、 )