アスマが楽しげにビールを振り上げる。




「ナルトは残念ながらいませんが、中忍試験とごたごたお疲れ様でした!」

「かんぱーい。」




 間の抜けたカカシの声が響き、宴が始まる。

 はオレンジジュースを控えめに上げてみんなで乾杯をして笑った。

 中忍試験も木の葉崩しも一段落。

 相変わらずの焼き肉屋で、同期が全員で集まってわいわい打ち上げをやることを企画したのは、意外
なことにキバだった。

 全員いろいろあったし、戦ったりもしたわけだが、里の仲間だ。


 敵ではあるまい。

 そこは忘れてはいけないので、担当上忍達がいくらかお金を出してくれると言うことで、打ち上げと
相成った。

 ちなみに数日前自来也と共に綱手を探しに行ったナルトは不参加である。

 ただでご飯が食べられるので、後から聞けば残念がるだろうと、は少し可哀想に思った。




「でもシカマルが昇進するなんて…ありえない。」




 いのがしみじみと言う。

 誰もが同じことを口々に言っていた。

 今回の中忍試験で中忍となれたのはただ1人。シカマルだけだ。


 どうやら戦略的に相手を追い詰めた彼が、上層部から高い評価を受けたらしい。





「うん。でもイタチが、シカマルすごかったって言ってたよ。」





 は数日前に父が言っていたことを思い出して、シカマルを弁護する。

 シカマルはこの間、綱手が見つかるまで火影の代行をしている斎に挨拶に訪れたそうだ。

 父親のシカクと一緒だったそうだが、斎はシカマルを質問攻めにしたあげくどういう出方をするか散
々楽しんだらしい。

 単純な話、斎は日頃はあまり見せないが口が強い。

 上層部の老人達ですら、斎の屁理屈には勝てないと言っている。

 IQも高い上に頭の回転も速いから手に負えないのだ。


 だから、生意気な人間を問い詰めて遊ぶのが、斎の幅広い趣味のひとつだった。

 シカマルの噂は先に聞いていたので、楽しみにしていたようだったが、やはり口論に関しては斎の勝
利に終わったらしい。

 年期が違うので仕方ないことだ。

 だが、イタチはシカマルを随分ほめていた。


 いつも応戦しているイタチでも、本気の斎には到底敵わない。

 そのイタチが慣れていないのに素晴らしい防戦だったと言うのだから、おそらく凄かったのだろう。




「すごい、なあ」




 の内心の思案など知らぬサスケは理解できないため、不満そうに息を吐く。 

 本戦でろくに戦えなかった彼が昇進する機会は、まずなかった。

 残念でならないのだろう。


 は昇進に興味がないが、サスケはかなりこだわっていた。

 中忍に早くなると言うことは、内外に優秀さを示すことだ。 

 一族での自分の地位の向上のために手に入れたかった称号。

 結果を残さなければ、認められないのだと、語った彼をは思い出す。

 そして、懸命に期待に応えようと努力して、時に悲しそうな顔をしていたイタチを想って、は目を
伏せた。

 は一族での地位を意識したことがほとんどない。

 炎一族の東宮として生まれておいて酷い話だが、愛情を惜しみなく与えてくれる両親の元に育ち、病
弱でほとんど外に出ず、一族と関わらなかったは、地位や自分の一族での立ち位置を明確に理解して
いるとは言い難かった。

 今ならば、一応東宮として人を守れる立場になりたいという望みはある。

 だが、既に東宮の地位を与えられ、認められているは、一族内での立ち位置と言うよりは自分の心
の持ちようだ。

 

 基本的に炎一族の人間はに生存を望んでいても、それ以上は求めていない。

 君臨するだけで良い立場なのだ。

 生まれ持った血継限界故に一族の最高位を約束されているには、一族で認められようと血を吐く努
力をするサスケを本質的には理解してあげられない。

 認められた中で足掻くと、認められない中で足掻くサスケ。

 同じようで、全く違う。




「ま、わたしは焦らず頑張ろう。」




 母にも言われたことだ。考えても仕方が無い。

 中忍に相応しいと、父やイタチ、他の皆にも言ってもらえるようになるまでは、ひとまず中忍には昇
進できない。

 当然だ。実力伴ってこその中忍である。



「そう言えば、イタチ、昇進したらしいわね。」




 アスマの隣に座っていた紅が、に話を振る。




「あ、うん。樹(たつき)に入るんだって。」





 は少し考えて頷き、答えた。




「え、樹ってあの暗部の?」




 カカシが目を丸くしてに尋ね返す。

 カカシも暗部出身で、斎が暗部の統率機関となった“樹”を作るためにもめた時、丁度暗部にいたの
でよく知っている。

 監査機関なのでそれなりにキャリアがある人間が集まる。



 選挙で決まるためイタチを支持する隊員も多かったと言うことだが、それにしても異例の出世だ。

 カカシはお茶をすすりながら目を細める。



 イタチは担当上忍であった斎と同じ、穏健派だ。

 斎は昔から超のつく平和主義者でとことん争いを望まず、強硬派の牙城であった暗部を潰しにかかっ
た経歴がある。

 イタチも多分にその傾向を引き継いでおり、基本的な方針で斎と対立することはなく、多くの場合師
弟は一致している。

 今でも暗部には解体されたとはいえ強硬派の“根”の影響が根強く、抜け切っていない。

 樹(たつき)の空席が偶然だとしても、イタチが選出されたのは偶然ではないだろう。

 樹の長は斎だ。暗部の決定のほぼ全てを握っている。

 イタチを権力争いに巻き込むのを嫌っていた彼がイタチを昇進させる手助けをしたのは明白だ。

 おそらく派閥的な何かが出てきているのだろう。




「まぁ、斎様の推薦なら、仕方ないわよね。」




 紅はの答えに小さく笑う。

 その言葉には、斎の本質を知らぬ姿が見て取れた。


 斎のいい加減な性格を知らぬ上忍は、皆斎を信奉している節がある。

 三忍のひとり、自来也の弟子であり、“風伯”と呼ばれて数々の功績をたたえられる英雄となれば、
当然なのかも知れないが、が知るのは忍としての斎ではなく、父としての斎だ。

