焦りは積もりゆく雪のように、ただただ無常に積み重なる。

 その下に何があろうとも、重みはすべてを押しつぶして、一色に染める。

 焦りがすべてを覆い隠していく。

 サスケは縁側で、太陽を覆い隠していく雲を眺めた。




「何やってるんだろうな。」




 大きく長く息を吐き出す。

 2週間、修行すらも禁止にされて、家でぼんやりして。

 いたたまれないというのが、サスケの正直な意見だった。

 うちは一族にもサスケの自宅謹慎の話は広まっていて、父に会いに来た客人の目は好奇心と興味でゆ
れていた。


 里の商店街を歩いてもそんな感じなのだろう。

 今ばかりは背中に負ったうちはの家紋がひどく重い。

 家紋を脱ぎ捨てた兄は、軽い気持ちで日々をすごしているのだろうかと、考えても無駄な思案ばかり
だ。

 いけないと思っても、不安はたまっていく。



 最後に火影の執務室を出て行くときに見たの顔は、心配そうにゆがんでいた。

 本当に、サスケの処分を気にかけてくれていたのだろう。

 サスケは、を攻撃しようとしたのだ。


 少なくともその事実はわかっているはずなのに、はサスケの心配をする。

 その余裕すらも、今のサスケにとってはやさしさではなく焦燥の原因だった。

 こちらは余裕がなくなるほどに焦り、苦しんでいるのに、彼女はまったく焦っていない。


 むしろ彼女に前はあったおびえや緊張が影を潜め、焦りが徐々になくなっているようにすら思える。

 サスケが焦る中で、はどんどん落ち着いていく。実力をつけていく。

 敏感なサスケは、そのことを誰よりも明確に感じていた。




「なんで、こんなに違うんだろう。」




 情けないと思う。

 うちはの嫡男で、と年齢だって同じで、忍として修行してきた日数は、病弱だったよりもはるか
に長い。


 なのに、彼女は徐々に腕を上げ、サスケに迫ってくる。

 そこで、サスケはふと顔を上げた。

 迫ってくる、という表現はそもそも正しいのだろうか。


 潜在的な能力はの方が高い。

 実際に戦ったことがないのだから、わからないが、もしかすると、の方が。




「だめ、だ。」





 サスケは頭を振って、今自分が考えたことを追い出そうとする。

 何を考えているのだ。

 彼女と自分を上下で考えるなんて、許されないことだ。


 はきっとそんなことを考えていない。

 ただ、自分にできることをやっているだけで、強いとか、弱いとかで片付けられるものじゃない。




「どうかしてる。」 




 サスケは座って頭を抱えた。

 暇だからこそ無駄な考えをしてしまう。

 だがやることもない。また、考える。


 悶々とする思いを、サスケはどうすることもできなかった。




「サスケ、」




 横の廊下から声が聞こえたため、顔を上げると、そこには父がいた。

 フガクは事の顛末をの父・斎から聞いているはずだ。

 一族の会合で忙しくて何も言われてはいなかったが、言う機会をうかがってはいたはずだ。


 サスケは身構える。

 案の定、彼は腕を組んでサスケに渋い顔をした。





「まったく、何をしているのだ。おまえは。」




 厳しい声音が降りかかる。

 サスケはぐっと唇をかんで、こぶしを握り締めた。

 叱責は当然のことだったが、自分でもわかっているため、厳しい。




「中忍試験では結果も出せず、挙句この体たらく。反省はしているのか。」






 中忍試験の本戦で、サスケは実質的には戦っていない。

 評価しようにも戦いがないので仕方のないことではあったが、サスケが中忍になれなかったという事
実には変わりはない。

 その上に、自宅謹慎などという処分をもらうようなことをしてしまったのだから、叱責は免れないこ
とだった。


 反論のしようもない。

 サスケは自分の不甲斐なさに、ただうつむくしかなかった。




「イタチも昇進し、病弱であられた東宮も成果をあげておられるのにどうしておまえは出来んのだ。」




 別に声を荒げるような言葉ではなかったが、フガクの静かな怒りに、サスケは目を見開く。



 認められていない。

 それはいつも思っていたことだ。



 

