派手な水しぶきが上がる。





「ナルト!!」






 は大声で叫んで吹き飛ばされたナルトを目で追う。

 それが完全なる敗北への隙だった。





「動くなよ。」






 柔らかで困ったような、笑みを含んだ声音とともに突きつけられたのはクナイだ。

 幼い頃から見慣れたイタチの顔を睨み付けては膝をついた。





「負けたぁああああ!」





 涙ながらに叫ぶ。





「ちっくしょーー!影分身なんてないってばよ!!!」





 吹き飛ばされたナルトの方は完全に池にはまってしまっている。

 金髪からはぽたぽたと止めどなく水がしたたっていた。

 全身びしょ濡れ。夏の終わりのため寒くはないが、悔しさはぬぐえない。





「はーい。イタチの勝ち。集合−。」





 模擬戦を寝殿の中央の簀子の階段から見ていた斎が下りてきて、笑って手を叩く。

 は一つに束ねている髪の毛のリボンがずり落ちているし、ナルトは水浸しだ。

 イタチは無傷で相変わらず困ったような笑みをしている。






「残念でした。ふたりともそろって注意不足。イタチが影分身をしていたのは、実は最初からで、影分
身は1人じゃなくて2人だったんだ。」





 斎は笑いながら答えを言う。

 最初イタチが影分身をしたのに気付いたのはだ。

 そして何とかが影分身イタチを倒し、ナルトを援護してイタチに一発かすらせたのだ。


 下忍としては上出来だったわけだが、そこからが失敗だった。

 気付けばもうひとりイタチがいて、喜びのあまり油断していたナルトが風遁に吹き飛ばされたのは次の瞬間で、長距離を得意とするは近くにいたイタチにあっさり押さえられた。

 達はふたりとも影分身は1人だと決めつけていたのが敗因だった。

 見落としであることは明白である。





は透先眼を持っているんだから、時間をかけてでもイタチの過去を見て、影分身が何人か確認すべ
きでした。ナルトはわかる手段が今のところないからね?確認すべきは。」





 父親の斎に注意されて、は俯く。


 影分身は写輪眼でも持っていない限り、見抜くことは出来ない。

 下忍では見抜く術にも乏しい。


 の透先眼は過去を見ることによって分身が何人だったかを把握することが出来るから、斎の注意は
当然だった。

 影分身を1人だと決めつけて確認しなかったのはの落ち度である。





「ごめんね、ナルトぉ。」

「いや、お互い様だってばよ。」





 ナルトは謝るに肩をすくめる。





「そうだよ。ナルトくんも本来なら、長距離援護のを守らなくちゃいけないわけだから、喜びのあま
り注意不足です。」





 斎は追い打ちをかけるように軽くナルトの額をデコピンする。

 は長距離援護が得意で、近距離は苦手だ。

 ナルトはチャクラも多く影分身も得意だから、のために影分身の1人ぐらい隠して近くに置いてお
くくらい出来たはずだ。


 それをしなかったのはナルトの落ち度で、失敗はお互い様だと言えた。





「ごめんな。。」





 ナルトも流石に悪いと思ったのだろう、に謝る。

 連携とは言ってもまだまだ始まったばかりの2人には難しい。


 前回の模擬戦は一週間前で連携を意識してはいたようだが、連携がすべて裏目に出ていた。

 それに比べれば今回は連携と言える行動も増えてきたし、それによってイタチに攻撃をかすらすこと
が出来た。


 斎はしょげてしまった2人を取りなすように、からりと笑う。





「しかーし。ふたりの連携はなかなかのもので、生身のイタチに一発かすらせたことは拍手に値しまー
す。と、言うことで、及第点かな。」




 所詮2人とも下忍である。


 それが2人で連携してなんとかイタチに一発かすらせたわけだから、2人もかなり努力して連携を考え
たはずだ。

 相手を思いやるそぶりも見えた。

 手数が限られている下忍であることを考えれば、努力している、と言うのが斎の印象。


 だから、負けたけれど、今回は及第点だ。





「よっし!」





 ナルトが片手を天に振り上げる。





「やった!」





 は手を叩いて喜んだ。

 ひとまず最初の課題はクリアである。





「次はしっかり当てられることが目標ね。」





 斎はきちんと次の課題を与えて終わる。

 今度はかなり大きな難題である。

 上忍以上のレベルのイタチにしっかり当てるのはかなり至難の業だが、とナルトは斎の言葉に大き
く頷いた。





「まぁ、ナルトくんは、自来也先生について行くらしいから、その後だけどね。」





 斎は腰に手を当てて指をピっとたてる。

 自来也がナルトを連れていくという話を聞いたのは、数日前だ。


 何故かははよく知らないが、自来也が気に入ったという。

