2週間の謹慎期間が明けてからも、1週間、サスケは任務に出ることは許されなかった。

 修行すらも禁止だった2週間の穴埋めという意味もあるのだろう。

 里で自分の謹慎が噂になっているのは知っているから、ほとんど出かけず、サスケはうちはの集落近
くの森にやってきた。


 夜のせいか、あたりは静まりかえっている。


 人がいると煩わしいから、人がいない時間に出てきたのだ。

 久々の修行で、カカシも後からナルトを連れて見に来ると言っていた。
 直接稽古をつけてもらえるのは良いが、ナルトと会うと考えると不快だった。
 森の中の少し開けたその場所には、手裏剣用の的もたくさん用意されている。

 昔、イタチとよく修行をした場所。


 ごくたまに、本当にたまにだが、も見に来ていた。

 彼女は病弱でチャクラを錬ることが出来なかったため、いつも大きな岩にちょこんと座って、サスケやイタチの修行の様子を見ていた。

 術を繰り出すと、小さな白い手をぱちぱちさせて、軽やかな拍手を響かせていたのが懐かしい。

 サスケは息を吐いて、意識を集中させる。


 かつては岩に手裏剣をぶつけるだけだった。




「千鳥、」





 自分で確認するようにチャクラを錬って、岩に大きな光をぶつける。

 それだけで、大きな岩は粉々に砕け散った。

 成長したのだ。あの頃より。


 けれど、はそれよりもずっと成長している。

 病弱でまったく起き上がれなかったのに、いつの間にかチャクラを上手に扱い、その血継限界を持っ
てして中忍試験に挑み、そして中忍としての実力があると上層部に判断された。

