長い紺色の髪が地に広がっている。


 少女は気絶したのか、動きを止めた。

 彼女の躯は莫大なチャクラで成長が遅く、いつかは躯がその莫大なチャクラで押しつぶされて死
ぬ運命にあった。

 長いチャクラとの共存によって、の躯は元々莫大なチャクラを少しでも消費するためにの身
体機能の一部をチャクラで動かすようにしてしまっていた。

 それでも消費しきれないチャクラが、の躯を蝕む。

 半分のチャクラを肩代わりしてもらうことによっては普通の生活が送れるようになった。


 だが、今でもチャクラで身体機能を維持していることには変わりない。

 炎一族には大なり小なりあることだが、は莫大なチャクラをもつが故にその割合が他の白炎使
いよりもかなり多かった。

 だからこそ、簡単に捉えることが出来た。

 伏せられた長い紺色の睫毛は濡れていて、白い手は土を握りしめたせいか指先が擦れて血がにじ
んでいる。


 帰りたい、場所があったのだろう。

 彼女にはたくさんの守りたい愛すべき人や、大切な人がいて、彼らもきっと彼女に会いたくて、

 君麻呂は、自分が今までに感じたことのない同情を少女に感じていることに気付いた。


 つまらない感傷だ。

 彼女には守りたい者があって、逆に彼女を守りたいと願っているたくさんの人がいるんだろう。

 彼女を望む、たくさんの人。

 それは誰にも望まれなかった自分とは違う、恵まれた存在。 


 そして、それを手折ることへの罪悪感。




「…幸せな、子。」




 自分とは違う幸せな子供を憎々しいとすら思っていたのに、いざ目の前にすると、心がかき乱さ
れる。

 彼女の緋色の着物。

 蝶の文様の入った、手の込んだ綺麗な刺繍の着物は誰が縫ったものだろう。

 袖の端に小さなお守りが縫い付けてあるのが、一瞬視界をかすめた。


 誰かが、彼女を思って縫い付けた物だ。

 誰かから、大切に、思われているのだろう。

 たった一人の跡取りだというだけでなく、両親から愛されて育っているのだろう。


 それを、奪い去る罪。




「………、仕方ないんだ。」




 自分の価値を見いだすためにと、君麻呂は小さく呟く。

 だが、ふと不安になる、


 自分は、他者から望まれている彼女を奪ってまで、生きる価値が、あるのだろうか。

 考えてはいけない物思いにふけっていた君麻呂は、迫る手裏剣に気付かなかった。




「つっ!!!」 




 胸元、心臓めがけて正確に狙われた手裏剣は、ぎりぎり避けたが腕に刺さる。

 君麻呂は左手を庇いながら後ろに下がる。

 少女を庇うように前に立った人影は、少女からあっさりと術式を引きはがした。




!!」




 少女の名を大きな声で呼ぶが、やはり気絶しているのか答えはない。

 呼吸を確認して、彼は立ち上がって君麻呂をまっすぐと睨み付けた。


 それほどの長身ではない、君麻呂より年齢は少し上くらいだ。

 漆黒の髪をうなじで結び、木の葉の暗部の制服を着ている。

 面はつけておらず、何より印象的なのは煌々と輝く緋色の瞳。




「写輪眼、か。」




 君麻呂も噂では聞いたことがあった。

 木の葉の名門うちは一族の血継限界、写輪眼。


 すべての術を見通す禍々しい色合いの瞳。

 大蛇丸ですら望んだ、圧倒的な価値を持つ血継限界の一つ。




「確かおまえは、…・・」





 うちはイタチ。

 うちは一族の嫡男であり、大蛇丸が最も望み、手に入れられなかった男。

 最高の写輪眼を持ち、火影候補である蒼一族の最終血統・斎の弟子。




「大蛇丸に、を連れてくるように命じられたのか。」




 倒れ伏した紺色の髪の少女を振り返り、イタチは君麻呂を睨み付ける。





「そうだ。」




 君麻呂は彼に一言を持って帰した。

 多く話せば、聡明な彼ならその言葉の中から真実や、君麻呂の言おうとしなかった意図まで見つ
けてしまうだろう。


 うちはイタチ、彼は強い。

 だが、それでも君麻呂が手ぶらで帰ることは許されなかった。

 身構えたが、もうその時には既に遅かった。




「それだけ聞ければ十分だ。」




 君麻呂の躯を何かが刺し貫く。

 目の前にいたはずの彼は倒れ伏した少女の隣にいない。

