ナルトが里に綱手と共に帰還したのは、下忍が集まって数週間後のことだった。

 は予告通り母に連れられ、新たに就任した綱手の元へ、足を運んだ。


 綱手は自来也と同じ年頃だと聞いていたが、見た目はまるで30代。

 母の蒼雪とも遜色がない年に見える。

 きりりと上がった眉と目尻からは、意志の強さが伺えた。

 初代火影の孫であり、三忍のひとり、そして、母の師。

 は初めて会う綱手に緊張してぎゅっと自分の胸元で手を握りしめた。





?」






 書類を抱えるイタチが、火影の部屋に母親に連れられて入ってきたに首を傾げる。

 引き継ぎの残務処理がまだ残っているのだろう。

 だが、火影の代行をしていたはずの当の斎はもう既に姿を消していた。





「お久しぶりですわ。お元気でして?」





 蒼雪はすました顔で久方ぶりの師に微笑む。






「火影なんて楽しげな地位に就くなんて思いもしませんでしたけれど、ご気分は?」





 なんの遠慮もなくたおやかに尋ねる。

 日頃よりも饒舌なのは、蒼雪が再会を心から喜んでいるからだろうが、は綱手の眉間に徐々に深い
皺が刻まれるのを見て、はらはらした。





「相変わらず変わっていないな。おまえは。」





 呆れたように綱手は息を吐き出す。





「おまえの旦那がつかんからこんなことになったんだろうが。斎はどうした。斎は!」





 ばんばんと机の書類を叩いて言う。

 斎が火影就任要請を蹴ったのは有名な話だ。

 自来也ですら斎で良いのではないかと考えていたそうだから、綱手も同じだった。

 まさか里を離れて長い自分が引きずり戻されるなんて思いもしない。





「私が帰ってきたら途端に家に帰りおって全く…」





 どうやら綱手が帰ってきた途端、とんずらしたようだ。

 最近はサボり癖のある父らしからぬ真面目さで仕事をしていたから、疲れたのだろう。





「すいません…」




 代わりに残務処理をするイタチが項垂れる。

 斎の習性をよく理解しているイタチだから、斎が逃げることは承知していた。

 警戒はしていたのだが、結局うまく逃げられてしまったのだ。




「もう少し注意しておくべきだったのですが…」

「いえいえ、書類を手伝ってくれているだけで有り難いですから。」





 綱手の隣にいたおかっぱの女性が慌ててイタチをフォローする。





「あら、シズネさんもお元気でして?」





 蒼雪が目を向けると、シズネは豚を片手で抱えたまま、もう片方の手で頭を掻いた。





「はい、何とか…」





 その曖昧な呟きが全てを物語っている。

 要するにあまりうまくいっていないのだ。




「雪、あの馬鹿はどうにかならんのか。」





 腕を組んで綱手は大きなため息をまた漏らす。


 書類は山のように溜まっている。

 火影代行では処理できなかった書類は、綱手が帰ってきた時にはすでに山のようだった。

 それを一つ一つ処理しなければならないのだから、やっていられない。

 手伝って欲しいのは山々なのに、代行をしていた本人が逃げているのだ。

 どうしようもない。




「さぁ?昔からとらえどころのない馬鹿ですから…私にはどうしようもありませんわ。」





 蒼雪はあっさりと笑って、の肩に手を置く。

 母に促され、は一歩前に出た。




「…そっくりだな。…やっぱり。」




 綱手は複雑な表情をする。

 蒼雪の出産の折、を取り上げたのは綱手だ。

 赤子の髪の色が斎と同じ紺色であることはわかっていたが、くしゃくしゃの顔をした赤ん坊がどちら
に似ているのか、まだわからなかった。

 そのまま綱手は里を離れてしまったので、と会うこともまったくなかった。


 だがひとまず容姿も性格も斎に似てくれるなと願っていたのだが、顔は完璧に斎そっくりだ。

 隣に斎がいたら、性別は違えどかなり面白い光景になっていただろう。

 蒼雪は綱手の表情に満足げに頷いて、に目を向ける。





「は、初めまして、と言います。」





 はびくりとしたが、ぺこりと頭を下げた。

 途端綱手は目を丸くしてを凝視する。





「ぇ、」






 は自分が何かしてしまったかと驚いたが、後ろにいたシズネがぽつりと呟いた。





「…普通ですね。」

「あぁ、…普通だな。」





 綱手もシズネの呟きに同意する。

 意味がわからないとイタチは目を合わせて首を傾げたが、要因は完全に斎にある。

 故を知る蒼雪はうっそりと目を細めた。



 綱手と斎の初対面の時、斎が言ったのは一言だ。



『その胸って本物?偽物?』




 挨拶もそこそこに、無邪気に尋ねた。

 自来也に口を慎めと注意されていたにもかかわらずだ。

 綱手はもはや怒る気力もなく、脱力したのだけは覚えている。

 合同で修行をやらせてみてもゲームばかりして、ちっとも話を聞かない癖に、才能だけは一級品。

 これで出来なければ忍をやめさせるのだが、なまじ何でも出来るだけにくせ者だった。



 だから、かなり覚悟していたのだが、初対面のの対応はまさに普通の人だ。





