無条件で自分を認めてくれる両親。

 東宮に社会的地位を求めない一族。

 やさしく、ただ穏やかに見守ってくれる周囲の中で、強制されることなく伸びやかに、ありのまま育
つことを許された彼女に向けたのは、嫉妬や憎しみではなく羨望と淡い恋心だった。

 その、はず、だった。



 誰よりも努力してきた。

 アカデミーでは誰よりも賢く、兄には劣れど、同期の中で一番の力量があると自負していた。

 なのに、先に認められたのは同じ班にいるだった。



 思えばがアカデミーに通っていたのはたった一年。

 病弱であったため人とかかわることすら不慣れで、授業方式など到底分かるはずもないの状況を考
えると、が実力どおりの力を発揮していたとは考えにくい。

 力は使い方を学ばねばならない。

 自分の力の正体すら知らなかったに、上手に何かができたとは思えないし、誰もの才能や実力を把握していなかっただろう。


 アカデミーを出てから彼女の才が見え始めたのは、当然のことだ。

 そして、アカデミーの成績は彼女より自分が優れているという証拠にはなりえない。

 彼女の力がすべて発揮されたことなど、今までなかったのだから。




「サスケ?」





 声と共に、くぃっと服を引っ張られる。

 見ると不安そうにこちらを伺うがいた。




「ごめん、ね?」




 は俯いて言う。

 謝罪は斎の適当な采配についてだろう。

 彼の適当さは今に始まったことではないし、親子とはいえが謝ることでもない。




「別に斎さんはいつもあんなだ。」




 そうを慰めながら、サスケは僅かにそうだろうかと自問した。

 斎は非常に鋭い目を持ち、教育者としても定評がある。

 彼が、本当にたまたまでを班長にしただろうか。

 火影となった綱手がを押したようだったが、異論を唱えないと言うことは、斎だってを相応しい
と考えたのではないかと、思う。

 少なくとも、遜色ないと考えたのでは、と。




「ま、なら問題ないよな。」




 頭の後ろで手を組んで、ナルトは朗らかな笑みを浮かべる。




「確かに、、大人しいけど結構頭使うもんね。」




 サクラも笑ってに後ろから抱きついた。




「きゃっ、」




 はぐらつきながらも、何とかこけずに持ちこたえる。

 友人達の言葉は嬉しいが、それでも上の立場に祭り上げられるのは慣れないし不安を覚えるようだ。

 俯いて目を伏せてから、頭から不安を吹き飛ばすように左右に頭を振る。




「が、がんばるっ、精一杯。綱手先生にも、言われたし。」




 両手の拳を握りしめて、は言うが、どうにもしっかりしているようには見えず、サスケはため息を
ついた。

 どうして自分ではなくてなのだという思いはどうしても消えない。




「そうよ。、案外強いものね。」




 サクラはの手を握って、大丈夫だと元気づける。




「そうだってばよ。大丈夫大丈夫!」




 ナルトももう一方の手をとって、同じように賛同した。

 緊張しがちなだが、緊張さえなければかなりうまく任務がこなせることはよく知っている。

 実力だって、認めているから、2人はを励まして、朗らかに笑う。


 だが、サスケはどうしてもそうは思えなかった。

 認め合うのは友情ではなく、実力であるはずだ。

 の実力は自分以上の物なのだろうか。

 とサスケはアカデミーでも直接やり合ったことはなく、今の実力差など戦ってみなければわからな
い。

 他者より優れているという証明は、戦いに勝利できてこそつくものだ。


 しかし、はサスケとの戦いなど望んではいないだろう。

 どうやったら、彼女よりも優れていると証明できるのだ。




「ま、サスケより良いってばよ。」 




 にやぁと笑ってナルトはサスケを挑発する。

 それは、いつも通りの彼の行動であったが、平常心からかけ離れた心持ちのサスケにとっては刃に等
しい言葉だった。




「どういう意味だ。」




 冷たくサスケはナルトに問う。

 ただおちょくったつもりであったのに返ってきた本気の声音にナルトは驚いたようだったが、真っ向
から彼の視線を受け止める。




「そのままの意味だってばよ。だって、良い奴だもん。」

「…隊長に良い奴かどうかは重要じゃないはずだ。重要なのは実力だろ?」





 サスケはナルトの言葉に吐き捨てる。

 ナルトが眉を跳ね上げた。




「それって、が実力がないってのかよ。」

「取り方はいろいろだろ?」




 サスケは真っ向からナルトを睨み付ける。




