うらやましかった、一人ではない彼らが。

 自分と同じであるはずの、兄が、が、いつも羨ましくてたまらなかった。

 サスケの兄、イタチは数年前に正式な師について任務を含め、いろいろなことに励むようになった。

 アカデミーを卒業したからだ。

 その師が、火影候補としても名前が挙がっていた斎という炎一族の婿だった。

 当時ははまだ20歳と若かったが3忍の一人、自来也の弟子であり、暗部の出身者でもあって、元もと教育者としても定評があったという。

 暗部の教育者であったから、父が頭を下げて、兄の担当上忍になってもらったと聞いていた。

 兄が最初の担当上忍に拒絶されたことは、知っていた。
 

 炎一族とうちは一族は元々仲が良いから、サスケも彼の顔だけは知っていた。

 宴会などで見かける彼は、穏やかに笑う、子供のような人だった。

 若く、柔らかく、力もある。

 余裕がいつでもあるような、そんな人に見えた。



 兄はあっという間に変わっていった。

 イタチは弟に優しい兄ではあったけれど、喧嘩をすれば殴られることもあったが、師についてからはそう言ったことも驚くほど減った。

 師を敬愛し、楽しそうに話すイタチを羨ましく思って、勇気を出して一緒に修行につれていってくれとねだったのは、アカデミーに入ってすぐだった。

 師についてから鼬が家に帰ってくることはめっきり減った。

 通常任務に出る時は、その方が気楽だとほとんど斎の家に泊っていた。

 今思えば既にあの頃から、兄と父の確執は始まっていたのかも知れない。

 アカデミーにいる時と違って、彼はいろいろなものを見た。いろいろなものを学んだ。

 自由奔放といわれる斎はイタチの学びに対して何の壁も設けなかったと言うから、学問に貪欲だった彼は、めきめきと力をつけていった。



 いつも一緒だった兄が、いない。

 サスケは寂しくて、何度も斎との修行に自分を連れて行ってくれるようにと頼んだ。

 イタチは最初は流石にサスケを斎の家に連れていくことは難色を示したが、斎の方が快く応じてくれたらしく、一緒に行けることになった。

 里でも1,2を争う忍であるから、改めてそのことを思って酷く緊張していたが、彼は心から嬉しそうに「よく来たね―。」と笑ってくれた。




 イタチの担当上忍・斎の家である炎一族邸は広い池があることで知られている。

 修行場は一応、その広い池だ。

 水面立ちなども出来るし、広い庭なので術を繰り出しても多少問題はない。

 斎らがこの屋敷に来た時に改装して4つあった対屋のうちの南対屋を取り壊したこともあってそこが平地になっており、どんな術を使っても平気になっていた。





「ほえー。アカデミー生なのに、すごいなぁ。」





 斎はサスケの豪火球を見ながら、ぽつりと呟く。

 サスケはその言葉を聞いてほっとした。

 去年に父に教えてもらった術は、地道に練習して何とか会得した。

 アカデミーでの授業では簡単な術しかしないので、出来た時は嬉しかったのだが、イタチの師である彼を前にしてきちんと出来るか、内心ではびくびくしていた。

 彼は素直に感心してくれたようだ。




「後はね、繰り出す時に少し間かな。チャクラをはき出す時にもう一歩我慢してごらん。そしたらもっと大きくなるから。」




 斎はサスケをほめてから、柔らかに注意する。

 柔らかいからこそあまり劣等感をくすぐらないし、次に素直にそうしようと思える。




「はい。」




 サスケは素直に頷いて、斎を見上げた。

 風に斎の紺色の髪がなびく。

 蒼く輝く髪は弧を描いて彼の目元を隠す。





「あー、髪の毛切ろうかな。」





 男にしては少し長くなった髪を鬱陶しそうに引っ張る。

 ぎりぎり束ねられるくらいの長さの髪は、風に揺れて舞った。





「イタチー、教えた術はどう?」

「微妙ですね。ていうかこれ出来るようになるんですか。滅茶苦茶…チャクラの練り方難しい気が…」





 珍しく自信家のイタチにしては弱気なことを言っている。

 兄が印を組みながら渋い顔をしているのを見て、サスケは不思議になって彼を見上げた。





「わっ!」

「また、失敗か…。」





 まとまっていたはずの風がはじけてサスケは飛び退き、イタチはため息をつく。




「あははは、そりゃね。簡単にできてもらっちゃ、僕が苦労した意味がないよ。」





 斎が明るく笑って不機嫌丸出しのイタチを宥める。

 風伯の綽名を持つ斎の代名詞とも言える風遁“風伯”は、斎が独自に開発した術の一つで、Sランクの高等忍術だ。

 写輪眼を持っており見抜くことに特別な力を持つイタチでも、そう簡単にできるはずもない。




「まぁ、イタチが教えてって強請るから教えてみたけど、正直まだまだ早いと思うよ。」




 斎は肩をすくめて言うが、それを聞くとイタチの眉間に皺が寄った。

 どうしても諦めきれないようだ。





「困った子だ。ねぇ。」

「あ、え、はぁ。」




 話を振られて、肯定するわけにも行かず、サスケは曖昧な答えを返した。

 真面目なイタチと軽い調子の斎とでは、気合いに違いがあるのかもしれない。

