が火影と初めてであったのは6歳の時だった。

 本当はも他の子供達と同じように、6歳になればアカデミーに入るはずだった。

 忍者アカデミーで普通の子供と同じように切磋琢磨することを、両親は望んでいた。 

 しかし、体の弱いにはそれすら叶わなかった。


 3代目火影がの元へやってきたのは本当はアカデミーに入るはずの4月のことだった。

 

 4月の桜の綺麗な時期で、庇の近くの桜の木が鮮やかな花びらを散らしていた。

 花見がてらに庇に出て食事をするのが、この時期の日課だ。

 は体が弱く屋敷の外には出られないので寝ては起き、食事をしてはまた眠るという淡泊な時間
の流れの中で、四季はに時の流れを感じさせる唯一の方法だった。

 

 はイタチと共にその日、おやつを食べていた。

 細工の凝った干菓子は、斎が不知火近くの行商からたまに手に入れる物で、非常に珍しい物だ。

 木の葉では売られていない希少な品がおやつとしてのお腹の中に消えていくのだから、不思議
な物である。




「かわいいねぇ。」




 侍女が入れてくれた抹茶と共に菓子を食べると、甘みと苦みが混ざり合って美味しい。

 体調も良い日で、はご機嫌だった。





「今日は、来客が来るらしい。」





 少し硬い顔で、イタチが言う。

 きっと重要なお客さんなのだろうが、にはあまり関係ない。

 大抵客人は父の住まう中央の寝殿でもてなされ、の住まう東の対屋まで来ない。


 客が来ようが来まいが関係のないことだった。

 は庇に散る桜の花びらを手に取り、抹茶に浮かせて遊びながら、生返事でそれを聞く。


 鮮やかな季節だ。

 庭の花々は何に遠慮することなく咲き誇り、空は青く澄んでいる。

 は一番華やぐこの季節が、何よりも大好きだった。




「こら、食べ物で遊んだら駄目だ。」




 割氷(菓子)を手で押して割って遊んでいると、イタチに注意される。 

 ゼリーの表面に飴を張り、ぱりりとした食感をもたらす割氷は、のお気に入りだ。

 緑色の割氷を口に含んでいると、向うの方から帽子をかぶった背の低い人物が、父とともに歩い
てくるのが見えた。


 イタチの表情が硬くなる。

 はそれをぼんやり見ながら、父を迎えるために立ち上がった。




「ちちうえさまっ!」




 勢いよく足下に抱きつけば、斎は膝をついてを抱きしめる。

 久方ぶりに任務から帰ってきた父だが、疲れなどないようだ。

 大方カカシあたりに書類を押しつけてきたのだろう。




「体調は良さそうだね。」




 安心したような父の声音と髪を撫でてくる手がくすぐったくて、は身を捩って笑う。

 任務に出ていた父が帰ってくれば当然嬉しい。

 すりりと父の頬に自分の頬を寄せると、斎は声を上げて笑った。

 一通り抱きしめ合って笑って、やっとは父に抱かれたまま隣の客人に目を向ける。


 彼は何も言わずに静かに帽子を取った。

 もう結構な年の老人で、白い髪の毛と白いひげとが目立っている。 

 背は小さいが、決して存在感が薄いわけではない。


 目元は皺だらけで年齢のせいか酷く落ち着いた印象を受けた。




姫か、」




 柔らかくて、ゆっくりとした口調でそう尋ねる。





「…ぅ?」





 は知らない人に警戒して、急いで斎から離れてイタチの足下に隠れる。

 知らない人は好きではない。


 を敬いながらも、本人を見ないから嫌いだ。


 幼い頃からの人見知りは激しく、気に入る人間は少ない。

 は彼も特別気に入る要素がなく、最初は好きではないと思った。

 祖父も死んでいるため、男の老人とふれあう機会も少ない。





、おいで、」




 斎が困ったように手招きをする。

 だがはイタチの足下に隠れたまま、動こうとはしない。

 紺色の瞳はじっと老人を見つめている。





、挨拶はしないと駄目だぞ、」




 イタチもを促すように背を叩いたが、は老人を見つめるだけで前に出ようとはしなかった。

 イタチはを抱き上げるべく、膝を折る。




「だぁれ?」




 イタチの首にぶら下がって、はイタチに尋ねた。

