「う、」
は紺色の瞳を潤ませて、嗚咽をこらえるように唇を噛む。思い出せば、胸が酷く痛む。
「…わ、わたし、千鳥で攻撃されて、勝手に蝶が防御して。」
普通に話していただけだった。処罰を受けることになったサスケが心配で、だから会いたくて、いつも彼が修行をしている場所を透先眼で探して会いに行った。普通に、前のように話したかっただけだ。けれど、攻撃された。
「戦えってサスケが言うから、わたし、なんで?って、だってどうして仲間と戦わなくちゃいけないの?」
涙が勝手にぼろぼろと溢れてくる。
どうすれば良いのか分からなかった。心の中はパニック状態で、戦えというサスケに、必死で尋ねた。でもそれが受け入れられることはなかった。
彼は言ったのだ。
「強くないと、認められないって…。」
一族から、兄から、そしてすべての人から、誰よりも強くないと認められないと彼は言った。そして認められたは強いはずだから、だからを倒して価値を証明すると、彼は叫んでいた。意味が分からなかった。
「わたし、そんなことないよって、違うって、言った。」
は頬を勝手に滑っていく涙を袖で拭う。漆黒の着物はより深い色合いへと変わっていく。それはの心のようだ。
少なくとも、はサスケのことを認めていた。無条件で幼なじみとして、友人として、大切に思っていた。そのことに嘘はないし、努力家のサスケを、心が行き詰まると何も出来なるは、すごいと思っていた。
でも、それはサスケにとって嘲るような言葉だっただろう。
「サスケが、言ったの。わたし、わたしは、認められてるって。」
サスケは悲痛な声音で言った。
――――――――――――いつもおまえは誰かに認められてる。無条件で愛される
にはいつも無条件で愛してくれる両親がいる。一族の人間がいる。
病弱でも、弱くても、任務が出来なくても誰もがを東宮として認めているし、誰もがを愛している。愛される条件に能力はいらない。その血筋だけで尊ばれ、愛されている。
は本質的に認められることを望んでいない。
自分の大切なものを、守ることを望んでいる。それは、自分が認められていて、その人たちを自身も愛おしいと思っているからだ。だから、皆を守りたいと、そして皆を守るために自分が強くなりたいと思った。
でもそれは多分、認められているからこそ夢見たことだ。
「強くなくて、良いって、わたし、思った。でも、でも、それはわたしが、強くなくても、体が弱くても、一族の人たちが良いよって言ってくれるからで、それはサスケは違ってて。」
うちは一族は強くなければならない。それはサスケが男の子だからと言うのもあるだろうし、うちは一族に生まれたからと言うのもある。
イタチが一族の理想と自分の才能との間で苦しんでいたことは知っている。でもイタチは緩い斎を師としていて、そこから逃げ出した。でもサスケはそこに取り残されて、一人で戦っている。が強くなくてもサスケを認められたとしても、うちは一族はそれを認めないのだ。
そして、イタチすらも、サスケを否定してしまった。
「本当は、ずっと、知ってた。サスケがイタチを、ずっと羨ましそうに見てるのも、ひとりぼっちで寂しかったことも、全部、全部。」
時々イタチの修行について家に来るから、サスケのことをもよく知っていた。
父の斎は弟子であるイタチとよくじゃれ合っていて、それをサスケが羨ましそうに見ているのをは知っていた。忍者学校に通っているのだから、友人の一人でもいておかしくなかったのに、彼はイタチに一人でついてきていた。
イタチの背を見る彼の目には、いつも寂しさがあった。
両親はいつも任務で出かけており、兄のイタチが天才であるため、顧みられる機会の少ないサスケ。
はその寂しさを、どこかで知っていた。
「イタチがわたしを庇って、サスケと喧嘩に、でも、」
サスケとイタチの確執は昔からあったけれど、これで決定的になっただろう。サスケはあんな大けがを負わされたことを忘れないだろうし、弟を可愛がっているイタチにとっても心苦しい記憶であるはずだ。