 昇進自体は蹴ったが、一応認められたのだ。

 少なくとも、父は。



 ぱちぱち。

 高くて大きな拍手が響く。

 物思いにふけっていたサスケは、気配にはっと顔を上げる。


 後ろを見ると、そこにはがいた。

 いつものきちんとした着物姿ではなく、少し着崩していて、長い紺色の髪は、少しだけ濡れているよ
うに見えた。

 風呂に入ってからやってきたのかも知れない。






「何やってる、」





 複雑な感情とともに、この間父親に叱責されるところを見られたのもあって、サスケは冷たくに尋
ねる。





「うん。サスケが見えたから。」





 はへらりと軽い笑みを浮かべた。

 の透先眼は、行ったことのある場所ならばどこにいても視ることが出来る。

 それでサスケがここにいることを知ったのだろう。

 この2週間、家から出ていなかったから、はサスケに会いたくても会えなかったはずだ。


 うちはの家に来るのを、はあまり好んでいない。

 昔からサスケの父、フガクが苦手ながうちはの一族を訪れるのは、本当に用事のある時、それもイ
タチと一緒にだけだ。

 だから、いつもイタチがともにいた。

 否、イタチはそれでなくても傍にいた。


 自分は兄で、サスケのことを弟として大切に思っていると言いながらも、イタチの一番はいつも
った。

 が体調が悪いと倒れる度に、師の斎に会いに行くためだとか、本を借りに行くだとか何かと理由を
つけてはの見舞いに訪れていた。

 任務で忙しくなって、サスケの修行を見なくなってからも、の元には通っていた。

 そのことを、サスケはいつしか理解していた。


 兄は自分を大切にしてくれるけれど、本当の一番は、




「すごい威力だね。千鳥。」





 は拍手をしながら粉々になった岩の破片を拾い上げる。

 何を、とサスケは思う。

 師である斎に教わって、彼女だって岩を粉々にする術を知っているはずだ。

 その上彼女は白炎使いで、岩を持っている炎で溶かすことなど容易いだろう。


 ふわりと夜闇の中で、白い蝶が鱗粉をまき散らして飛ぶ。

 今日はその鱗粉が多く、あたりを照らしている。


 いつもはの周囲から離れることも少なくない蝶が、今日は、の周囲を回るように飛んでいた。 





「何しに、来た?」

「心配だったから、元気か。」




 は困ったような顔をした。

 サスケは謹慎処分を食らってから、誰にも連絡していない。

 カカシが一度うちはの屋敷に来たが、ほとんど話もしなかった。

 だからは、屋敷を抜け出してサスケに会いに来たのだろう。



 心配、されたのか、

 それすらも、サスケには不快に思えた。

 彼女が自分を下に見ているような、そんな気分だった。



 一族から無条件で慕われる東宮の立場にあり、両親からも愛され、比べられることも知らない、

 ふと、サスケの口元に嘲笑が浮かんだ。

 そして徐々に感情が膨らんでいく。


 ふわりと風が柔らかに頬を撫でていく。

 夜風は少し冷たい。今日は少し風が強かった。

 の紺色の髪が揺れて、細くて白い首筋があらわになる。


 弱くて、幼くて、頼りない、

 自分は、彼女に劣ると、言うのか。


 血を吐くほどの努力をしてきた、自分が。





「なぁ、、」





 名前を呼べば、が振り返る。




「なぁに?」




 何の警戒心もない、柔らかな笑み。

 昔から変わりない無邪気な表情に、サスケは手を伸ばした。




































「わかってはいたんだけどさ。いつかもめるって。」




 斎は脇息に凭れたまま、気のない様子で欠伸をする。




「わかってたって、何がですか?」




 イタチは向かい側の円座に座って、師に尋ねた。

 どうしてもサスケの処罰のことの顛末が気になって、斎に聞きに来たのだ。


 は一向に口を割らず、それどころか、聞かれるのに怯えてイタチから逃げている様子がある。

 一体自分の弟は何をしたのか。

 当然だが、サスケ本人が話す様子はまったくない。

 だったらと、処罰を下した斎に尋ねれば、返ってきたのは曖昧な言葉だった。


 斎の目は御簾の外で揺れる灯に向けられている。

 炎は、風が強いのか大きく揺れ、室内の影をも大きく揺らす。

 炎一族邸は寝殿造りで一階部分しかなく、天井が高い。

 ゆらゆらと揺れる影は不気味だった。




「サスケの焦燥だよ。いつかは表面化するだろうな、って思ってたんだ。」




 斎は炎を眺めながら、呟いた。

 初めて聞く話に、イタチは目を丸くする。




「どういうことですか?」




 強くなりたいと焦る心の何が、ナルトとの喧嘩の原因となるのだ。



 イタチだって焦っている時期はあった。

 そしてそれはサスケのように自分自身だけではどうしようもないことだった。



 が、大きく体調を崩した時期、イタチは大きな焦燥と絶望を味わった。

 毎日、発作が増えて、起きている時間が減って、話せる時はほぼ皆無に等しくなり、ただ荒い息を吐
くだけの小さな体。

 苦しそうに笑う彼女を見るだけで、言いようのない恐怖と焦燥に駆られた。

 は気にしていなかったように思う。

 幼い頃からチャクラが大きく、それほど頻繁ではなかったとしても痛みや体調を崩すこと、発作で苦
しむことには慣れていた。

 回数が増えただけで、は我慢するしかないことを知っていた。


 