 技量はともかく、様付けで呼ばれ敬われるのがどうも納得いかない。




「イタチは、ちゃんと選挙で選ばれたもん!」




 が少し声を荒げて反論する。

 そして、斎の経歴はともかく、斎がすごいからイタチの実力が認められないのも、納得がいかない。

 珍しいの主張に、全員の視線がに集まる。

 たまには主張したり、反論したりすることを知るサスケですら、目を丸くしてを見る。




「ぇ、」




 皆が黙り込み自分に視線が集まったため、はきょとんとする。




「ごめん。言い方悪かったわね。」




 紅がの隣に来て、困ったような笑みを浮かべる。




「あはは、斎さんの推薦とはいえ選挙だからね。まったく人望のない奴になれるはずもないよ。それは
上忍はみんなわかってる。」




 カカシも肩をすくめて紅を援護する。

 斎の人望が絶大でも、所詮は無記名の秘密選挙だ。

 誰にいれても自由なので、権力で縛れる部分は少ない。


 ましてや暗部は人数が少ないので、イタチの性格を全く知らない人間もごく少数だろう。

 人望が全くなくて当選するはずもないのだ。




「いえ、あの…ごめんなさい。」




 は勢いをなくして項垂れる。




「良いのよ。私も言い方が悪かったわ。恋人を馬鹿にされたら誰だって嫌だものね。」




 紅はの頭をそっと撫でる。

 紅を責めるような言い方をしてしまって悪かったかと思ったが、は突然出てきた彼女の台詞に顔を
朱くする。




「え、許嫁でしょ?」




 紅はの反応に不思議そうに尋ねる。




「あ、はい。そうですけど。」





 はこくりと頷く。

 正式についこの間だ。

 祖母に認めてもらってからも、一族会議では結構もめたし、うちはの両親への挨拶へも時間がかかった。


 イタチはうちはに勘当されており、そこもネックになった。

 許嫁と言っても、元々はうちはの嫡男のどちらかと結婚する予定だったわけで、サスケもその候補に
挙げられていた。


 はちらりとサスケをうかがう。

 イタチとが正式に婚約したことを、サスケはどう思っているのだろう。

 不機嫌そうなサスケの表情を見ても、は彼の本心が見えなかった。




「えー、でも良いわよね。超エリートじゃない。」





 いのがサラダをお皿に取りながら言う。




「確かに、顔を良し、頭良し、家柄良しだもんね。上忍でも人気はあるわ。」





 紅は小さく息を吐いてを見やる。

 イタチは苛烈な嫉妬を見せることがあるとカカシから聞いているが、はどうなのだろう。

 疑問に思っていたが、は別に変化を見せなかった。




「へぇ、人気があるんだぁ。」




 さも不思議そうに小首を傾げる。




「イタチ、優しいもんね。」




 の自己完結した意見に、紅はこけそうになった。

 人気の意味を、彼女は理解しているのだろうかと、疑問になる。

 恋愛対象としての人気がある、だ。

 女性なら危機感の一つも抱きそうな物だが、には全くないようだ。

 幼い頃からを知るカカシは肩を震わせて笑いを堪えていた。




「不安とかないの?政略よね。」




 里の名家である炎一族とうちは一族の嫡子の結婚だ。そこにある思惑はどう考えてもただの恋愛では
ない。

 サクラはの意志を危惧するように尋ねたが、それも杞憂だった。




「んー、ないかなぁ…、」




 政略だと言っても、幼い頃からよく知っている相手。

 父の斎がイタチの担当上忍になったのはが二歳の時だ。

 その頃から炎一族邸に出入りしていたし、一緒に遊んでくれたり、話を聞かせてくれたりと、病弱で
同年代の友達がいないに構ってくれた。

 今考えれば五歳も年下のの面倒を見るのは大変だっただろうし、疲れていたこともあっただろうが
、嫌な顔一つせず、につきあってくれた。


 何よりチャクラを肩代わりしてくれた、命の恩人である。

 不安などあるはずもない。




「それに、イタチ、大好きだもん。」




 小さい頃から、その気持ちは変わっていない。

 彼はの中では一番の特別だ。





「だから、嬉しいよ。」





 婚約はずっと一緒にいられると約束されることだと、父は言った。

 ずっと離れなくても良いと言うことだ。





「イタチも昇進したし、わたしも頑張らなくちゃ。」 




 イタチはいつも進んでいる。

 自分の一族ではない炎一族に認められ、の婚約者になった。

 今だっていろいろな人に認められている。


 だからもそれに追いつけるように進まなければならない。

 負けていられないと思う。





「アンタ、本当に素直なのね。」





 紅は感心したようにを見て頷く。

 典型的なお嬢様育ちでかなり善良な精神の持ち主だという話はよく聞いていたが、本当らしい。

 ここまで行けば世間知らずもいっそ清々しい。

 病で外に出たことがほとんどないことを考えれば仕方ないのかも知れない。




「ただの、馬鹿だろ。」




 サスケが大きなため息をついてはき出す。

 は不機嫌そうなサスケを見ながら小首を傾げた。












( 人それぞれの思い 夢 )