「うん。」




 は大きく頷き、自分の作り出した炎の鎌を見つめる。

 地面から突き出た骨を効率的に切れる物を想像しただけだったが、かなり上出来だ。

 チャクラを制御すれば、鎌につく二つの刃の大きさを操ることも出来る。

 咄嗟に刃を大きくすれば、相手への思いがけない有効的な攻撃になり得るだろう。

 は自分が案外戦えることに安堵し、また、驚いていた。


 だが、同時に、限界も知った。

 肩で銀色の蝶がぱたぱたと鱗粉を飛ばしている。

 チャクラを使う量を増やせば増やすほど、蝶はの言うことを聞かなくなっていく。

 そのことに、は初めて気付いた。

 自分の限界を、は今まで知らなかった。




「気をつけなくちゃ。」




 蝶を暴走させれば、は君麻呂を殺してしまうだろう。

 それどころか、里すら危うくしてしまうかも知れない。

 幸いにも、この鎌で攻撃すれば切れることはあっても、燃やす範囲は限られる。

 風に煽られて火の粉が散り、回りに火がつくこともないはずだ。

 このくらいのチャクラでなら、大丈夫。


 鎌を作り出したことでの周囲を守る蝶は減ってしまった。

 やはり鎌を作った場合に自分で維持できる、操れる蝶は5匹が限度のようだ。

 それ以上やればおそらく、力をうまく操れずに暴走させてしまうだろう。

 使えば使うほど、力の限界が見えてくる。

 それでも、本体の白紅が維持できているので、いざ5匹が消されてもまた増産できる。


 まだ、大丈夫。

 は自分に言い聞かせるように心の中で繰り返して、君麻呂の動きをしっかりと見つめる。

 水色のの透先眼は数秒先の光景を映し出すため、はすぐに対応できる。


 君麻呂が一歩踏み出す。

 一歩があまりに速くては一瞬驚いたが、迎え撃つべく鎌を構えた。




「何度やっても、同じだよ。」




 地面から延びてくる邪魔な骨をすべて切り落として、は肉薄してくる君麻呂に相対する。

 君麻呂の鞭がに伸びてくる。

 だが、骨さえも切り裂くの鎌の刃は簡単に君麻呂の鞭を捉え、ばらばらにした。

 彼の指から出てくる骨の銃弾もすべて5匹の蝶が生み出した球体からのビームが打ち抜く。


 結局、君麻呂はの数メートル先で、に近づくのが無理であることを理解したらしく、飛び退
いた。

 は地面から伸びてくるたくさんの骨の刃をよけ、時に切り裂きながら警戒して後ろに下がって
君麻呂から距離を取る。

 しつこく、君麻呂は骨の銃弾でを狙う。

 地面からの刃と骨の銃弾をは慎重によけ、また燃やしていく。




「君の弱点は二つある。」




 君麻呂が攻撃しながらぽつりと呟く。




「一つはチャクラだ。君はチャクラがないと何も出来ない。君はチャクラがなければ筋力が遙かに
劣る。」




 は重い武器やクナイ、手裏剣などの刃を何も持ち歩いていない。

 構える鎌ですら風に煽られているだけで動きを鈍らすことがある。

 君麻呂にはが腕力、筋力という観点で他者より劣ることをすぐに見抜いた。


 そして攻撃の全てにチャクラを伴っている。

 は基礎能力が非常に低く、体術は速いだけで威力がなく、チャクラを使った攻撃、防御しかで
きないのだ。




「二つ目は、自分の手の弱点を考えず、手を隠さないことだ。」




 一つ目の弱点も、隠そうと思えば隠せないわけではないし、普通の忍であれば無理矢理にでも格
下だろう。

 だが、は戦いの根本的な戦略を知らず、また自己分析も行っていない。

 弱点を隠そうともしない。

 まだ自己分析が行えるほど能力が安定しておらず、また、そういった理論をアカデミーに一年し
かいなかったは知らなかったのだ。

 おそらく、は近距離戦闘の援護として最適だろう。

 中距離、長距離戦闘において、の血継限界、能力は有益だ。


 だから、の敗因は、一つ。

 は蝶の炎で自分の前を覆い、骨の弾丸を防ぐ。

 早蕨の舞によって出現する幾多の骨がの周囲を覆っている。

 骨の刃自体はには届かないが、やり方を変えればいい。




「なっ、!」




 が目を丸くして、慌てた様子で蝶に指示を与える。

 君麻呂は遅い、と思った。

 蝶に彼女が命令を下し、そして蝶が命令を行うまでにはタイムラグがある。


 早蕨の舞によって地面から生えた骨。

 それを媒介に使って骨の中から現れた君麻呂に、驚きのあまりは反応が遅れた。

 骨の中から現れた君麻呂と、目の前にいる君麻呂。

 影分身。


 いつから二人だったのかはわからないが、簡単な答えを出した頭が警鐘を鳴らすが、パニックに
なったは蝶に自分を守るよう言う以外に何も手が出なかった。

 骨を媒介に移動できるなんて、考えたこともなかった。