 中忍試験本戦前も自来也にお世話になっていたようだったから、顔見知りなのだろう。

 はたまに、自来也だけでなく、斎もだが、ナルトと何か深い関わりがあるのではないかと感じるこ
とがある。


 なぜだか、にはわからない。

 だが斎は昔からナルトを見に行ったりしているようだし、がアカデミーに上がってからはよく家に
も呼んだ。

 ナルトが両親がおらず1人だと言うのもあるだろうが、それにしてはどこか嬉しそうな斎を、不思議
に思う。

 知り合いの、子供なのかも知れないとナルトに尋ねても見たが、ナルトは自分の両親を知らないと言
うから、が知りようもない。

 結局にはわからずじまいだった。





「成長してるな。」





 イタチは笑いながらの頭をくしゃりと撫で、それからナルトにタオルを渡し、ナルトの髪の毛を拭
く。





「だ、大丈夫だってばよ!」

「駄目だ。風邪を引くぞ。」





 ナルトは構われることになれておらず抵抗して逃げようとするが、押さえ込んでイタチは半ば無理矢
理髪の毛の水気を拭いていく。

 イタチは結構世話焼きなところがある。

 長男故なのだろう。





「サスケー見た感想は?」





 簀子の手すりで座って模擬戦を見ていたサスケは黙ったままだ。

 斎はサスケを振り返り、尋ねた。





「え、」





 サスケは突然尋ねられ、言葉に詰まる。





「見てなかったのか?」





 呆れたようにイタチは眉を寄せた。





「見てたさ。別に、」

「見てたなら感想の一つくらい浮かぶだろ。」 





 悪かった場所でも、良かった場所でも、見ていれば多少は浮かぶ物だ。

 サスケの反論に悪意なくイタチは言う。





「うるさいっ!ないって言ってんだろ。」





 サスケは不機嫌になって、怒ったように声を荒げる。

 変な緊張した空気が流れる。


 とナルトは首を傾げ、顔を見合わせる。

 斎は小さくサスケに見えないように息を吐いて、気を取り直すように「あ、そう。」と軽く言った。





「ふたりともまぁ、よく頑張ったよね。」

「そうですね。」





 イタチに話を振れば、イタチも素直に頷く。

 とナルトが努力したことも、間違いはない。






「よっしゃ!そうと決まればエロ仙人にすっげぇ術教えてもらって、頑張るってばよ。」






 ナルトは明るくにっと笑う。

 自来也と修行をしながら綱手を探すというのは、ナルトにとってはプラスになるだろう。

 自来也はなんと言っても素晴らしい術を持っているし、斎の師でもある。





「あっは、簡単には無理だろうけどね。」





 斎はナルトの安易な発想に注意して、の頭を撫でる。





「まぁ、も頑張るんだよ。ぐずぐずしてたらすぐにナルトくんに負けちゃうよ。」

「はい。」






 は真剣な面持ちで斎の言葉を受け取った。





「ま、イタチもだけどね。うかうかしてたら下から追いつかれるよ。」

「嫌ですね。歩みを止めた気はないですよ。先生をこてんぱんに出来るまでは上を目指すことを諦める
気はありません。」





 イタチははっきりとした口調で言い捨てる。

 万華鏡写輪眼を使おうが、斎はしのいでくる。

 須佐能乎を防がれた時の絶望感は未だ忘れられない。

 浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)で防御された時はなんの冗談かと思った物だ。


 期待しただけにあまりの悔しさで、イタチはそのことをまだ根に持っていた。





「やぁだよ。まだ負けないから。」





 斎は悪戯っぽい笑顔でイタチにあっかんべーをしてみせる。

 百足と嫌みを言われるほど手数が多いのが斎だ。


 そう簡単にイタチに抜かれるはずもない。

 そして、抜かれる気もない。


 子供っぽい動作にイタチはますますむっとしたが、何も言わなかった。

 師を超えるのが弟子の仕事だと言うが、まだまだそれは先のことのようだ。





「眠い、」





 は一つ欠伸をする。

 緊張して昨日から眠れていなかったようで、模擬戦がやっと終わって緊張が解けたのだ。


 下駄を脱いで、簀子に上がって座り込み、足を投げ出す。

 板張りの床は固いが、さんさんと降り注ぐ太陽はの眠気を誘っていた。





「サスケもついでに見たげようか。」





 イタチはとナルトの相手をしたが、斎は誰の相手もしていないのでチャクラも余っている。

 運動もしていないので疲れてもいない。

 斎の質問に、サスケは少し考えるそぶりを見せたが、首を振る。





「良い、どうせ、勝てない。」





 イタチが勝てない斎に、到底勝てるはずがない。





「えー、じゃあ父上様。わたしの風遁見てよ。」





 代わりに声を上げたのは疲れ切っているはずのだった。