 それでも、斎はイタチよりもずっとたくさんの術を知っていて、たくさんのことを知っていてイタチは斎を尊敬する理由になっているのだ。




「ちっ、!」




 イタチが次の瞬間舌打ちをした。

 大きく風がはじけ、近くにあった木に傷がつく。




「わっ!!」




 イタチの躯が風に弾き飛ばされ、後ろの木にぶつかりそうになった。




「危ない!!」




 先ほどまでサスケの隣にいたのに、きちんとイタチを抱き留める。

 斎は足を踏ん張ったが、2人で地面に倒れ込む。

 そこをはじけた風が襲った。




「兄さん!」





 サスケは悲鳴を上げて慌てて駆け寄る。

 斎は何とかイタチを受け止め抱き込むことで風の刃からイタチを守っていた。




「あー、びっくりした。」




 間の抜けた声が、風が通りすぎたことを告げる。

 風が収まると慌ててイタチは斎の上からどいた。

 鋭さを纏った風が危険であることを、イタチは経験から知っており、師の右腕についた傷に顔を歪めた。




「大丈夫。軽いよ。」





 斎は破れた服をめくって右手の傷を確認する。

 結構深く切れているようで血が溢れている。




「せ、先生、」




 イタチが震える声で師を呼んで、目尻を下げる。

 風の刃は鋭い、

 人一倍真面目なイタチだが、師の意見を聞き入れず、術を試して、師にまで怪我をさせてしまったことに、罪悪感を覚えたのだ。

 まだ早いと言われたのに。

 斎の怪我を見て、イタチは心を痛め、俯く。

 サスケはぼんやりとそれを複雑な思いで見つめていたが、はっと顔を上げた。

 いつの間にか、庭に面した東の対屋の簀子に、人影がある。

 長い紺色の髪が春の陽気な風に揺れていて、顔に淡い笑みを浮かべているようだった。

 病弱な斎の娘―はいつも東の対屋で一日の大半を過ごし、ほとんど外に出てこない。

 アカデミーにおいても登録はしてあるが、実際に授業に出てきたことは一度もなかった。





?」




 イタチも気付いたのか、顔を上げてそちらの方を見る。




「父上様、けが?」




 少し声を張りあげて、が尋ねる。

 斎はのいる簀子の方に上がって、板張りの簀子に座ってから、傷をもう一度確認する。

 イタチも一緒に心配そうな顔のまま簀子に上がった。

 サスケも兄について簀子の側まで行くと、が柔らかく笑った。





「サスケだ、久しぶりだね。」




 最近、は体調を崩しっぱなしで外に出ず、サスケはサスケでアカデミーに入学したばかりで忙しくてなかなか会う機会がなかった。

 は侍女に頼んで怪我をした父親のために薬箱を持ってきてもらい、手当をする。

 傷が深かったので絆創膏ではなくガーゼと包帯を当てて、傷を塞いだ。




「ま、すぐに治るよ。」




 斎は大したことない風に言って、心配顔のイタチとを見てぷっと吹き出す。




「2人ともそっくりな顔して。大丈夫だよ。」




 イタチの頭を軽く叩き、を抱き上げる。

 父親の膝に抱き上げられたは驚きの声を上げてから、大人しく父親に抱きついた。 

 イタチの表情は晴れず、まだ眉間に皺を寄せていた。




「大したことないよ。だから、大丈夫。」




 自分で応急処置をして斎は穏やかに笑った。




「それに、君が風遁を出来るようになってくれた方が、嬉しいからね。」




 優しく付け足された言葉に、イタチはぐっと唇を噛む。

 イタチが諦めないように付け足された優しい言葉には、イタチを思う心がにじむ。




「すいま、せん。」




 イタチは消え入りそうな声で、謝る。

 サスケは目を丸くして兄の姿を見つめた。

 いつも正しくて、いつも父と喧嘩をしても絶対に謝ったりしない。

 理由をつけてかわす兄が、素直に謝罪を口にしたことに驚く。




「大丈夫。僕にとって君はそのままで可愛い弟子だよ。」




 イタチの肩を自分の方に抱き寄せて、斎は困ったように笑った。 




「焦らなくて、良い。」




 暗部に入って、実力不足を痛感するところも増えたのだろう。

 イタチの修行の時間が増えて、その割に質が乱雑になっていたことは、弟であるサスケの目にもよく見えていた。

 師であり、よく共に任務に出る斎ならばなおさら知っていただろう。

 ポーカーフェイスを装って、焦っていたのだ。




「僕は、ありのままのイタチが大好きだよ。」




 ころりと鈴が鳴るような軽さで笑って、斎は言う。

 こちらが恥ずかしがる隙もないくらいに自然に笑ってみせるのだ。

 サスケは柔らかい言葉が、自分の胸を突き刺すのを感じた。

 うちは一族では優秀でなければ認められない。

 強くなければいけない。

 けれど、ここは違うのだ。

 イタチは強くなくても、術が出来なくても、ありのままで認められることが出来る。

 サスケは自分の服を握りしめる。

 家でもアカデミーでも兄と比べられる日々。

 一番サスケが欲する言葉を、兄は他人から与えてもらえるのだ。


 大きな羨望。そして、

 胸をわしづかみにする感情が何なのか、サスケにはまだ分からない。わからなかった。

 でも、いつもいつも胸の中にあって、自分を蝕み続けた。


 

(むしばむ 浸食される 心、体が )