 焦った、でも、どうすることも出来なかった。

 最終的には自来也が術式を使ってのチャクラをイタチに封じるという方法では助かったが、自来也の決断
がなければ、は死んでいた。

 毎日やせ細っていくを見るたびの焦燥。

 でも自分に出来ることはないという絶望。



 その焦燥と絶望は、解決策も行き着く先も自分ではどうにも出来ない物だった。

 しかし、サスケは自分の努力という方法で、それを解決することが出来る。


 誰かともめる必要もない。




「意味が、わからないんですけど。」





 イタチは首を傾げて斎を見る。

 人の感情に敏感で、幼い頃から大人達の感情の機微を伺いながら渡ってきた斎には、違う物が見えて
いるのだろうか。





「表現が、難しいね。」





 斎は少し考えるそぶりを見せてから、イタチに目を向ける。






「そもそね。サスケとナルトくんが喧嘩をしたんだよ。」

「ナルトくんとって話は聞きました。」

「そ。商店街のど真ん中でね。」

「一応それも聞いた気がします。どっかで。まぁそりゃ駄目ですね。一般的に考えて。」





 人の往来も激しい場所での忍の喧嘩は、人を巻き込む可能性が多すぎる。

 処罰も当然の物だが、それならば何故ナルトが処罰を免れたのか、理由が分からない。

 その上、サスケが2週間自宅謹慎というそれなりに思い罰を得た理由も。




がね、ふたりの間に割って入ったそうだよ。」

が!?」





 イタチは驚きのあまり体を乗り出す。

 信じられないと言うのが、正直な気持ちだ。

 あの争い事が嫌いなが、割ってはいるなど、考えにくい。


 怯えて震えていそうなのに。




「止めたんだって。それでナルトはすぐに収まった。でも、サスケはを攻撃しようとしたらしい。」





 斎は手をひらひらと振って、困ったように言った。




『わたしを、ちょっと、サスケの方は、巻き込みかけたんだ。だから、』




 イタチがに事の顛末を聞いた際、はそう言ってはぐらかした。

 だが、斎に聞く限り、巻き込みかけたなんて消極的な物では無い。


 積極的にを攻撃しようとしたわけだ。

 にはサスケを止める意図はあっても、攻撃する意図はなかった。

 そしてナルトも矛先をおさめていたその状況でに攻撃することは、犯罪に等しい。




「たまたまそこに、サソリがいてね。サスケを問答無用で止めたから、に怪我はなかったけどね。」





 先日からサソリが炎一族邸に滞在しているのはよく知られている話だ。

 イタチもあまりサソリは好きではないが、知っている。

 サソリが相手では、今のサスケは太刀打ちできようもない。





「一応を小隊長として任務をこなす予定だったからね。もめた原因というのもを小隊長として認め
るか、で。ナルトくんはが悪く言われるのを庇ったらしい。」

「決定は、綱手様ですよね。」

「そ。小隊長の決定は綱手先生。」






 決定権は当然ながら班員にあるのではない。

 上層部、しいては火影である綱手にあるのだ。

 上司の命令は絶対である。意見を求められているのでもない。





「本来なら、サスケがとやかく言えるはずもないの。だから、サスケの処罰点は三つ。」





 斎はイタチの前に右手を出して指を三本立てる。





「ひとつ目は、決定への不服従。二つ目は私闘。三つ目はへの傷害未遂。」





 一つずつ、指が折りたたまれていく。

 それは許されない物。





「とはいえ、サスケだけを責めるのも可哀想なんだよね。」





 はぁと斎は悩ましげなため息をつく。 





「サスケは認められたかったんだよ。」

「認めるって、別にあいつはアカデミーでも首席だったじゃないですか。」





 イタチは首を傾げる。

 少なくとも里はサスケの優秀さを認めたからこそ首席として、有名なカカシの班に配属した。

 同期の中では特別だと認められた証だ。






「誰に、認められたいかという問題だよ。」






 斎は紺色の瞳に聡明な思案を宿らせる。

 深い色合いを魅せる瞳は、無邪気に、しかし正確に真実を見抜く。

 イタチは先日の父とサスケのやりとりを思い出す。






「父は、サスケを認めていませんからね。」






 イタチに悪態をつきつつも、イタチを求めている。

 サスケでは不足だと、父は心のどこかで思っているのかも知れない。

 そして、サスケにイタチ以上の優秀さを求めている。


 ただ、時代も違う。境遇も違う。

 サスケに『イタチ』を望むのは、サスケそのものを否定する行為でもあった。





「そうだね。でも、多分…」





 斎は静かに目を細めてイタチを見る。

 続く言葉の前に、イタチはすいっと顔を外に向けた。





「どうした?」





 イタチの空気が変わったことに、斎が訝しむ。





は、どこにいます?」

「さぁ?部屋じゃないの?」

「見てきます。」





 突然、イタチは腰を上げた。

 御簾を上げ部屋を出て行く弟子の姿を見送りながら、1人部屋に残された斎は不思議いに思い、透先眼
を開く。

 千里眼の効用を持つ目は、遠くを見通せる。


 ましてや近いの部屋のある東の対屋を視ることは容易い。





「あれ?」






 そこには多くの部屋があるが、どこにもがいない。

 先刻風呂に入っていたはずだし、もう夜だ。

 大抵の場合は出かけることなどない。





「何してるんだろう。」





 親の目から見ても外に出かけるのが少ない子ではあるが、大抵は出かける時には行き先を言っていく
ように躾てある。

 勝手に出かけるのは、ルール違反だ。





「探すか、ちょっと怒らないと。」





 親として娘に甘いと綱手にも怒られたばかりだ。

 斎は透先眼を開いて、娘が里のどこにいるかを探しながら、立ち上がった。

 















 

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