結局予定されていた任務はサスケの処罰の関係のせいか、中止になった。

 そもそも結界を壊すという任務だったわけだが、蒼雪の任務の方が早く終わり、不確定要素の多い
を出さなくても、蒼雪に言ってもらえば問題ない事になったからだ。

 結界の破壊は要するに白炎使いならば誰でも出来る。


 蒼雪でもでも遜色はない。

 むしろ蒼雪の方が安定的なので、班の状況も鑑みて結局、は次の日家でじっとしていることになっ
た。

 そのため、庇の上で枕を抱きしめたまま毛布と共に惰眠をむさぼっていたは、足音に顔を上げた。





「どうしたんだ?」






 御簾を上げて、中からイタチが出てくる。

 彼は昨晩遅くに帰ってきた。

 大抵の場合暗部の任務は夜が多いから、仕方が無い。


 疲れていたのか、昼を過ぎた先ほどまで眠っていたはずだ。

 とはいえ、だって同じだ。


 任務が中止になったため、昼過ぎまで眠っていた。




「眠かったんじゃないのか?」




 どうやら庇でごそごそと芋虫のように動いていたを御簾越しに見ていたらしい。

 いまいち目が覚めなくて、ひとまず端近に行けば風に当たって目が覚めるかと思ったのだ。


 はなんと答えて良いか分からず毛布に頬をすり寄せながら毛布に足を絡めた。

 どうしても毛布を離して起きる気にはなれない。




「うぅん…眠いような眠くないような。」

「どっちなんだ?」

「うーん。わからない。」




 なかなか眠れないのだ。


 昨晩もそんな感じだったから、随分眠れていないし,眠いはずなのに、眠れない。

 靄がかかったような視界と、考えのまとまらないけれど、動き続ける頭。

 自分でもどうして良いか分からないというのが、事実だ。





「父上様、もう帰ってきた?」





 寝殿の方を見れば灯が揺れている。

 侍女か誰かが動いているのだろう。




「さっきのぞいてきたら、サソリさんと酒盛りをしていたぞ。」




 イタチは嫌そうな顔をした。

 は苦笑する。 


 そう言えば昔から、イタチはあまりサソリが好きではなかった。

 今回だって、半ば不本意だろう。


 だが、は結構喜んでいた。

 サソリは面白いし、根本的なところで優しい。

 だから、は結構好きだった。


 ちなみにそれがイタチが嫌いな原因であることをは知らない


 父の斎はお酒に強いから、多少飲んでも酔わないだろう。

 酔っぱらいの相手をする必要がないのは有り難い。

 母は結構酔っぱらうと怖いから。





「そう言えば、サスケが自宅謹慎らしいな。」




 イタチが唐突に話を振ってくる。

 おそらく、任務帰りにでも他の忍から聞いたのだろう。


 サスケの処罰の話は、あっという間に里に広がった。 

 なんと言っても里一番の名門うちは一族の嫡男であり、アカデミーを首席で卒業した男の処罰だ。

 口さがない物の壁をたてることも出来ず、様々な憶測が飛び交っている。

 まして当事者の兄の耳に入れて情報を探ろうとする浅慮な人間は多い。


 イタチはゆっくりと大きな柱に凭れて、庭に目を向ける。




「…うん。そうだね。」 





 は頷きながらイタチを見上げた。

 弟を、心配しているのだろうか。


 そりゃそうだろうと思う。


 イタチは結構年の離れた弟であるサスケをかわいがっていた。

 少しが焼き餅を焼きそうなくらい、かわいがっていたのだ。

 だから、心配をしていることだろう。




「一体、何があったんだ?」





 庭に向けていた目を、イタチは静かにに向ける。





「大したことじゃ、ないんだ。ただ、サスケ、ナルトと喧嘩しちゃって。」

「だが、ナルトくんの処分は、厳重注意だろう?」





 冷静に返されて、は怯んだ。

 その綺麗な漆黒の瞳は、の感情をいつも見透かそうとする。

 真実を、探ろうとする。




「先生に聞いたよ。」




 斎から聞いて、彼は知っているのだ。

 ナルトが厳重注意で、サスケが自宅謹慎であることを。

 理由までは、斎は話さなかったのだろう。

 だから、からイタチは聞き出そうとしている。



 は俯いて目を伏せた。

 今のでが今回の事態の真相を隠そうという意図があると、イタチはわかってしまっただろう。

 イタチは柱の方からの所まで歩いて来て、膝をつく。





「別に、おまえを怒ろうというわけでも、サスケを怒ろうと思っているわけでもない。ただ、真相を知
りたいだけだ。」




 枕を抱きしめて転がっているの頭を撫でて、彼はそう言う。

 は心地良い声音を聞きながら、どうだろうと思った。

 本当はサスケが一瞬自分を攻撃しようとしていたことも、サソリがその攻撃から自分を守ろうとして
くれたことも、だからこそ、ただ喧嘩をしただけのナルトよりサスケの処罰が重かったことも、分かっ
ていた。

 わかってしまった。サソリと父の態度から。


 イタチはサスケを弟として大事にしている。

 それと同時にのことも、とても大切にしてくれている。


 イタチは、どう思うだろう。


 決して自分を怒ろうなどと思っているとは考えていない。

 けれど、サスケをどう扱うだろう。

 そう思うと、とても怖かった。




「わたしを、ちょっと、サスケの方は、巻き込みかけたんだ。だから、」





 は結局、曖昧な答えを返すことにした。

 嘘はすぐにばれてしまうから、本当を交えて曖昧にした。

 イタチはの発言にあえて突っ込みをいれることも詳しく聞き出すこともなかったが、その漆黒の瞳
には確かな怒りの色があった。





「ぐ、偶然なんだよ。たまたま、その、わたしもちょっと入っていく時が悪かったから。」

が、心に負うことじゃない。」





 は慌てて弁解したが、イタチは首を振った。





「守る人を守れない力なんて、意味がない。」





 漆黒の瞳が、強い光を宿している。

 それをは驚きで見つめた。


 イタチは優しい。

 穏やかでまるで優しい明け方の夜のような、柔らかな色合いの漆黒の瞳は、いつもを安心させる。

 けれど今は、いつもと違う、ずっと鋭い色合いの目でを見ていた。





「いた、ち?」




 不安になって名前を呼べば、はっとした顔でイタチが目を見開いて、ゆっくりとに優しい眼差しを
向ける。





「どうした?」




 いつもの、優しいイタチだ。

 ほっとしては甘えるようにイタチの首に手を回す。


 するとそっと背中に手が回って、優しく撫でてくれた。

 戯れるように抱きしめあって、くすぐったさに少し笑う。




「綱手様に、怒られたんだ。」

「え?」

を心配しすぎだって。」




 イタチは少し寂しそうに笑って、の額に口付ける。

 は彼を見上げて、淡く笑う。




「イタチはわたしを甘やかしすぎなんだよ。」

「そうか?」

「そうだよ。みーんな言ってる。父上様だって。」

「…斎先生だって、十分に甘いがな。」




 不満そうにイタチは言う。

 の父、斎はなんだかんだ言って一人娘のに甘い。

 怒られたことは諫められる程度でほとんどないし、いつもべた甘だ。


 それでも、その斎が言うくらい、イタチがに甘いことに変わりはないのだが。

 だからは笑ってイタチの頬に口付けた。

 少し恥ずかしいけれど、精一杯の勇気だ。




「ありがとう、心配してくれて、」




 恥ずかしくて、顔を赤くして言うと、イタチは少し驚いた顔をしたが、柔らかく笑う。





「どういたしまして、」

 

















( しずかなる あいだ )