だから、の後悔は消えない。
「でも、わたしが、わたしがもっと上手に出来てたら、みんな知ってたのに、わたし、わたしが、」
サスケが寂しいことも、認められないと苦しんでいることも、知っていた。知っていたのに、何も出来なかった。
もっと自分がうまく立ち回れていれば、どうにか出来たのではないか。
「もっと、」
は強くなりたいと思った。でも多分それすらもサスケを傷つけたのだろう。成長していくサスケは、明確な地盤を上層部に持ち、認められていくが、許せなかったのだ。
認められることを求めていないが、認められていくことが、許せなかった。
「綱手様、強さって、なんですか?人を傷つけて、人よりも強いことが、強さなんですか?」
はぽたぽたとこぼれ落ちる涙を拭いながら、声を震わせて尋ねる。
にとって、強さとは誰かを守れることだった。自分を守って誰かを守る。それが強さだと思っていた。でもサスケは、強さは人から認められる手段だと言った。を傷つけてでも、誰よりも強いと証明すれば、認められると信じていた。
だからはよく分からなくなった。
「…わたし、人を傷つけるなら、強くなくて、いい、」
人を倒して、それだけが強さだというなら、は強さなんていらない。望んでいない。
が強くなることは、サスケを傷つけることだった。そんなこと、望んでいなかった。知らなかった。ただ、大切な人たちを守るために自分が強くなりたかった。
「おまえは、間違っちゃいないさ。」
綱手は仕方ないなという風に笑って、くしゃりとの頭を撫でる。
「確かに、おまえはサスケよりずっと恵まれてる。両親もしっかりしてる。箱入りお嬢ちゃん。生まれ持った境遇が違うと言えば、それは事実だ。」
の父斎は里の上役だ。炎一族というしっかりした地盤を持ち、母は宗主である蒼雪。彼女も忍として優れた技量を持つ。その両親と一族の元で育ったは箱入り娘で、外を知らないし、それでも望まれている。生まれ持った境遇は変えられない。
そのが強くなろうとし、一族だけでなく周りからも認められることは、一族から認められずに苦悩するサスケを傷つけたかも知れない。
「だが、だからこそ、おまえはサスケに対して何か出来たのではないかと相手を心配する心を持ってる。」
綱手は目を細める。
「過去のことに関して、反省は必要だ。だがな、後悔はするな。」
綱手はの目尻にたまった涙をそっと拭う。他人を思って泣けることは、きっと誰よりも優しくて、そして強い証拠だ。
自分のことよりも、他人を慮る心の強さがある。
「おまえは、おまえの出来るベストのことをした。そう思うようにしろ。そしてこれから、そう、するようにしろ。」
同じ過ちを繰り返さないために。そして、前へと進んでいくために。
「強さはきっと人によって違う。」
多分愛されて育ったからこそ、本質的に強いからこそ、他人を心配することが出来るのだと綱手は思う。は愛されることを知っている。だってサスケに傷つけられ、ショックを受けただろう。だが自分のことよりも、先にサスケを心配した。彼女は愛されない辛さを理解することは出来なくても、愛されている自覚があるから、自分より他人の心配をする余裕がある。
それが、を傷つけようとしたサスケと、の大きな違いだ。
「おまえには、おまえの出来ることがある。」
他人と同じことをしなくて良い。他人と同じ強さを求める必要はない。愛されているからこそ分かることがあって、大切にされたからこそ他人を大切にする方法を誰よりも知っている。
「は、の求める強さで良いんだ。」
優しい彼女の求める強さは、きっと間違っていない。誰かと同じものを求める必要もない。自分を信じて進む強さがないことだけが、彼女の欠点だ。だから迷う。
師である綱手が彼女にしてやれる最善のことは、彼女の背中を押すことだった。
迷
( ふらふらと思い悩むこと )