 代わりに、背後に彼がいた。


 君麻呂の意志に反して、躯は倒れ伏す。

 視線を上げれば、青白い顔の少女の顔があった。

 君麻呂を倒したイタチはすぐにを抱き起こす。

 その姿をぼんやりとした視界に映して、君麻呂は思う。


 なんて、つまらない人生だろう。

 こうして終わっていくのか、

 心の中でむなしさを感じながら、うちはイタチの安堵したような表情を見つめる。


 少女が最後まで呼んだ、人の名。



 イタチ、

 あぁ、彼女は帰れたのか、



 むなしさが消え、心の中に穏やかな感情が広がる。

 君麻呂は静かに目を閉じた。






































!!」




 君麻呂から刀を抜いた後、イタチはすぐさまの元へと駆け寄った。

 意識がない。

 チャクラを封じられたのは短時間のようだったが、の身体機能にどのような影響を及ぼしたの
か計り知れない。

 内臓機能も動きを止めたかも知れない。

 脳に酸素を運ばなければ、人間誰だって死んでしまう。


 が連れ去られなかったことには安堵したが、我に返れば最悪の可能性ばかりが頭をよぎってし
まう。




『わたし、下忍になる・・』




 卒業試験が終わってすぐ、彼女が言っていたことを思い出す。

 は一年しかアカデミーに通っていない上、普通に外に出れるようになって1年半しかたっていな
かった。

 上層部はが忍となり、その能力を里のために役立ててくれることを願っていた。

 だが、父親である斎はすべてをの決断に委ねることにした。




『サクラたちも、みんな、忍なるんだって。』




 わたしもみんなと一緒に忍になりたいな、

 幼い物言いのが、たったそれだけの理由で忍になると言いだした時、その拙い理由に不安は覚
えたが、イタチも斎も反対はしなかった。

 かわりにたくさんの術や、体術を教えた。


 彼女が強くなれるように。

 イタチは、本当は、やめて欲しかった。

 怪我をしたり、彼女が傷つくのが、いやだった。

 彼女が傷つくくらいなら、自分が傷ついた方が気が楽だ。


 それは自分のための願いであることを、イタチはいつも知っていた。


 うちはの嫡男として、いつも自分を律してきた。

 規則には従順に、斎の弟子として相応しいくらい強くなりたくて、努力してきた。

 そのイタチが、里も、すべてをかなぐり捨てたい衝動に駆られるのは、のことだけだ。


 里に必要とされているなんて関係ない、

 が望んでいるなど、知らない。

 こんなことになるくらいなら、が忍になりたいと言い出した時に、是非でも止めておくべきだ
った。


 イタチは奥歯をかみしめる。




「ぅ、」





 小さなうめき声を漏らして、の目がうっすらと開く。

 イタチは弾かれたように顔を上げる。

 なかなか物を捉えられないのか、何度か眉を寄せて目をこらした後、やっとイタチを映して目を
丸くした。




「いた、ち?」





 掠れた声が震えて、信じられないと言うようにイタチの名を呼ぶ。

 イタチは相好を崩した。




「あぁ、





 の手を握り、の名前を呼ぶ。

 はイタチの顔を見ると、くしゃりと表情を歪めて、手を伸ばして抱きついた。




「イタチ、いたちっ!いたち、」




 何度も名前を呼んで、泣きじゃくる。

 イタチは驚いたが、の躯をぎゅっと抱きしめる。




「もぅ、会えないかとおもっ、た、わたし、わたし、」





 きつくきつく抱きついて、腕を回して、温もりを感じて、はしゃくりあげながら一生懸命縋り付く。

 みんなとの約束を破ってしまうことになるかと思った。

 帰ってこれたことが信じられなくて、嬉しくて、自分が情けなくて、


 言い表せない感情のまま、イタチに縋り付く。





「良かった、」




 イタチは大きな安堵の息を吐く。
 多少怪我をしているとはいえ、二人とも生きている。

 生きてここにいれば、言葉を交し、また心を通じ合わせることが出来る。


 イタチは目を閉じて、精一杯の力で抱きついてくるの背中を撫でる。

 遠く空を見上げれば狼煙が上がっていた。

 里への帰還を命じる、狼煙だった。










( すべてのはじまり そして )