両一族会議が開かれたのは、炎一族邸の寝殿でだった。

 うちは一族から代表者フガクを含む20名。 

 そして炎一族から宗主蒼雪、婿の斎、宮家の当主を含む20名で構成される会議。

 それは15年ほど前にうちはと炎の親交が始まってから、1ヶ月に1度行われている恒例行事だった。


 両一族の状況を確認し合い、親交を深める会議はすでになじみの物だったが、今回は珍しく東宮・
が出席していた。

 炎一族の東宮の婿となり、扇宮の地位をもらったイタチはよく出席していたが、が出席するのは初
めてだ。

 また、うちは側にも初めて出席する人間がいた。


 サスケだ。

 アカデミーを出て、中忍試験を受けたため、嫡男というのもあって出席を許されたのだ。

 今回は差し迫った議題もない。

 大方の会話はどうせ大人達の歓談で終わる。

 何か困った事態がない限り穏やかな物だ。

 大人達の中で、子供のやサスケが口を差し挟む余地はほとんどないが、それでも出席することには
意義があった。

 は上座から二番目で、不思議そうに大人の会話を眺めている。

 サスケはぼんやりとを見ながらため息をついた。

 

 の成長は、中忍試験からめざましい。

 元々病弱でアカデミーに一年しか通っていないはおどおどとした弱々しさが抜けず、アカデミーの
試験はそこそこ良かったが、サスケが意識したことはなかった。

 温厚で、控えめで、主張することが苦手なへの淡い恋心を認識したのはいつだったか。

 いつもイタチがが傍にいて、素直に兄に甘えるが羨ましかった反面、の傍にいられる兄が羨まし
かった。

 イタチがの傍にいるのも、がイタチの傍にいるのも仕方が無い。



 の父親の斎は、イタチの担当上忍なのだから。

 それでも、と競うあうなんて考えたことがなかった。

 彼女が弱いと認識したことはなかったが、おそらく無意識にそう思っていたのだろう。

 アカデミーでも、いつもはひとりで何も出来なかったし、自信がなくすぐに失敗した。

 性別も違うから、をライバルとして認識なんてしたことがなかった。



 なのに、急速には力をつけてきた。

 中忍試験では追い詰められてしか戦わなかったとはいえ、それでも勝ち抜いて見せた。

 君麻呂に負けたとはいえ、は見事な才能を見せ、少なくとも上層部はに目をつけた。

 

 才能は、元来一級品だ。

 たぐいまれなる血継限界を二つも持ち、火影候補の斎を父に持つ。

 風遁の鎌鼬を感性だけで形態を変えて見せた。

 サスケですら千鳥を遠距離の形態に変えることは出来なかったというのに、はそれを意図も容易く
やってみせた。

 自分以上の才能を目の当たりにして、サスケは焦燥を覚えた。

 周りには強い敵がいくらでもいる。

 そして、里の中の下忍では自分がトップと思っていたが、今と戦えば、勝てるだろうか。

 疑念はサスケの心を揺らして、支配していく。

 

