サスケの謹慎処分があちこちに伝わるのに時間はかからなかった。




「ありえないわよ。信じられなーい。」




 いのが叫ぶ。




「うん。私もよくわかんないのよね。ナルトもサスケくんも同じ感じで喧嘩したはずなのに、どうして
サスケくんの方が罪が重いのか。」





 サクラは首を傾げて悩むそぶりを見せる。

 彼女とて決して綱手や斎の処罰が不当だとは思ってはいないが、理由がよくわからないというのが、
本当だった。




「サスケくん。すごく優秀だったから、処分なんて、」




 ヒナタもかなり驚きらしく、目をぱちくりさせている。

 それを聞きながら、は複雑な気分になった。

 里に少し足を踏み入れてみれば、サスケの処分の話はいつの間にか里で有名な噂になっていて、
すら居たたまれなくなるほどだった。


 サスケが自宅謹慎というのは、正解かも知れない。

 プライドの高い彼には今の状況は耐えられる物では無いだろう。




「こっちも任務に出してもらえないとかで、結構大変なんだけどね。」




 サクラは困ったように言って、腰に手を当てた。

 4人いないということで、班に入る任務はくだらないものばかりで、ナルトは唸っていた。

 他の班は任務らしい任務にも出ているのに、未だ瓦礫をどけるとか言う復興支援くらいで、達の班
が忍としてまともな任務を行うことはなかった。


 それが、和を乱した達の罰でもあるのだろう。  

 そして、おそらく隊長とされたのに、班をまとめることができなかったへの。




ちゃん?」




 ヒナタが心配そうにこちらを向いていた。




「どうしたの?」

「いや、何でも、ない。」




 はしばらく考えて、そう口にしてしまった。


 どう言って良いか分からなかった。


 本当のことを知れば、サスケが好きなサクラといのはどう思うだろう。

 イタチは、


 そう思えば、なかなかこの間のことを詳細に口にする気にはなれない。

 ヒナタはの答えに納得したふうはなかったが、その場では聞かなかった。


 木の葉の商店街は、サスケとナルトが喧嘩した時と同じように、人がたくさんいる。

 特に4時過ぎで夕飯の買い出し時間だからだろう。

 人の波にもまれながら、どうにか前に進んでいく。


 子供達の笑い声が聞こえる。




、大丈夫?」




 人波の少し先から、サクラの声が聞こえる。

 は人慣れしていなくて、どうしても人混みを進むのは苦手だ。 

 一生懸命進んでいるつもりでもすぐ置いて行かれてしまう。


 いつの間にか、サクラやいの、ヒナタの頭が見えなくなる。

 は前に進むことをやめて、足を止めた。




「きゃっ、」




 人に押される。

 前に進めず、逆に反対方向に引きずられてしまう。

 抗おうとはしているが、難しい。

 結局ずるずる後ろに下がって、商店街の入り口あたりまで戻ってきてしまった。




「…サクラたち、もう帰っちゃってるよね。」




 は小さなため息をついて、商店街の外れの道に出る。

 少し回り道をすれば帰れないこともないから、遠回りして帰ろう。

 とぼとぼと歩きながら商店街の外れの道を見ると、人っ子一人いない。

 後ろの道にはたくさん人がいて、笑いあって、声を上げて、嬉しそうな人達が行き交うのに、外れの
道には人一人いなかった。


 はどうすれば良いのか分からず途方に暮れる。



 風が砂埃だけを巻き上げていく。

 ふっと、幼い頃を思いだした。

 ひとりで遊んでいたサスケの影をそこに見る。

 イタチに構ってもらえない時、彼はいつも一人だった。

 たまに父に忍術を学び、修行をつけてもらうイタチに連れてきてもらえなかった時、の屋敷の前で
佇んでいたのを見たことがある。


 幼い彼が、友達を連れているのは、見たことが無い。

 それをは自分に当てはめて当たり前のように思っていたが、きっと違うのだろう。

 病弱での周りには同年代の友達がいなかったから、サスケに友達がいないことも、普通だと思って
いた。

 思い違いだと言うことに、アカデミーに入って、は初めて気付いた。




『兄さん、』




 サスケはいつもイタチの後をついて回っていた。

 大抵の場合はイタチも彼がついてくることを拒みはしなかったが、修行の時などは師である斎への気
恥ずかしさからか、サスケを酷く扱う時もあった。

 今思えば、サスケにはイタチしかいなかったのかも知れない。

 


