木の葉崩しが終わってからは沈みがちだった。

 人員不足のため担当上忍のカカシは任務に忙しく、そうなると達下忍は、任務に出られない。

 修行のメニューは与えられていたが、にはそれらが出来ることが多く、ぼんやりとサスケやナ
ルト、サクラの修行を見ながら佇むことが多くなった。

 火影が死に、里は哀れなほど様々な欠陥を抱えてしまっている。

 父の斎は火影の代行として忙しく指揮を執り、イタチもその手助けをしているため、非常に忙し
い。

 父が寝る間も惜しんで事務処理や仕事をする様を、は初めて見た。


 サボり癖がある斎が本気で仕事をすると言うことは、それだけ大変な事態なのだろう。



 対しては何もせず、何も出来ず、ぼんやりとしているだけだ。

 いまいちしなければいけないことも見つからない。

 君麻呂との戦いの時、結局は負けてしまって、イタチが助けに来なければ、大蛇丸の元につれ
て行かれていただろう。

 一族の人を、みんなを守りたいと思ったけれど、自分すらも守れない。


 弱い自分を目の当たりにして、は沈んだ。

 今だって誰の力になれるわけでもない。

 悔しいと言うよりも、あまりに情けなくて、自分のふがいなさが嫌になる。

 血継限界があって、術を学んで、は自分も戦えるかも知れないと言う自信を持った。


 しかし、君麻呂に負けて、はつかみかけた自信を完全になくしてしまっていた。

 その上、にとどめを刺したのは、中忍への登用だった。




『東宮を、中忍に任じる。』



 初めて上層部に正式に呼び出されたは、上忍隊長のシカクなどが並ぶ場で、そう言われた。





『中忍試験で見せた実力、血継限界を加味すれば、問題はないと思う。炎一族の者も、反対してお
らん。』





 コハルという老女は、静かにに告げた。


 それは一見中忍試験の結果を受けてと言った様子だったが、血継限界を加味すればと言う言葉か
ら、違うと受け取れた。

 は少なくともそう受け取った。



 ―――――――中忍になるには登用という方法もある。



 中忍試験が始まる前、カカシはそう言っていた。

 の性格を考えれば中忍の登用を待った方が良いと言っていた。

 の中忍への昇格は、の実力ではなく、事実上血継限界を加味した登用だった。

 父の斎はの前で渋い顔をしてコハルの話を聞いていたが、は呆然としたままだった。



 君麻呂に負けて、何も出来なかった。

 血継限界を持っていても、自分の身すら守れないが、中忍に登用されるなど、許されることで
はない。




『貴方も、一族のみんなと、同じなんだ…』




 は知らない間に、呟いていた。

 一族の人間は、の全てを肯定で返していた。

 何をしても良い、素晴らしいと言ってを育てから、は他者に言われていることの何が良くて
何が悪いのかを理解することが出来なかった。


 だから何をしても自信がなかった。

 一族の人間にとって、のすべてを肯定することが普通で、でも一般的にが普通であったり、
優秀であったりするのがわからないから、自信がなかった。



 今、里に同じことをされた。 

 個人を認めたわけではない。

 血継限界と、一族の東宮としての地位。

 正しいのは持って生まれた血筋だと、言われたようだった。


 せっかく大切な人々を守りたいと思っただったが、昔に逆戻りしてしまった。

 結局自分は、何も出来ていないのではないか。

 自分が忍となったことに対してすら、疑いを感じているのに、実力がなくても血筋だけで地位を
必要としていないが、中忍となる。




『いや、ならない。』




 明確な意思表示をすることはないだったが、それでも、勝手に口から言葉が溢れていた。、




、やらないのか。」




 サスケの怒ったような声音が降ってくる。

 は木陰で三角座りをしていたが、おずおずと顔を上げた。




「うん。やらなきゃ。」




 はサスケの問いに答えたが、動こうとはしない。

 心がうまく前を向けない。

 の表情が言外にそう言っていた。





、大丈夫か?」





 ナルトがそんなの様子に気付いて駆け寄ってくる。



「どうしたんだってばよ。木の葉崩しが終わってから、めっちゃ暗いぞおまえ。」





 に目線を合わせるべく。膝を折ったナルトは、心配そうにの紺色の髪をくしゃくしゃと撫で
る。






「なんか、悩んでんだったら、聞くぞ。」

「…うん。でも、つまらないことだから、」




 いらない、とは目を伏せる。

 忍をやっていく自信がないなんて、本当は下忍になる前に考えなければいけないことであって、
今更議論すべきことではない。


 は、友人がみんなアカデミーを卒業して下忍になるから、下忍になろうと思った。

 みんなが中忍試験を受けるから、中忍になろうと思った。

 ただ、現状に流されて来て、でも一族の人や、大切な人を守りたいと思って、なのに自分すら守
れなくて、今自分の価値を疑っている。


 酷くつまらない、今更な話だ。

 何よりもナルトやサスケ、サクラに呆れられるのが、怖かった。