「きゃっ、」




 前方の君麻呂から骨の攻撃を受け、一匹の蝶が守備に回ったが、骨から出てきた君麻呂の手が小
さな壺のような物を転がす。

 壺から零れた液体が、の方に広がると、突然術式を形作った。

 近すぎる距離からの術式の展開には逃れようとするが、もう一人の君麻呂からの攻撃で逃げら
れない。

 四角形の術式が完成すると同時に、体中から力が抜けた。




「ぁ・・・・」




 うまく呼吸が出来ず、苦しさのあまり地面に膝をつく。

 それでも躯が支えられず、は地面に突っ伏した。




「はっ、ぁ、」





 空気が吸えない。

 手を握りしめて立ち上がろうとするが、手は砂を浅く掘っただけで、動こうともしない。




「君の躯はチャクラで動かされている。それを封じてしまえば、君は動けない。」




 大蛇丸が君麻呂に与えた術式は、のように莫大なチャクラを持つ者に対して有効的な方法だっ
た。

 それはかつて大蛇丸がの母親である蒼雪に対して使った方法だったが、大人で覚醒後の白炎使
いではチャクラの反動が大きすぎて駄目だった。

 は蒼雪より大きなチャクラを持っているとはいえイタチに半分肩代わりされており、覚醒前の
ひよっこだ。

 術式を使えば捕らえられるという大蛇丸の判断は正しかった。




「君を、音の里に連れて行く。」




 君麻呂の冷たい声が響き渡る。




「ゃ、だ・・・」




 は掠れた声を絞り出した。


 嫌だ、




 ――――――――――約束だってばよ。絶対、戻ってこい




 ナルトと約束した。

 戻るって、

 一緒に帰るんだって、

 生まれてからチャクラで全てを動かしてきたの躯は、チャクラを封じられた途端、動くのをや
める。

 それは、全ての身体機能に及ぶ。

 徐々に空気を取り込んでいた肺が、動きを緩やかにしていく。


 苦しい、

 でも、約束した。




「か、ぇ、る・・・」




 涙が溢れて、止まらない。

 地面に這いつくばって、小さな手で土を掴む。

 帰らなくちゃ、みんなが心配する。


 一族の人たちの顔を思い浮かべる。

 自分を望んでくれるたくさんの人たち。

 姫様と、東宮様と辛くても、悲しくても、笑いかけてくれた。




 ――――――――――東宮様、




 彼らからかけてくれる声はいつも優しくて、伸ばされる手は傷だらけでも、優しく触れようとし
てくれて、いつもいつも守られていた。

 だから、彼らを今度は自分が守りたいって思った。

 いつも守ってもらってばかりだったから、体が弱くて何も出来なかったから、今度は自分が守っ
てあげたいって思った。

 でも、それが思い上がりだと言うことに、は初めて気付いた。




 ――――――――――




 イタチの低い声音を思い出す。

 どんなに辛くても、怪我をしても、が手を伸ばせば、彼はいつでも笑ってくれた。

 斎だってそうだ。


 人が死んだり、傷ついたり、自分が傷つけたり。

 悲しいことや、辛いこともたくさんあっただろう。

 そういうすべてを覚悟して、戦っている。

 守ってくれてる。


 それが出来るのは、自分がとても強いからだ。


 人を守りたいと思えるのは、自分がとても強いからだ。

 今のは、自分すらも守れない。弱い弱い存在だ。


 なのに、そんなに、誰が守れるだろうか。

 自分すら守れず、みんなを悲しませるだけだ。

 それでもは、歯を食いしばって、手を伸ばす。


 弱い弱い自分でも、約束した。


 帰るって。

 父の、母の、ナルトや、友達の、

 イタチのところに、帰らなくちゃ。


 会いたい、人のところに。

 望んでくれる、人たちのところに。




「いた、ち、」




 掠れた声で、は一生懸命手を前に出す。

 がりっと指のツメと肉の間に砂が入り込んで、血がにじむ。


 でも、苦しいけれど、帰りたい。

 遠い日、イタチが任務から帰って来なかった時、は自分の屋敷の門の前で一日中彼を待ち続け
た。

 あまりに突然すぎて覚悟も何もなくて、朝には笑って出て行った彼が、物言わぬ屍になっている
のかと、二度と微笑んでくれないと、いい知れない不安に涙すら出なかった。


 帰ってこないかもしれない人を待つ恐怖を、は誰よりも知っている。

 ずっと待ち続けた。

 だから、




「か、え、らな、」




 帰りたい場所がある。

 笑って欲しい人たちがいる。

 チャクラが動かしていた身体機能が、徐々に停止していく。




「ぃた、」




 ぷつん、と何かが切れる音がした。









( うしなう うしなってしまう )