炎一族待望の東宮が生まれたのは桜の咲く晴れた日だった。

 暖かな日差しの中、一族中の祝福を受け、類まれなる才能と、両親からの惜しみない愛情を持って生まれてきた。

 誰からも祝福された存在だった、

 彼女の出生記録には、両親の名前と血継限界、そして一言、こう記されている。




『チャクラ過多、長じれば危険』




 身を滅ぼす、チャクラをもって生まれてきた。

 過分な祝福は、彼女の身を蝕んでいた。

 それは、誰からも祝福された姫宮。





は、…持って生まれたチャクラが大きすぎたんだ。」




 カカシは静かに事実を話す。

 ナルトとサスケ、そしてサクラは神妙な顔つきでカカシの話に耳を傾けた。




「チャクラが多いことは忍の才能としてはプラスだが、大きすぎれば体を傷つけてしまう。内臓機能に障害を及ぼす程大きなチャクラを持って生まれた。」




 ナルトと同等、もしくはそれ以上のチャクラを持って生まれてきた彼女の体は、すぐにチャクラに蝕まれ始めた。

 類まれなる才能は、過分な祝福をに与えた。

 体の弱い、色白の赤子は、その祝福に耐えられるほどの体を持ち合わせていなかったのは誤算と言えるだろう。




「最初は、少しほかの子供よりも体調が悪く、少しよく風邪を引くくらいだったんだ。」




 カカシが訪ねれば、幼いころのは褥の上に横たわってはいたが、室内で冷たい風にさえ当たらなければ遊び道具を持って走り回ることも、少しの運動だってできた。

 しかし、体はチャクラによって身体機能を低下させられ成長を阻害されるが、生まれ持ったチャクラは年を経るごとに成長していく。

 チャクラが成長し、増えるというのはよく知られている話だ。

 体の成長と、チャクラの成長の差が徐々に広がり、ますます体を押しつぶしていく。





「サスケは覚えてると思う。6歳のころのは家出ができるほど元気だったんだ。だが、おまえがアカデミーに入ってからしばらくした頃から、を見かけることは少なくなっただろう?」

「あぁ。」





 サスケはを幼い頃から知るが、昔は外にわずかでも出ることだってできた。

 サスケたちが屋敷を訪れれば屋敷の中を駆け回って自分の住まう東の対屋から、客人を招く寝殿まで遊びに来ていることもたびたびあった。

 だが、アカデミーに入ってしばらくした頃から屋敷の中でを見かける機会は極端に減った。

 東の対屋からほとんど出てこなくなり、会うことも少なくなった。

 会っても、寝ていることが増えた。



「おまえらがアカデミーを卒業する2年前からは完璧に末期の状態で、イタチが家出をした頃にはもうほとんど1週間の半分は寝たきり状態だった。」




 カカシは当時のことを思い出す。

 周りにはもう悲壮感が漂っていた。

 誰が見てものチャクラはの体が支えられる量を超していて、いつが死んでもおかしくないほど体調は全体的に悪くなっていた。

 なのにチャクラは増え続けるのだから、良くなりようがない。

 それでも、は笑っていた。

 高熱を出して苦しそうに荒い息を吐きながらも、大丈夫だと、懸命に笑った。

 彼女は笑うことしかできなかったし、自分が最後の瞬間まで笑って死ぬことが、自分を大切にしてくれている全ての人への感謝であり、彼らの望みであると、無意識のうちに知っていた。




「…笑ってた。ずっと、は、」




 サスケはポツリとうつむいて呟く。

 たまに訪れるサスケが苦しくないかと、大丈夫なのかと尋ねると、いつもは必ず大丈夫だと笑った。

 つらい日も苦しい日もあっただろう。

 ずっと、笑っていた。




「大人はみんな、あきらめかけていたよ。を救う手立ては、性質変化が同じ人間が、チャクラを半分肩代わりするしかなかった。」

「性質変化?」




 ナルトが自分の手を見つめて首をかしげる。




「そうだ。の性質変化は二つ。風と、炎だ。父親の斎さんが水と風、雪さんが強力な炎と土であることに由来するんだと思う。風はレアな性質変化で、炎と併せ持つ者は当然ながら少ない。」





 カカシはしみのついた病院の天井を見上げる。

 あの日もこうして天井を見上げていた。

 もう救う手立てはなく、苦しそうな息を吐くを、どうしてやることもできなかった。誰も。






「イタチは、風と炎の性質変化を持つ希有な人間だった。」

「だったらっ!」




 ナルトが顔を輝かせるが、カカシが首を振る。




「そんな簡単なことじゃないんだよ。」





 見つけたからといって肩代わりをさせれば良いなんて単純な問題ではない。





の白炎は生きているも同然。チャクラを肩代わりする相手を敵とみなせば、殺してしまうだろう。斎さんはイタチの性質変化を知っていても、なかなか弟子にそうですねとはいえなかった。」