 外に出ないにとってイタチはとても物知りで、勉強熱心だ。

 彼なら老人が誰か知っていると思った。




「木の葉の火影様だよ。」

「ほ、かげ、さん?」




 幼く物を知らないは、火影の意味を知らなかったため名前と誤認した。





「ほかげさん、こんにちは。」




 挨拶はしないといけないと教えられていたため、嫌々ながらイタチの腕から離れて頭を下げ、ま
たイタチの足下に駆け込む。

 イタチは目をぱちくりさせて、斎が腹を抱えて笑った。


 父が笑っている理由がわからないが、だんだんむかついてきた。

 きちんと挨拶をしないといけないといつも言うのは誰だ。

 斎ではないか、




「ちちうえさま、嫌い。」 




 はふくれっ面でイタチの足の影から斎を睨み付ける。




、火影は名前じゃないよ。」

「なまえ、違う?」

「うん。の東宮と同じだよ。役目だよ。」

「お役目、」





 自分が東宮と呼ばれていて、それが炎一族の一番上の人に次になる人間だと言うことはわかる。

 彼もどこかの一番上の人なのだろうか、

 年老いた皺の刻まれた顔をはじっと見つめる。


 何となく意味はわかった。




「里の一番偉い人を“火影”って言うんだ。」

「ほかげさん、凄い人?」

「そ、火影様だ。」




 イタチの説明はにも理解できる。

 かならず集団の中には一番偉い人がいる。

 それは幼いながらにもわかっていたが、この老人が強い人だとは思えなかった。


 彼は幼いの物言いにも怒ったりしない。

 その里で一番偉い人が、両親にではなく自分になんのようなのだろう。

 は意味がわからなくて、首を傾げた。




「儂は里の子供、特にアカデミーに入る子供には、必ず会うことにしておる。」

「…あかでみーいってない。」

「その通り。だから会いに来たのじゃ。」




 彼は頷いての前に膝をつき、と目線を合わせる。

 深い皺の刻まれた強い芯を持つ瞳が、柔らかに細められる。

 ますます、皺が深くなる。




「里の未来、だからの。」




 皺と小傷のたくさんある手が、の頭を優しく撫でる。





「姫宮、おまえも、里の一員だ。」





 里の中で育つこともなく、ただ屋敷が全ての世界だったに、彼は微笑んでいた。

















 砂との和平が成立すると、すぐに火影を含む死者達の葬儀が行われた。

 葬儀の日、それが嘆いているかのような、冷たい雨だった。

 皆が黒い服を着て集まっている。

 も黒い着物を着てイタチと共に参列したが、途中で雨が降り出したので、フード付きの羽織を
かぶっていた。

 父は一番前で葬儀を取り仕切っている。

 次の火影が決まっていない今、火影の代行をしている斎は、悲しむ暇もなかった。



 前の方では火影の孫だという木の葉丸が泣きじゃくっている。

 里の火影であり、尊敬してやまない祖父が死んだのだ。


 悲しみは、皆深い。

 里はいくらでも再建できるが、死んだ人は戻っては来ない。

 立派な最期だったと、誰かが慰めのように言っていたが、亡くした人にとって亡くした事実は変
わらない。

 は雨に濡れる火影岩を見上げる。

 三代目の大きな岩は、厳かに彼の顔を残してはいたが、皺と共に刻まれた優しい想いまでは感じ
させてくれなかった。 

 忍とは死に様の世界だと言われる。

 少なくとも、里を守り、死んだ彼の死に様は、里を守る役目を担った火影らしく、忍達が誇りに
思えるものだ。




、」




 イタチが優しくの方を抱き寄せて、そっと頭を撫でてくれる。

 その温もりが遠い日、火影に頭を撫でてもらったことを思い出させて、は涙が溢れるのを止め
られなかった。

 ナルトもの隣でやりきれない表情をしている。


 遺体は埋められ、ただ石碑だけがそこに建てられる。

 それすらも寂しくて、涙が溢れて、うまく石碑を見ることすら出来なかった。

 この戦いで失ったのは、火影一人ではない。



 けれど、一つ希望が失われた。

 それを誰もが確かに感じていた。




( ほろびること すぎさること )