 里でも有数の出世頭で、優れた兄に勝てないという思いは、いつもあった。

 あまりに遠くて、年齢も離れているため仕方がないと思いつつも、自分も及ぶように、父に認められ
るようにと努力してきた。


 そのつもりだった。

 結果がなければ過程などないに等しい。


 そして、今、また、フガクはを認めた。

 中忍の昇進を受けなかったが、名前を挙げられるほどに、成果を挙げた。

 病弱であった東宮も成果を挙げたと、彼はの努力を認めたのだ。

 

 自分は認められない。



 フガクに他意はなかった。

 フガクにとってはサスケは自分の子であり、父親としての立場だけではなく、一族の長として子供た
ちにも厳しく接している。

 厳しく言うことによって、自覚を芽生えさせ、サスケを叱咤したかった。それだけ。



 だが、サスケには、が実力によって認められ、自分が認められていないと、すなわち、に劣って
いると評価されたと感じた。




「父上、」





 低い声が、いさめるように響く。





「その言い方はないと思いますけど。」




 帰ってきていたのか、イタチが鋭い表情でフガクをにらみつける。

 家出し、挙句の果てに炎一族の東宮のいいなずけとして正式に認められて戻ってきたイタチへの、フ
ガクの思いは複雑だ。

 イタチの後ろにはがいる。

 今までのサスケとフガクの会話を聞いていたふうではないが、イタチとフガク、そしてサスケのただ
ならぬ雰囲気におびえるように目じりを下げている。


 の手前、フガクはあからさまな不快感を見せることはなかったが、眉間のしわが増える。





「おまえは、口を出すな。」





 フガクはイタチに対してはっきりと言う。





「うちは一族の嫡男として、今のようでは困る。」

「でも、中忍試験の結果は、本戦で戦っていないサスケにはどうしようもないことです。も、中忍に
なったシカマルくんも、本戦に出ているのだから。」

「別に、実力がよく認められていたら、できないわけではなかろう。」






 イタチの反論に、フガクは冷静に返す。

 要するに実力が広く認められるほどにすごければ、本戦に出られなくても中忍試験で候補には挙げら
れただろうと言うのだ。

 それは、可能性としては微々たる物でもなくはなかったが、厳密な試験であるということから、よほ
どでない限りは不可能だった。
 フガクのころは中忍試験などうちわだけでやるものであったためそういった事例も実際に見られた。


 しかし、今は国際的に試験を行うのだ。

 例外を許すことは非常に難しい。よほどの実力がない限りは。

 ただし例外がないわけでもないので、反論は非常に難しかった。

 返す言葉が咄嗟に思いつかず、イタチはフガクを睨み付けたまま奥歯を噛む。




「…サスケは、一生懸命やってます。」





 は不安そうにイタチを見上げてから、フガクに言う。






「努力は、結果がないと、認められないんですか?」




 に、結果を残さなければ認められないと語ったヒナタは、酷く寂しそうだった。

 努力したという事実があるのに、たまたま結果が掴めなかっただけで、すべてをなかったことのよう
に叱責するのは、おかしい。


 悲鳴のようなの科白に、フガクは目を丸くする。サスケもを凝視する。

 は他人に意見できるような性格ではなかった。

 病弱で、気も強くない、大人しい東宮。


 それが、徐々に変わりつつある。



 フガクからしてみればそれは驚きではあるが、成長と思われた。

 意志がはっきりし始めたと、いうこと。

 しかし、サスケにとっては、心穏やかに受け取れるものではなかった。





「やめてくれ、」





 絞り出すように、サスケは声を出す。





「サスケ?」

「もう良い、」





 制止の声にがサスケを振り向く。

 その表情すら見たくなくて、サスケは立ち上がった。

 何も見たくない。

 の心の余裕や成長を、サスケは今一番知りたくなかった。

 







( おこること いさめること )