 危険な方法だった。

 のチャクラをイタチが半分肩代わりするという術式は確かにのチャクラを半減させるだろうが、の白炎がイタチを敵と認識して殺す可能性もあった。

 イタチが死ねば、またチャクラはに戻ってしまう。

 そうすれば共倒れだ。

 斎はこの術式の存在をとっくの昔に知っていた。

 知っていたが、イタチが、死ぬ運命のの道連れとなる可能性もある術式を、どうしても使う決断を下せなかった。


 だから、ずっと知らないふりをしていた。




「イタチはあきらめなかった。あきらめ、切れなかったんだろうな。」




 幼い頃から長年をかけて培った恋心はやはり、簡単に捨てられるものではない。

 10年近くの時を一緒に過ごし、一緒に笑ってきた、恋をした。

 命の危険が伴うことがわかっていても、イタチはの隣をこれからも歩くことを望んでいた。

 カカシは小さく笑む。




「斎さんに詰め寄ってね、が死んだら、世界中のどこを回っても、を生き返らせる方法を探してやると、叫んだよ。」

「それは…」





 サスケは冷静な兄の姿しか知らず、目を丸くする。

 それは、許されないことだ。

 死者を蘇らせるというのは,禁忌だ。

 許されざるべきことだと、アカデミーでも教えられており、誰でも知っている。

 規則を重んじる兄とて、当然それが禁忌であることを知っていただろう。




「イタチも、わかっていただろうね。それでも、目が本気だった。」




 いつもの冷静沈着なイタチからは考えられないほど切羽詰った悲しげな声は、カカシだって、信じられなかった。

 けれど、彼が次にの枕元で言った言葉に、涙すら出た。





「絶対に、に外を見せてやる、写真じゃなくて、本当に綺麗なものをたくさん見せてやるから、って、さ、」





 外に出ることもほとんどできず、世界の綺麗なものすら知らず、

 ただ屋敷の中で生き、屋敷の中で死ぬ

 強い思い入れがなくても、不憫に思うのは誰だって一緒だった。

 ましてや恋い慕い、ともにありたいと願った相手であれば、不憫なんて言葉ひとつで言い表せないほどの感情がそこにあっただろう。

 そして、ここで術式を拒めばイタチが本当にを蘇らせる方法を探すであろうことは、明白だった。





「斎さんは、良いって言ったのか?」





 サスケはのチャクラが多いのは知っていたが、そこまで詳しい事情は知らず、あまりの事実におずおずと尋ねる。

 命を懸けるなど聞こえはいいが簡単なことではない。

 斎はイタチを必死で止めただろう。

 斎はの父親であるが、それだけでなくイタチの師でもある。

 その立場を重く、大切に受け止めている斎が、簡単に許可するはずもない。





「結局、自来也様がね、仕方なく、かな。」





 カカシは苦笑する。

 もしもやらなくてが死ねば、イタチは確実に里を抜けただろう。


 それでも斎は自分の弟子を犠牲にする可能性を、容認することができなかったのだ。

 彼は最後まで、娘と弟子のどちらも大切に思って、天秤にかけることが出来なかった。





「イタチは、後悔はないかと問うた俺に、ないと言い切ったよ。」





 ひとりでは、が寂しい、と、笑ったイタチの言葉は脈絡を得ていた。

 は本当は寂しがり屋だ。

 両親は忙しくて、周囲の人も東宮というの立場にひるんで敬遠しがちなためわがままは言わないが、本当はとても寂しがり屋で泣き虫だ。

 だから、もしこの術式が失敗してと共に死ぬことになったとしても、イタチ自身には後悔はないと言っていた。

 とともには、少なくともいてやれるのだから。




「イタチはそこにいるが当たり前ではないと知ってしまった。だから、が傷つけられそうになって過剰な反応を返すのは、仕方ないことだ。」




 当たり前のように傍にいるのに、なくしてしまう危険性を常に孕んだ大切な人。

 どんなに守ろうとしても失う命は酷く簡単であることを、イタチは誰よりも知っている。

 その恐怖は一生イタチに付き纏うトラウマだ。

 我を忘れて、倫理観すらかなぐり捨てて、それでも望むを傷つけられそうになれば、サスケだって敵だと思う。

 一度亡くしそうになったからこそ、恐怖は根強いだろう。

 カカシはそっと柔らかに微笑む。




「おまえは、イタチの弟だ。でもな、はイタチの大切な人なんだ。」




 一生かけて守ると誓った、大切な人。

 傷つけられて、弟とはいえ許せない気持ちは、わかる。

 イタチの怒りを知るために、サスケはイタチのに対する思い入れの強さを、理解しなければならない。

 イタチの激怒の感情の本質は、への感情の激しさに比例しているのだから。




「そしてもう一つ、サスケはイタチが勝手に家出をして、で、斎さんにしがみついて婚約者にしてもらったと思ってるでしょ。」




 カカシは困ったような表情で腕を組む。




「わかるだろ?いつか、そうなったよ。結局は。」




 のチャクラをイタチが肩代わりした時点で、イタチがのチャクラを間接的に管理していることになる。

 元々婿はうちは一族のどちらかと言われていたが、にはイタチが必要なのだ。

 婚約者はイタチに決まったようなものだった。

 また、イタチは何かと父親のフガクと折り合いが悪かった。

 要するに遅かれ早かれイタチはうちはを離れたということだ。




「…親父たちも、承知だったって、ことか?」

「そうだね。」




 カカシはサスケの問いにあっさりと頷く。

 のチャクラを肩代わりした時点で、フガクやミコトも覚悟はしていただろう。




「サスケ、おまえにはまだ、見えてないものがたくさんある。」




 子供だからと大人たちが優しさから、隠していたものがたくさんある。

 知っていかねばならないことが、まだまだあるのだ。




「落ち着いたら、ちゃんと謝りに行けよ。」




 カカシはそう言って、サクラ、ナルトをつれて出て行く。

 ただ、残されたサスケには、空虚感とすべてが残るだけだった。


 

( 解すること ほんとうに理解すること )