 の周りにはが病弱故に誰かがいた。

 確かに同年代の友達はいなかったが、常に人がいた。

 愛してくれる両親がいて、慕ってくれる一族の人がいて、それはが病弱でも落ち零れでも、何でも
無条件で与えられるものだった。


 でも、いつも優れていなければならないと言うサスケは、違うのだ。


 常に優れていなければ必要とされない。

 その彼にとって、が隊長として選ばれたことは、許し難いことだっただろう。

 それは一瞬だったとしても、たまたまだったとしても、が優れていると認められたと言うことだ。




「やっぱり、わたしが、悪かったのかな。」




 は小さな声で呟く。

 綱手が押してくれたから、頑張ろうと思ったが、確かに実力で行けばサスケの方が遙かに相応しかっ
たはずだ。

 それを考えずに、変な自信を抱いてしまったのはだ。

 サスケのことを考えて上げられなかった自分に嫌気がさす。

 

 はサスケとナルトが喧嘩を始め、それを止めに入った時、彼の殺気は分かっても本気だとは思わな
かった。 

 サソリが火影の執務室で本気で怒っているのを見るまで、彼の殺気が本気だったなんて分からなかっ
た。

 けれど、サスケのことを考えれば、怒って当然だと思う。

 実力あるサスケを差し置いて、が隊長に任命されたのだから。




「今日、父上様に言おう。」




 サスケが悪いんじゃなくて、が悪かった。

 だから、ごめんなさいを父にも、サスケにも言わなくてはならない。

 実力を勘違いしてはならない。


 隊長にと言われて、不安だったけれど、喜んでしまった。

 でもやはり、にはまだその実力はなかったはずだ。 

 人のいない道で、小さな葉っぱが揺れている。


 佇む漆黒の影が、揺れる。




ちゃん!」




 後ろから声をかけられて、は弾かれたように顔を上げた。

 そこには、少し眉をハの字にしたヒナタがいる。




「ひ、ひなた?」

「良かった。見つかって。」




 探しに来てくれたらしく、ヒナタの息は荒い。




「帰ろう。」

「う、うん。」




 は手をさしのべるヒナタに、躊躇いがちながら頷く。




「…どうしたの?家に、帰りたくないの?」

「うぅん。」




 は肯定でも否定でもない答えを返す。

 父の斎も、イタチも、あれからサスケのことについてはほとんど口にしない。

 事の顛末をどれくらい正確に理解しているのだろうか。

 そう思えば二人と顔を合わせるのも何やら気まずくて、は最近早起きをして早朝から修行に出てい
た。


 の不自然な動きにイタチだって気付いている。


 彼のことだ。を問い詰める機会をうかがっているだろうから、はもの凄く警戒していた。

 本当のことを言うと、あまり帰りたくないのだ。家に。





「サスケくんのこと?サクラちゃんと、いのちゃんは先に帰ったけど。」





 ヒナタは心配そうな顔をしながら、そう説明した。

 は重要なことはサクラといのに相談しない傾向にある。

 結論を求めるよりも、ぐずぐず言いたい気分の時は、ヒナタが適任なのだ。


 ヒナタが言うには、サクラといのは、のことをヒナタに任せて帰ったという。

 どうやら親からの門限が早いらしい。

 もヒナタも旧家出身だが、の両親は放任主義、ヒナタの両親はヒナタに期待していないため、ほ
とんど干渉しない。

 そのため門限も比較的緩やかで、融通が利いた。


 ヒナタがを探す役目を請け負ったのも、だからだ。

 正反対の理由ながら、放任であることに、ふたりとも変わりない。




「うん。サスケ、さぁ。わたしに殺気を向けたから、謹慎になったん、だ。」




 はぽつぽつと事の顛末を口にする。

 するとヒナタは驚いた顔をして、それから「そう」と納得したような顔をした。





「サスケくん。多分、中忍試験に、もの凄く思い入れがあったんだろうね。」




 ヒナタはひとつ頷いて、「少し分かる」と呟いた。

 は顔を上げて、ヒナタを見る。




「結果を残さないと、認められない、から。」




 ヒナタも、ネジも、そして、サスケも。

 たくさんの人が受け、見に来る場所。

 そして、評価が公開されるからこそ、中忍試験は他者に認められる場所でもある。

 認められたいからこそ試験を受け、結果を残そうとした。


 でも、




「そんな、の、」




 はくしゃりと顔を歪める。





「そんなの、悲しいよ。」




 認めるって、なんだ。

 ありのままの自分では駄目なのか。

 努力することはとても大切なことだと思う。

 でも、出来るのも出来ないのも、全部ひっくるめて自分なのに、出来る自分しか認めてくれないなん
て。


 そう思えば、苦しくて涙があふれた。

 駄目な時だって、ある。その時の自分は、一体どうすれば良いのだ。




ちゃんは、優しいね。」




 ヒナタは笑って、の手をぎゅっと握り締める。




「ヒナタは、ヒナタだもん。」




 確かに忍術は上手ではないかもしれないが、人に優しくて、穏やかで、それがヒナタだ。

 力がなければ認められないなんて、そんなのひどい。




「でも、多くの人は、そんなものなんだと思う。」




 困ったようにヒナタはに微笑む。

 その笑顔はとサスケの中の相違をすべて見透かすようにも見えた。













( 相手との異なる場所 こと )