は自室でぺらぺらと本をめくる。


 祖母である風雪御前からもらった舶来の本で、ただの物語だ。

 先ほどまで修行で根を詰めていたから息抜きにと思ったのだが、あまりに難しい内容で思わず眉を寄
せる。

 恋愛物なのだが、ひとりの男性が様様な女性をとっかえひっかえする物語で、に共感できる点が少
なかった。

 退屈して床の上に置いた畳の上を転がる。

 夕刻にもなれば夏場とはいえ涼しくなる。

 つくつくぼうしの鳴く声に耳を傾けて、は夏の終わりを感じた。

 まだまだ暑い日も続くが、しばらくすれば徐々に涼しくなってくるのだろう。




「たっだいまー。」




 明るい声音がして、ひょこっと斎が御簾の中をのぞき込む。




「父上様!」




 はぱっと体を起こし、父親に抱きつく。





「おかえりなさい。」




 ここのところずっと火影の執務室に入り浸りきりだったので、顔を見るのは数日ぶりだ。

 喜びのあまり強く抱きつけば、斎も笑って応じてくれた。

 後ろにはイタチの姿もある。




「イタチもおかえりっ!」

「あぁ、ただいま、」





 穏やかに帰宅の挨拶をして、御簾の中に入る。




「今日はどうだったの?」




 斎はにこやかに娘に今日の出来事を尋ねる。




「いつも通りナルト達と修行だよ。絶対イタチに一発当ててみせるから、」

「それは楽しみだな。」




 イタチは少し意地悪く笑って、の頭を撫でた。




「イタチは、何してた?」




 は斎が自分にした質問をイタチにする。

 イタチは少し目を見開いて、斎を伺うようなそぶりを見せた。


 2人の空気には首を傾げる。

 斎は淡く笑いながら「言っておしまいよ」と言う。




「あのな、。俺は、昇進が決まったんだ。」




 ぽつりと、イタチはに告げた。




「俺は、“樹”という暗部の統率機関に入ることになった。」




 暗部は火影直属だが、采配の全てを当然ながら火影がふるえるわけではない。

 暗部のことを理解した統率機関が必要である。

 隠れた行為を行うとはいえ、監査がはいらないのも困りものだし、暗部だからと言って勝手なことを
しても困る。


 “斎”の響きにも似る中央機関を考案したのは当然だが斎だ。


 元はダンゾウと言う忍が率いていた“根”という部隊に対抗するためだったが、4代目火影の時代に
大きく進歩を遂げ、暗部の統率機関となった。

 上位構成員13名、下位構成員20名からなる“樹”の中で、今回イタチが抜擢されたのは下位構成員の
方だ。

 この間下位構成員の1人が上忍になってしまったので、空席が出来ていたのだ。


 イタチはまだ18歳だが暗部に入って8年。

 斎について学んでいたこともあり“樹”への理解も深いし、暗部の部隊員からも真面目で思いやり溢
れる仕事ぶりは評価されている。

 暗部部隊員達からの選挙で決定し、“樹”の席を現在保有する上位構成員13人の賛成多数で承認され
た。

 “樹”は暗部の最高機関で、事実上の昇進だ。

 イタチとしてみればが昇進しなかったこともあって言いにくかった。

 が負い目を感じるのではないかと何も言わなかったが、斎に押されて口に出す。




「すごい、」




 は大きな紺色の瞳をまん丸にする。




「すごい、すごいよイタチ。だって、“樹”って年寄りの固まりかと思ってた!」




 嬉しそうに笑って、表情を輝かせる。

 暗部の部隊員は若手も随分多いが、“樹”の構成員は基本的に年寄りで、30歳となる斎も十分若い方
だ。

 その上“樹”の構成員は選挙で決まることをも知っている。

 イタチの昇進は異例であると同時に、間違いなく彼の実力が部隊員全てに認められていると言う証明
でもあった。





「すごい、すごいよ。だって、すっごい!」




 それしか言葉がなくて、イタチの手を取ってはぶんぶんと振る。

 自分のことのように嬉しそうに言うにイタチは驚きながらも、自分の中にも実感が広がる。