「つまらなくたって、怒らねぇよ。が真剣に考えてることだろ?」




 な、と言い聞かせるようにナルトは言う。




「話したら楽になることだってあんだろ。どうせ暇だし、話そうぜ。」




 修行と言っても言い渡されたのは時間つぶしのような物だ。

 ここでみんなでの悩みを聞いても、別に問題はない。

 逆に修行よりも有意義な時間つぶしかも知れない。


 ナルトはの前に腰を下ろしてあぐらをかく。

 サスケは無言だったが、が凭れている木を背に、の隣に座った。

 サクラもに淡く笑って、少し躊躇いながらも地べたに座る。


 は聞いてくれようとする友達に戸惑いながらも噤んでいた口を開いた。





「…わたし、君麻呂に負けたの。」




 ぽつりと零す言葉は、少し聞いた話だ。

 イタチが倒したとは言っていたが、戦うをイタチが助けて君麻呂を倒したのではなく、負け
をイタチが助けた。

 ここには大きな違いがある。

 負けてもが殺されなかったと言うことは、元々君麻呂はを殺す気がなかったと言うことで、
それはの完全なる実力的な敗北をさす。

 当然だが、捕獲の方が殺すよりも遙かに難しい。


 は物を知らないが馬鹿ではない。



 そのことを理解しているし、だからこそ悩んでいる。

 君麻呂はの能力に対抗すべく策を持っており、はそれにまんまとはまって敗北した。


 それが全ての事実だ。

 事実はイタチによって里にも事実として報告されただろう。




「なのに、中忍に任じられるかも知れないんだって。」

「え?」

「昨日、上層部に呼び出された。」




 は涙が頬を伝う感触に、きゅっと唇を噛む。





「わたし、別に忍になろうって考えた訳じゃない。みんなと一緒にいたかったから、なったの。」





 アカデミーに入って、友達が出来て、楽しかった。

 みんなが忍になると、夢を楽しそうに話すから、も一緒にいたいと思った。


 中忍試験もみんなが受けたいと言うから、自分も受けてみようと思った。

 忍道も何もなく、ただ流されるままに進んできた、地位も何も必要としていない自分。




「血継限界を加味すれば、平気なんだって!」




 普通ならば、中忍試験を受けたのだから、中忍になれて嬉しいはずだ。喜べるはずだ。

 しかし、はこれっぽっちも嬉しくなかったし、逆にショックだった。

 血継限界を前にすれば、忍になったつまらない理由も、空っぽの忍道も許される。


 君麻呂にも勝てなかった、何も認められていないのに、血継限界だけで中忍に登用される。

 個人は何も必要とされていない。

 それをはひしひしと感じていた。

 ナルトにはの中忍昇格の話には驚いたが、泣きじゃくるの気持ちが、痛いほどわかる。




「なんも、つまらなくねぇってばよ。認められたいって思うのは、当然だろ。」




 ナルトの声は掠れて、力が入っていた。

 認められたい。認めて欲しい。

 求める心をナルトは知っている。

 あらかじめ持っている物で個人が認められない苦しさも、誰よりも知っている。


 それをつまらないことなどと笑うはずがない。





「そうよ。ったら馬鹿ね。早く言ってくれれば良かったのに。笑うとでも思ったの?まったく心
外だわ。」




 サクラも少し怒ったように息を吐く。

 はその言葉に俯く。




「それに大丈夫よ。あんたの努力も、私たちは認めてるから。」




 強い声音で、サクラは大きく頷く。 

 は紺色の瞳を丸くして、サクラを凝視した。




「そうだってばよ。はよく頑張ってる。イタチの兄ちゃんだって、斎さんだって、みんなを認
めてるよ。」




 だから、大丈夫だ。


 ナルトはにっといつもの屈託のない笑みを浮かべる。

 サクラはを慰めるように、仕方ないなぁとの頬を伝う涙を拭う。




「さくらぁ、」




 は感極まってサクラに抱きついた。

 不安だった。誰にも認められていないのではないかと、努力しても変わらないのではないかと不
安だった。


 サクラはきつくの躯を抱きしめる。

 今は斎も火影代行で多忙で、イタチも人員不足のため任務に忙しい。

 話を聞いてもらうことも出来ず、悩んでいたのだろう。


 ナルトはの頭を撫でながら、目を細める。




「その昇進の話、はどうしたんだってばよ。」

「嫌って、言った。」




 はその後、渋い顔をしていた斎がどうしたのか、知らない。

 ひとまず何も考えず、口で嫌と言ってしまい、そのまま場を逃げ出してしまった。




「だったら大丈夫だってばよ。斎さん口論滅茶苦茶強いだから。」



 弁論術のすさまじさは、有名だ。

 斎ならばの昇進取り消しくらい、多忙の中でももぎ取ってくるだろう。




「気にすんなよ。で、オレ達にも頼って良いってばよ。」





 仲間なんだから、

 ナルトは少し恥ずかしそうに鼻をこすりながら言う。

 は悲しみではない、涙が頬を伝うのを感じた。

 心強くて、嬉しくて、



 だから気付かなかった。

 サスケが黙り込んで、憤りを孕んだ瞳でを見つめていたことに、は気付けなかった。






( いいえの意思表示 )