サソリは火影の部屋に置かれた椅子にふんぞり返って足を投げ出す。

 綱手はと言うと、偉そうな来賓に目をぱちくりさせていた。


 当然だ。面識はない。


 そしてこれほど偉そうな他国からの来賓もいないだろう。

 綱手はちらりと斎を睨み付ける。

 この酷く尊大なサソリの態度は、幼馴染みである斎がいるから、と言うところも大きかった。




「あぁ、俺は炎一族邸に滞在する、気楽だしな、」




 勝手に滞在先を言い放ったサソリに、斎はため息をついた。




「あのさぁ、サソリ。僕が雪に殺されるんだけど。」

「何ほざいてんだ。どうにかしろよ。お前の嫁だろ?…それに俺は今回砂隠れの代表だぜ。」




 さっきの嫌そうなやる気のない顔はどこへ行ったのか。

 偉そうに言って、後ろのを見る。




は賛成だろ?」

「うん。賛成!」




 サソリに懐いているは何度も頷いて賛成の意を示す。

 娘に言われれば斎とてどうしようもない。


 だが、イタチだって賛成しないであろう事は明白だ。

 は懐いているが、イタチはだからこそサソリが嫌いだ。

 理由は簡単。を独り占めできなくなるからだ。

 妻の蒼雪もサソリを幼馴染みだが好んでいる節はない。

 とイタチのいる東の対屋には泊められないし、蒼雪の部屋である北の対屋も然りだ。

 寝殿はいつもは蒼雪と斎の寝室になっているし、広間も有るが、今日は蒼雪を説得して北の対屋で寝
て、サソリに寝殿をかすしかない。

 斎は蒼雪説得の労力を考えてため息をついた。




「どうでも良いが、そいつらどうするんだ?」




 サソリはの後ろにいるサスケとナルトを親指で示す。

 の隊長就任に対するサスケとナルトの喧嘩は、すぐに綱手と斎の耳に入ることになったが、砂隠れ
からの来賓であるサソリの対処の方が優先されたのだ。

 路上での忍術を使っての喧嘩も問題だが、ナルトとサスケの行動は完全なる命令違反だった。


 まだ、何の処分も言い渡されていない。

 はサソリに会えた喜びですっかり忘れていたようだ。

 目をぱちくりさせて、途端に表情を曇らせる。




「そもそも、商店街で忍術を使うことが論外だよ。一般人に怪我させたらどうするの?」




 斎も流石に腰に手を当て、眉を寄せて怒った顔をする。




「ごめんってばよ。」




 ナルトは大人しく反省のそぶりを見せる。

 実際に商店街で一般人に怪我をさせれば大変な問題だ。傷害で裁判物である。




「否、まぁ、うん。わかってくれれば、」




 素直に謝るナルトに、怒っていた斎も拍子抜けしたのか、紺色の髪をかりかりと掻いて微妙な顔をす
る。

 元々彼は怒るのが得意ではない。

 だが、そんな簡単に許せない問題もあった。




「違うだろ。斎。」




 サソリがそのまま甘く許そうとする斎を睨み付ける。




「そっちの金髪チビの方は良い。黒髪の方だ。」




 子供のような手でサスケを示してから、サソリはの方に邪魔だからあっちへ行けとでも言うように
手を振った。




、おまえも、帰ってろ。そこのピンク頭もだ。正直金髪もどうでも良い。」

「…・サスケとナルトの、処分は?」




 は不安で、サソリと綱手の顔を交互に懇願するように見つめる。

 二人とも喧嘩をして一般人を巻き込みそうになったというそれだけで、未遂だ。

 命令違反もしていないし、喧嘩はそもそもナルトがを庇ってくれたのが原因。


 些細なサスケとナルトの意見のすれ違いであって大したことはない、

 そうは訴えたが、綱手と斎は顔を見合わせた。




「ナルトは正直別に良い。そのまま任務に出てもらうか?」

「そうですね。ナルトくんとサクラちゃんにはそのままと行ってもらおう。ナルトくんはよく反省するよ
うに。良いね。」




 厳重注意に止めると言う形だ。

 綱手と斎の判断にはほっと息を吐いて、矢継ぎ早に「サスケは?」と尋ねた。




「サスケはどうなるの?」

「…うーん。」




 斎は娘に対してはっきりした答えを出せず困ったように髪を掻き上げ、綱手の方を振り向く。

 綱手もの前でサスケを断罪するわけにも行かず、腕を組んで黙り込んでしまった。


 はますます不安そうな顔をする。

 ナルトが軽い注意で終わったのだ、サスケも同じですむだろうと思っていたのに、大人達は一向に頷
かない。

 ナルトとサスケの行動が何か本質的に違うと判断されていることはわかっても、には明確にそれが
どういう行動だったのかわかっていなかった。




、出ろ。」





 サソリは遠慮なく命令口調で言う。




「でも、」

「出ろ。罪は罪、罰は罰。」




 がなお言い募るが、彼はあっさりと言い切って子供達を外に出そうとする。

 半ば放り出される形となるとナルト、サクラは不満であったが、大人に言われてしまってはどうし
ようもない。