、か。あぁ、良い名前だな。」

「ありがとうございます。」





 気のない綱手の台詞にも、きちんと頭を下げてお礼を言う。





「本当におまえらの娘か?」

「あら、失礼な。そもそもを取り上げたのは綱手先生ではありませんか。言うに事欠いて…ねぇ?」





 綱手の率直な疑問に蒼雪は袖で口元を隠しながらに同意を求める。

 は頷きかけたが、イタチが前で同意するなと手を振ったため、蒼雪とイタチの顔を右往左往して困
った顔をした。

 綱手はますますイメージに合わず、わからなくなってくる。






「どこの誰の性格だ?少なくとも、おまえでも斎でもないだろう。」





 斎もくせ者だが、蒼雪もかなりだ。

 気は強いし、押しも強い。

 柔らかそうに見えて確固とした意志を持ち、苛烈な行動からまさに“炎”の宗主に相応しい気質を持
っている。


 炎一族には温かだが苛烈な性格の者が多いと言うが、まさにその通りだ。

 すべてを食らう。炎だ。

 しかしながらは同じ白炎を持ってはいるが、どう考えても苛烈さが伺えない。

 むしろ気弱そうだ。





「素直で可愛いでしょう?本当によい子に育って。」

「否定できないところが痛いな。」




 自分はともかく、子育てには成功したと言ったところか。

 綱手は今日何度目とも知れないため息をついて、を改めて見つめる。

 動作がのんびりしており、人を伺うそぶりを見せるのは、ほとんど外に出ていなかったからだろう。

 蒼雪は既に家で跡取り争いの修羅場を経験しており、かなり殺伐としていたが、彼女にはそう言った
空気は全くない。


 蒼雪が苛烈な炎だというならば、彼女は柔らかな春の陽光だ。 





「で。連れてきた限りは、弟子にしろってことかい?」

「話が早くて何よりですわ。」

「…私は厳しいぞ。」





 典型的な温室育ちに見えるを脅すように綱手はを睨む。

 は一瞬怯んだが、まっすぐと綱手を見返す。





「厳しくても良いです。」





 強くなると、決めた。

 厳しさが強くなる足がかりになると言うならば、望むところだ。





「正直最近弟子もとってなかったからな。子供の扱い方も忘れた。」





 綱手は戯れるように紙切れを弄ぶ。

 書類の整理をしていたイタチが、綱手の方を振り返る。


 綱手は持っていた紙をにまっすぐ投げつけた。

 チャクラを通す特殊な紙は、綱手のチャクラによって切れる性質を付加されている。

 の頬をかするぎりぎりの路線に投げつけられた紙の刃に、イタチが声を発そうとする。

 間に合わない。

 だが、はそれを迷わず手で止めた。





「精一杯、努力します。」





 は綱手に強く告げる。





「そうか、わかった。」





 綱手はそれ以上は止めず、ふっと笑う。






「良いだろう。明日から毎日しごいてやる。覚悟しておけ。」

「はいっ、」





 は紺色の瞳を輝かせて、嬉しそうに返事をする。

 蒼雪も満足げに微笑んで、とんとの背中を叩いた。






「私は綱手先生と少しお話があるから、先に帰っていなさいな。」

「うん。母上様。」





 は安心したのか、きゅっと蒼雪に抱きついてから離れ、火影の執務室を出て行く。

 イタチは写輪眼に変わった目をまるくしたまま、の背中を見送った。





「一瞬だったな。」





 綱手はさっきの様子を思い出す。

 風の性質変化を付け加えた刃と化した紙。

 全面が刃であるため、避けることが要求される。

 の反射神経がどの程度の物か確認したかった綱手の意志に反して、はそれを受け止めた。

 全面が刃であるため、受け止めるには綱手のチャクラをどうにかすることが必要とされる。

 は無意識のうちに綱手がどの程度のチャクラを使ったか判断し、自分のチャクラをぶつけて相殺し
たのだ。

 写輪眼など、はチャクラの量を推し量る術を持っていない。


 本能、才能と呼ばれる部類の力だ。





「いい目をしてる。」





 まっすぐで、まったく何者にも染まっていない綺麗な瞳だ。

 病弱だった故に、まっさらな瞳は、今から何でも手に入れられる。




「そうですか?」




 蒼雪は師のほめ言葉に嬉しそうに笑う。





「あぁ、綺麗な目だ。斎並みに筋も良い。チャクラコントロールさえ覚えれば化けるぞ。あれは。」





 綱手は机に肘をつき、楽しそうに書類をめくる。

 本当に将来有望な逸材だ。

 育て方さえ間違わなければ、本当に火影を狙える人材に育つだろう。


 才能も、気概もある。




「火影も、なかなか悪いもんじゃないな。」






 ナルトがいる。

 も入る。

 彼らは新たな自分たちの未来であり、夢だ。

 今から何にだってなれる。何だって目指せる。

 それを育てることが出来る、守ることが出来る立場にたったことを、綱手は嬉しく思う。





「私も負けていられんな。」

「その通りですわ。」





 蒼雪が楽しそうに賛同して、の出て行った扉を見やる。

 夢の欠片は、まだ始まったばかり。





( 儚い物 だれかの思いの欠片 )