「ふ、2人ともやめなよ!」 




 サクラが慌てて止めに入るが、2人は聞いていない。

 はよくわからず2人の顔を見比べる。

 何故こんな本気の喧嘩になっているのか、状況が飲み込めない。


 ただ、に、二人の主張が真っ向からぶつかり、本気になっていることが見て取れた。




「何が文句があんだよ!斎さんと綱手のばっちゃんが決めたことだろ!?」

「斎さんはたまたまだって言ったろ。それに来たばかりの火影に何がわかる!?」




 綱手が長らく里を離れていたのはもう周知の事実だ。

 里の忍の才能など把握しているはずもない。


 そう言う点では、綱手と近しい間がらの両親―火影代行をしていた斎と綱手の弟子であった蒼雪―が
いるは、すぐに口利きしてもらえ、有利な立場にいる。

 知り合いの娘であれば、綱手とてわからない中で選びやすいだろう。

 それを暗に示されて、ナルトはサスケに掴みかかる。




「おまえは、を認めてないのかよ!」




 ここのところ一緒に修行をし、懸命に頑張るの姿をずっと見てきたナルトにとっては、の実力を
認めないサスケの言葉は仲間への暴言に聞こえた。

 仲間を一番認めてやらねばならないのは、仲間だ。


 ナルトは叫んだ科白に、がはっと顔を上げるが、それよりも周囲を見回した。




「なんか文句があんのかよ。」

「あるに決まってんだろ!?」




 怒ったナルトが、サスケに殴りかかる。

 はとっくみあいの喧嘩を始めた2人に、焦る。


 ここはただの道路だ。

 普通の木の葉商店街の道の真ん中である。

 突然始まった子供の喧嘩に、周りの人がざわつき始めている。


 忍ではない人間もいる。

 ヒートアップしている2人は気付いていないが、一般人を忍の喧嘩に巻き込めばどうなるかなど明白
だ。

 ましてや忍同士の私闘は基本的に禁止されている。



 ナルトを殴ったサスケが飛び退き、右手を構えた。

 ナルトも同じように右手を構える。

 はサスケの千鳥も、そしてこの間の修行の時にナルトの螺旋丸見ている。


 2人が、チャクラを練り、互いに突っ込む。

 は透先眼を開いて2人の動きを慎重に計りながら、ナルトとサスケの間に割って入った。

 サスケの千鳥を左手の鎌風で相殺、ナルトの螺旋丸をナルトの右手を掴むことによって止める。

 サスケの千鳥は本気であったが、ナルトの螺旋丸は本気ではなかったため、あっという間にかき消さ
れた。




「やめて、」




 鋭くはないが、深い声音で告げて、それぞれナルトとサスケを睨み付ける。




「こんなところで争って、けが人でも出すの?!」 




 千鳥と螺旋丸の威力は恐ろしい。

 一般人に直接の被害はなくても、飛び散った石や砂で怪我をすることだって十分に考えられる。

 の意見は冷静で、当然の物だった。

 頭に血が上っていて気付いていなかったナルトはばつの悪そうな顔で俯く。




「どけ、、」




 怒りのおさまっていないサスケはばちりと右手に千鳥を纏わせる。

 は目を見張って彼のこれからの行動を見逃さぬようにと、薄水色の瞳を光らせる。


 だが、その次の瞬間、後ろからサスケは刃を突きつけられた。

 尻尾のような刃だ。




「動いた途端、殺す。」




 あまりにも重い殺気を含んだ声は、サスケと相手との間の実力の差だ。

 ナルトはサスケの後ろにいる、不格好な傀儡に凍り付く。

 刃は亀とも見える甲羅の後ろから出ている尻尾だった。




「ガキの喧嘩はよそでやれ、」




 低く冷たい声で注意して、尻尾がひらりとサスケの首元から離れる。

 唐突にかちりと傀儡が外れるような音が出て、甲羅が開く。

 中から現れたのは、どう見ても14,5の背の低い赤毛の男だった。




「サソリ!」




 が嬉しそうな顔をして名前を呼ぶ。




「どうしてここに!?」




 さっきまでのやりとりをまったく忘れたように、尋ねる。


 サソリは砂隠れ出身の忍で、の両親の斎と蒼雪の幼馴染みだ。

 砂隠れと木の葉隠れは木の葉崩しでもめたが、同盟をし直した。

 とはいえ、サソリは全く里の政治に興味がなく、隠居同然の生活をしていたはずだ。


 そんな人物が砂隠れからわざわざ出てきたなら、驚くのは当然といえた。


 サソリはの驚きに嫌そうな顔をしながら、ふてぶてしいため息をついた。




「砂隠れ代表として火影就任を祝いに来たんだよ。たりぃ…」




 やる気のない来賓を、サソリの後ろにいた砂隠れの忍が慌てた様子で見ていた。

 



( 否ということ )