 まして彼らの決定を自分達も覆すことは出来ない。


 ならばサスケのプライドからして聞かれるのは嫌だろう。


 大人しく退出した。

 火影の部屋に残ったのは斎と綱手、サソリ、そしてサスケだ。




「失望、したか?」




 ぽつりと、サスケは呟くように小さな声で言った。

 斎はとよく似た紺色の瞳を僅かに見張って、首を振る。





「失望してるわけじゃないよ。」




 そう言って、近くにあった椅子を引いて座る。




「ただ、もう少し理性的とは、思ってたかな。」




 年の割には聡い子、

 斎のサスケに対する印象はそうだったが、激情を併せ持つことも、知らないわけではなかった。


 イタチもよく似ているからだ。

 彼もまた、その冷静で冷ややかな無表情の中に、激情を持つことがあったから。

 ただ、考えて物を言うと思っていた。行動に移すには考えると、思っていた。




「私闘未遂。命令違反、そして傷害未遂だ。に手を出そうとした。」




 サソリは殺気を含んだ視線をサスケに向けた。

 綱手は目を丸くしてサスケを見るが、斎の表情は静かなままだった。


 ナルトとサスケの行動は本質的に違う。


 ナルトはを庇いたかったのだ。

 仲間を悪く言われたような気がしたから。 

 だからをないがしろにするサスケの言うことに本気で怒って。

 もちろん町中での喧嘩はほめられた物では無いし、厳重注意は当然だ。

 だが、基本的には命令通りを班長として認め、上層部の決定を固持したと言う点では間違いではな
い。


 サスケは違う。

 怒りに駆られたまま、にすら手を出そうとした。

 喧嘩をしたのだから、ナルトを攻撃するならば仕方が無いだろう。目をつぶろう。

 それでも、上層部の決定に従わなかったという命令違反、ナルトと同じく私闘への参加、そして何よ
りも『傷害未遂』だ。

 何もしていないに手を出そうとしたことが問題なのだ。




「おまえ、わかってたろ。」




 サソリは斎にも怒りの目を向ける。




「…」




 斎は肯定も否定もしない。

 サスケは焦燥故ににまで手を出そうとしたのだ。
 沈黙をもっての返答が、彼がサスケの行動も焦燥もすべて知っていることを示していた。

 サスケはぐっと奥歯をかみしめ、真っ向から斎を睨み付ける。




「結局、全員がを相応しいと思ってるってことかよ。」




 吐き捨てるような科白に、斎は大きく息を吐いて説明した。




「客観的な意見として、は人の意見に対する受容性が高く、かつ妥当性のある案を決断することだっ
て出来る。は気は強くないが、控えめな決定も、班員ならば、聞くと思った。」




 は気は強くないが、人の意見をよく聞く気質にある。

 そのため様々な意見を視野に入れながら、妥当な案を考えることが出来る。

 問題は、考えたことを言葉にするのが苦手だという点だ。


 だが、それも、ずっと一緒にいる班員ならば、根気よく聞くだろうと少なくとも思った。

 斎の判断は親としてではなく、理論的ではあった。




「実力的にも、問題はないだろう。それは私が一番知っているし、保証している。」




 綱手も腕を組んだままを弁護する。

 基礎能力は高く、態度も真面目だ。



「ついでに自信もつけば万歳だと思ったのさ。」




 彼女に必要なのは一つ。自信。

 それを今回の任務でつけてくれることを、誰もが望んでいた。




「そんなこと、関係ねぇだろ。」




 サソリは二人の『理由』にうんざりした顔をする。




「ひとまず、自己中で勝手な行動をするおまえよりも今回の任務ではが相応しいと思われた。要する
にそう言うことだ。」




 端的に言えば、もしもサスケの方が遙かに優れているならば、斎や綱手も考えただろう。

 均衡していた上に、の能力上の利点や気質も加味され、を相応しいとしたのだ。

 それは上層部の決定であり、また上司の決定である。


 意見はできても、反対はできないはずだ。今の下忍のサスケには。

 まして当事者であり、サスケ以外の班員は認めている。




「一応、自宅謹慎って事にしようか。」




 斎は困ったような顔で、綱手を伺う。




「そうだな。2週間自宅謹慎。チャクラの修行も基本的には禁止とする。」

「2週間!?」




 サスケは呆然とした面持ちで咄嗟に返すが、綱手の表情は真剣そのものだった。




「本当なら、拘禁されても文句は言えないとこだぜ、」




 サソリはあきれ顔でしれっと言う。

 確かに、傷害未遂となれば確かに拘禁されても文句は言えないが、相手はだ。

 班員同士の小競り合いをこれほどに罰するのかと、苛立ちにも似た気持ちになる。


 サスケは俯いたまま、何も言わない。

 斎はそのとんがった頭を見ながら、眉を寄せていた。







 




( 相応しいか 相応しくないか )