「あぁ、」




 が喜んでくれるから、自分も嬉しい。

 遠い昔、忍者アカデミーを飛び級して早くに卒業した時、イタチは哀しかった。

 両親が喜んでくれることに最初は有頂天になったが、それが徐々に社会的な地位を気にしたことであ
るとわかり、悲しくなった。

 イタチが認められたことを喜んでいると言うよりも、そのイタチの親であると言うことで自分の社会
的な地位が上がったことを喜んでいるのではないかという疑念も生まれた。


 中忍試験でもそうだった。


 斎に推薦されて望んだ中忍試験で、イタチはまがいなりにも同じ班についたこともあった女を蹴落と
して、中忍になった。

 おめでとうと言う言葉は、まるで嘲笑と軽蔑のようで、苦い薬を飲むようだった。


 でも、はいつも素直に喜んでくれる。

 イタチが人から認められたことが、とても嬉しいと笑ってくれる。

 二心なく本当に喜んでくれるから、次も頑張ろうという気持ちになれる。

 多分、彼女の性格なのだろう。

 やはりは外に出ていろいろな物に触れても、変わらない。

 だって中忍試験のことで、昇進のことで悩んでいたが、それでもイタチのことを心から祝福してく
れる。


 そのことにイタチは安堵すると同時に、喜びがこみ上げてきた。

 人から認められることは、とても嬉しい。




「僕も嬉しいよ。」




 斎もと同じ紺色の瞳を細めて頷く。





「教え子の昇進はやっぱり嬉しいね。仕事がしんどくても心がすっとする。イタチは凄いよ。」



 と似た顔で、とそっくりの素直な喜び方をするから、イタチは思わず笑ってしまった。





「うん。イタチ凄い。」




 もきらきらした目で、イタチを見上げてくる。




「先生の、おかげですから、」




 イタチは自分がなかなか口に出来ないことを、素直なの姿を見ながら口にする。

 言葉にしなければ、伝わらないことがある。

 恥ずかしくても、それは必要なことだ。


 意を決して言えば、斎は少し驚いて、それから首を横に振った。




「うぅん。イタチの力だよ。イタチの努力さ。」





 嬉しそうに目を細めて、眩しそうに笑う。

 斎のその表情が、イタチは好きだった。

 そして、いつも彼はイタチの力だと言ってくれる。


 暗部に入って失敗もあった。

 今こそ一人前に任務がこなせるようになったが、失敗した時は慰め、フォローに周り、入ったばかり
の頃は本当に迷惑ばかりかけた。

 やめたいとだだをこねたこともある。


 イタチは生意気で口も達者だから、本当に苦労をしたことだろう。

 今回のことだって斎の根回しもあっただろうし、斎が様様な術を教えて助けてくれたからだ。

 でも斎はそんなこと忘れたように、イタチの努力だと言ってくれる。




「ありがとう、ございます。」




 イタチはお礼しかまだ返すことが出来ない。

 少しずつ何か返せないかと、何か出来ないかと思う。

 今だって火影の仕事を代行する斎と一緒に仕事をして、努力しているが、それでもやっぱり斎の仕事
量には叶わないし、自分が失敗することもある。

 失敗しても気にしなくて良いと笑ってくれて、いつも、嬉しくて穏やかな気持ちをくれる。


 斎のために、少しでも良いから、今までしてもらったことを返したいと思う。

 そして、自分もそうやって斎のように与えてあげられる人間になりたい。




「明日お祝いしよう。侍女に言いに行ってくる!」




 がぱっと顔を上げてばたばたと御簾の外に走り出す。




!?」




 そんなに大きく祝うようなことじゃない、

 イタチはを止めようと慌てて立ち上がるが、斎に止められた。




「良いじゃないか、明日は雪も帰ってくるらしいし、めでたいことはみんなでね。」




 宥められて、腰を落ち着ける。

 祝われて少し恥ずかしいし、くすぐったい。

 それでも、イタチはこの温かい雰囲気が嫌いではなかった。 



( 自らを認める感情 )