風が演習場を駆けていく。


 は手元を真剣な面持ちで見つめ続けた。

 印を組んで、チャクラを錬って、でもうまくチャクラがまとまらない。 


 悔しいと思うが、母の近道などないという言葉を思い出す。

 小さくて白い手だけれど、自分も一歩一歩進んでいけるはずだ。

 自分の焦りに負けないこと、自分に出来る精一杯をしていくことが大切。




「大丈夫。」




 もう一度、印を組んで、チャクラを錬る。

 頭の中で描くのはナイフのように磨がれた鋭い風。

 右手が、静かに風を纏うが、小さくて全然イタチや斎に見せてもらった物とは違う。


 はしゃがみ込み、そっとそれを近くの草に持って行くと、ばらばらに草が切れる。

 だが、それと同時に自分の手にも切り傷が出来た。




「いっ、」



 集中が途切れて風が消えていく。

 維持が非常に難しいのが風の性質変化だ。

 手を見ると浅い傷がたくさん出来ていて、血が溢れてくる。


 それでも生えていた小さな草は、ばらばらになっていた。




「え、ちょっと成功?」




 細切れになった草を見ながら、あまりに効果範囲は少ないがは目を輝かせる。




「大丈夫か?」




 少し遠くの池で大がかりな術を試していたイタチがの様子を見に来る。




「イタチ、見て!切れた!!」




 は爛々と瞳を輝かせて彼に切れた草を見せる。


 今まで発動すらもしなかったのだから、かなり成功である。

 小さな物だが、進歩は進歩だ。

 だが、イタチは険しい表情での手を見つめた。


 傷だらけである。血も出ている。




「手、血だらけだぞ。」

「うん。でも進歩。」




 が懸命に主張すれば、イタチはふっと息を吐いて困ったような笑みを浮かべる。




「まぁ、進歩だな。」




 初めて物を切れたのだから、進歩だと言われれば進歩だ。

 風を纏うのは難しいし、維持もそうだ。

 雷や炎などであれば、触れるだけで相手にダメージを与えられるが、風は吹いているだけでは他者に
ダメージを与えられない。

 纏うだけでなく一つ、形態変化を加えなければならないのだ。


 非常に難しいので、小さな葉っぱでも切れたことは大きな壁を越えたとも言える。

 それが自分の手を含んでいたとしても。

 イタチはそっとの手を自分の持っていたハンカチで包む。

 出血量自体が多いわけではないが、なにぶん数が多いので痛々しく見える。




「どこかに絆創膏はあったかな。」

「大丈夫だよ。大したことない。」

「駄目だ、痕が残ると困るだろう。」




 イタチはごそごそと自分の荷物を探って絆創膏を持ってくると、の手に貼り付ける。




「一つ足りないな。」




 5枚しかなかったので、の傷に一つ足りない。




「大丈夫だってば。」




 は心配性のイタチにぷくっと頬を膨らませる。




「心配なんだ。」




 イタチはに真剣な顔で言い募る。


 彼にとってが君麻呂に連れ去られそうになった悪夢は燻ったままだ。

 元々過保護の気があったこともあり、心配でたまらない。


 は申し訳ないような怒ったような表情をして、イタチの顔をのぞき込む。

 イタチは椅子代わりの丸太の上に座って、すねたように足を組んでその上に頬杖をついた。




「イタチって案外心配性だよね…、」





 はイタチの様子に目をぱちくりさせる。

 最近彼も任務ばかりでどうにもきちんと話す時間がなかった。


 ただ自分を酷く心配してくれているのだけはなんとなくわかっていた。

 心配の小言がすねたような気がする。




「悪いな。」





 イタチはの丸い瞳から目をそらして、また息を吐く。




「君麻呂の件があったから、心配なんだ。」





 が倒れ伏しているのを見た時、恐怖を感じた。

 を失うことが何よりも怖かった。

 それは昔感じた感情と同じ。



 ――――――――――いた、ち、



 チャクラが躯を押しつぶしていくの先天性疾患。

 イタチは何も出来ず、ただ手を握りしめていた。

 苦しい息の中にが沈むかもしれないと怯える感覚。

 よく似ていた。

 のチャクラを肩代わりして、も外を歩けるようになって、同じ恐怖を味わうことになるなんて、
思いもしなかった。



 の能力を狙い、攫おうとする人間は実際にいる。

 はほとんど知らないだろうが、イタチはそう言う人間がたくさんいるのを知っている。

 里の中ですらを利用とする人間は多数存在する中で、を守っていくのは難しい。


 いっそどこかに閉じ込めておきたい。

 許されない願いでありながら、願わずにはいられない。



 斎に相談したら、若いなと笑われたけれど、自分で折り合いがつけられない。

 燻る感情のせいで、どうしても心配してしまうし、不安になる。




「ごめんなさい、」




 は目を伏せて、謝罪を述べる。




「いや、別にが悪い訳じゃない。俺がただ、」 




 イタチとて、が悪いわけではないことはわかっている。

 自分が諦めがつかないだけ。

 が忍になると決めた時点でそう言う可能性だってあったわけだ。

 それを、認め切れていない自分がいる。


 が望んでいるのだからとわかっていても、どうしても心がを失いたくないと叫ぶ。

 イタチの、心の問題だ。

 のせいではない。




「でも、やっぱり、ごめんなさい。」




 はイタチの前に立って、そっとイタチの手を握りしめる。

 温かな手はいつもを守ってくれる。


 実際に、君麻呂を殺して自分を守ってくれた。




「わたしが、強くなるから。」




 いろいろな人を、身近な人を、イタチのように守りたかった。

 でも、自分すら守れない自分に、まだその資格はない。




「頑張るから、イタチが悲しいって思わなくても、心配しなくても良いように頑張るから、もう少しだ
け、待って。」





 は少しずつしか、進めない。

 悔しくても急に守る立場になれるほど強くはなれないから、待って欲しいと思う。

 イタチは驚いたように目を見開いての話を聞いていたが、途端相好を崩した。





「なんだか、が突然大人になったみたいだ。」




 彼の言葉にはきょとんとする。




「え、わたしが大人?わたしからしてみたらいつでもイタチが大人だよ。」

「そうだが、なんだか突然成長したみたいだ。」




 少し明るく、イタチは笑っての手を握る。

 傷だらけになってしまった手は、すぐに治るだろう。





「早く強くなれ、」





 それまでは、精一杯守るから、

 イタチはそっとの小さな手に唇を押しつけた。







( それは還るべき場所 )