 上座にいるを見ると、イタチと何かを話して笑っていた。

 無邪気な笑顔は、いつもと変わらない。

 あの無垢な笑顔を見る度にサスケは自分の焦燥を押さえ込もうとする。


 は、何も考えていないんだ。

 歪んだ考えも、サスケの焦燥も、知らない。

 ただ、上を目指して強くなっているだけだ。





「中忍試験の結果についてのお話なのですが、一応宮家と、うちは一族とには知らせておきたいことが
あります。」




 歓談する人々に通るように高い声音で、斎が告げる。

 話していた人々がふっと会話をやめ、視線が一番上座にいる斎に集まる。




「今回、わが娘のが中忍への昇進を辞退したことは、皆聞き及んでいらっしゃると思います。」




 斎が話題を出せば、ざわりと声が広がる。

 中忍試験の結果はまだ発表されていないが、炎一族の東宮が辞退したという噂は上忍から他の忍の間
にも広まっていた。

 中忍試験にまず出るにしても、は幼かった。

 なので別に受からなくても当然と見られていたが、上層部から打診があったのに辞退するというのは
不思議な話だ。

 普通ならば昇進というのは嬉しい物だし、早い昇進は優秀さの印でもある。

 喉から手が出る昇進を辞退するには理由がある。

 いらぬ邪推をする人間もいた。




「それについて、から少し、お話があります。」




 斎は自分より一段下座にいるに目を向ける。

 は視線が自分に集まるのを感じて怯み、イタチに躯を寄せる。




、」




 イタチが見えないようにの背中を押す。

 自分の口から説明すると決めたのはだ。

 イタチの両親であるフガクやミコトもいる。

 は何度か口を開いたり閉じたりしていたが、意を決したように言葉を発した。



「ぁわたし、が、中忍へ昇進するかも、知れないと言う話は、みんなきいていると、思います。」




 慣れない敬語で話し出せば、皆がを真剣な面持ちで見る。





「わたし、は、昇進を受けませんでした。」





 は皆の視線に怯えながらも、はっきりと口にする。

 ざわめきが広がり、の言葉に驚くような空気と、批判が現れる。

 それはへの批判もあったが、里への批判もあり、は慌ててしまった。

 特に元々うちはには里への大きな不満がある。


 今回の昇進の件で批判されるべきは、だけであったが、の昇進がなくなったことに託ける人間は
幾らでもいた。





「あ、あの、」




 周りのとがった雰囲気に飲まれたはどうして良いかわからず、おどおどと辺りを見回す。

 自分の思っていなかった方向に話が進んでいるのを感じ取ったからだ。

 斎は不快そうに眉を寄せ、困った顔で脇息に肘をついていたが、ため息をついて姿勢を正し、脇息か
ら手を離す。


 次の瞬間、ばしっと大きくはないが鋭い音が響き渡った。

 突然の音に全員が黙り込み、音の出所を見やる。

 それは一番の上座、蒼雪と斎が座る席からだった。




「花宮の話はまだ終わっていませんわ。」




 穏やかにゆったりと、淡いほほえみを浮かべた蒼雪が告げる。

 彼女の手には黒い漆塗りの鉄扇が握られていた。


 彼女が扇で斎のもたれていた脇息を思い切り叩いたのだ。





「みんな、大人だしね。子供の言うことはゆっくり聞こうよ。」





 驚く面々に斎が柔らかに言って、に話を続けるように目で促す。




「ぁ、うん。」





 両親の助けには頷いて、もう一度気を取り直して話し出した。




「わたしは、中忍試験の後、君麻呂に負けました。」





 あまり知られていない事実だが、それが真実だ。


 要するに中忍試験本戦でのの勝利は、君麻呂が自分の手を見せないためにを故意的に勝たせたも
のであって、の実力ではない。


 は一度も勝っていないし、負けてもらっただけだ。




「わたしは、中忍試験も、友達が、受けるから受けようと思いました。勝ち、進んじゃったのは、チー
ムメイトがみんな頑張ってくれたからです。」







 一緒に受けようとナルトが誘ってくれなかったら、は間違いなく辞退していただろう。

 勝ち進んだことも、の手柄ではない。


 まずは中忍試験を受けるという選択すら、自分でしていないのだ。

 たまたまみんなの気合いに押されて、勝ち進んだだけだ。




「期待した人はごめんなさい!」




 はぺこりと全員に頭を下げる。

 当然が受ける限り、一族の人間達は皆喜んだだろうし、期待しただろう。


 もしかしたら自分の東宮が昇進するかも知れないと、心躍ったと思う。

 でも、元々が受けようと思って始めたことではないのだから、他人のふんどしで相撲を取っている
ような物だ。

 例え勝てても、出だしが違う。 

 の勝利ではない。

 きっかけをくれた友人達が、を持ち上げてくれた。




「どうすべきか、本戦前も、いっぱい考えました。でもわたしは、君麻呂に負けて、攫われそうになっ
て、自分の身も守れませんでした。」




 強くなって、誰かを守りたいと思ったけれど、それはすべて勘違いだ。

 が強くなったのではなく、友達が強くなって、を持ち上げてくれたから、強くなれた気がした。

 も出来るような気がした。自分にも出来るかも知れないと思った。

 自分の身すらも、守れないのに。






「わたしは、自分の身すら守れないのに、昇進を受け入れられません。」 





 出だしも間違い、自分の身も守れないに、一体誰が守れるだろう。

 中忍は隊長ともなる人間だ。

 にその資格などありはしない。




「それで、は、忍を続けるの?」




 疑問を口にしたのは、青白宮だった。

 蒼雪によく似た灰青色の瞳が、を冷静に見返す。

 友人につられて中忍試験は受けたとして、中忍昇進を蹴って、これからはどうするのだ。


 の言葉からは、友人とともにいたいという想いだけで忍となったのが過ちであるとの示唆がある。

 将来のことを見据えた青白宮の問いは、当然のことだった。

 婿となる予定のイタチが忍であるから、別にが忍である必要もない。

 炎一族の宗主が忍として働き出したのは今の蒼雪からの話で、財力もあるのだから、嫌なのにが東
宮であるからと言って里で働かなくても問題ない。




「続ける!」





 は青白宮に迷いもなく言った。




「続ける。だって、やっと強くなりたいって思ったもん。」




 守られるだけじゃなくて、守りたいと思った。

 そのためにまず自分が強くならなければならないと知った。

 決してこの気持ちは友達につられたからじゃない。


 自分で探して、自分で見つけた。

 敬語ではない素直な反論に、青白宮から苦笑が漏れて、イタチが注意するようにの背を叩く。

 ははっと気付いて我に返ったが、その時には既に皆の間で苦笑が広がっていた。

 先ほどの批判を含んだ空気はもうない。




「えっと、だから、その、自分で、また。受けますから…ちょっと昇進は待ってくださいぃ、」




 もう語尾は本音を吐露したことが恥ずかしくて声にならず、は顔を着物の袖で覆い隠す。




「と、言うことで、青少年の主張めいたの言い訳でした。」




 斎が茶目っ気たっぷりに終わりのアナウンスをする。

 結局最初の真剣な空気が嘘のように皆が笑った。




「まぁ、これからに期待ですな。」





 うちはの壮年の男が、楽しそうにからりと笑ってを見る。

 は沈没したようにイタチに抱きついて朱い顔を隠していた。





「お疲れ様、」





 イタチもの甘えを許して宥めるように背中を撫でる。

 あまり人前で話すことがなく、人見知りも激しいにしては上出来だ。

 穏やかな雰囲気と楽しげな歓談が人々の間に戻る。

 はその様子を上座から見つめながら、柔らかい笑みを浮かべた。




( 踏みしめながら、一歩一歩 )