「え?風遁?」




 教えた記憶のない術に、斎は驚く。






「あ、俺も実は結構出来るようになったってばよ。ほどじゃないけど。」




 ナルトも思いだしたように自分もすると言う。

 2人の突然の進歩に驚いた斎に、イタチはさらりと言う。





「あ、俺が教えたんです。強請られたから。」

「え、早くない?あれは中忍か、上忍がするもんだよ。アカデミーで見せた時、僕数年後には出来るか
らって言わなかったっけ?」

「言いましたけど、ナルトくんに、1年も数年だって言われたんで。」 






 アカデミーで斎が風遁・鎌風を見せたのは一年前だ。

 一年たったのだからと、ナルトが強請ったのは木の葉崩しが終わってすぐだった。
 もこれは良い機会だと便乗したのだ。

 イタチもナルトの屁理屈に、まぁやる気があるなら良いかと適当なことを考えて、印とチャクラの練
り方を教えてやった。

 例え印とチャクラの練り方を教えても、出来ない時は出来ないことを、イタチは自分の経験から知っ
ている。

 だが、やる気があるならばイタチの無茶苦茶な願いも一応は聞いてくれた斎を思い出して、術を教え
てやったのだ。






「風遁、危ないからなぁ。」





 失敗すれば自分の躯も切れる。

 それくらい鋭いのが、風の性質変化だ。

 安易に教えることは、怪我を増やす元だとも言える。


 斎も無茶苦茶な風遁をする時はイタチから絶対目を離さなかった。





「まぁ、俺も結構2人の修行は見てますからね。」






 イタチとて教えてそのまま放り出したわけではない。

 の早朝修行には任務のない時は必ずつきあうし、気をつけている。

 ナルトに対しても、小まめに状況を確認してはいた。





「わたしからわたしするっ!」





 は手を挙げて主張する。

 斎は心配そうな顔をしながらに印を組むを見つめた。


 ふわりとチャクラの支配下に置かれた風が、巻き上がっていく。

 イタチは静かに写輪眼を開き、失敗した時に備えてチャクラの流れを慎重に確認する。


 右手を軽くかざしたは、ふっと手を軽く振った。

 途端遠くにあった草と地面がえぐれる。

 それはイタチや斎たち風の性質変化を持つ上級者がする、遠距離用の鎌風と同じだ。


 えぐれた地面は浅いし、草に当たってはいるが、狙いは悪い。

 だが、間違いなく典型的な鎌風だった。





「えーあたった。」





 あまりに意外だった斎はぽかんと口を開く。

 斎が一年前にアカデミーで見せたのは、手に風を纏ってそれで直接対象を触れる形だったが、それで
は近距離でしか役に立たない。


 は筋力がないため、近距離が苦手だ。

 そのために長距離を飛ばせるようにしたのだ。

 サスケも呆然との成長を凝視する。





ってば、ずぅっとこればっかり練習してたもんな。」





 ナルトは知っていたため、自分のことのようにの成功を自慢げに話す。

 ははにかんだような笑みを浮かべて少し胸を張った。





「集中が必要だから、まだ実戦では使えないけど、…もうちょっと頑張ったら、使えると思う。」

「ちょっと、すっごい。えーー、数週間でこれ?」





 斎は娘の手柄に目をぱちくりさせる。

 に才能がないと思ったことはないが、ここまでとは意外だった。





「先生の娘ですからね。」





 イタチはぽつりと呟く。

 は結構器用だ。

 印を覚えるのも得意だが、何よりチャクラを錬るコツを掴むのがうまい。

 細かいチャクラコントロールが甘いところはあるが、チャクラが多く量に事欠かないので、問題なか
った。


 病弱故に発揮されなかった才能。

 は間違いなく、天才とされた斎の娘なのだ。





「これは…いけるね、」





 自分の娘を過小評価したことはなかったが、その気弱な精神性から辛口の評価をつけていた斎は、本
心からそう思った。

 精神も弱いながらも自分でカバーしてきた。才能もある。





「うーん。これはマジ気で僕の娘だな。」





 と斎は容姿がそっくりだが、才能もらしい。

 一つ一つクリアしていけばよい。

 はアカデミーに1年しか通っていないため、おそらく基礎が抜けているので、今は基礎固めが重要
だ。

 精神性も同じようにだ。迷いながら、答えを出しながら焦らずゆっくり進めば良い。


 斎は自分の二の舞を踏ませないためにも、を焦らせる気はなかった。


 焦らさず大切に育てれば、彼女は大樹にも成長できる芽がある。

 教育者として斎は強い将来性を、ひいき目ではなくから感じた。


 しかし、それを感じたのは斎だけではなかった。


 サスケが違う面持ちで同じ将来性を眺めたことに、誰も気付いていなかった。









 


( 人をうらやむこと 人を認めないこと )