チャクラを押さえる器具が数週間つけられるという罰則の話をサスケが聞いたのは、病院に見舞いに来た父のフガクからだった。

 彼は里のサスケに対する厳重な処罰に不満を感じているらしく、酷く憤慨していた。イタチに対する処罰は酷く軽いものだったからだ。だが、サスケは兄弟喧嘩が処罰の原因ではないと理解していた。

 への攻撃が重く捉えられたのだろう。には全く戦う意志がなかった。また、後でカカシに聞かされたが、の血継限界はかなり強力なもので、彼女の意志に反してでも主が危なければ自動防御を行い、相手を殺すほどの威力を持つのだという。

 を攻撃したサスケが手痛い反撃に遭わなかったのは、が、自分がサスケに傷つけられる可能性を加味しても、故意的にその自動防御を封じたからだ。サスケに攻撃されるあの瞬間に、はサスケを助けるための決断をした。

 完全な、敗北だと言えた。





「…なんで、」




 努力はしてきたつもりだった。

 だが、イタチに歯も立たなかった。には格の違いを見せつけられた気がした。




「俺がしてきたことって…」




 なんだったんだろうな、ただそれだけが心に浮かぶ。

 里への不満をあからさまに唱える父をぼんやりと見ながら、サスケが思ったのはそれだけだった。一体どうしてこれほどの差があるのだろう。生まれ持った差なんて、絶望的な答えは見いだしたくはない。

 ならば、努力の差か。それとも、




「違った、のに。」




 幼い頃から見てきたに感じていたのは、淡い恋心だった。

 ふわりと何も知らず笑うはとても可愛くて、いつも素っ気ない態度をとっていたが、淡い恋心はいつも感じていた。

 アカデミーに入ってからは自分のことにも精一杯で、と会う機会は極端に減った。の容態が悪くなっているという話は親から聞いていたし、兄のイタチが家にほとんど帰らずずっとについていた時期が1年ほどあったから、体調が悪いことは知っていた。

 兄が家出をして、しばらくしたらが元気になってアカデミーに入ってきて、確かに驚きもしたが、少しだけ嬉しかった。淡い恋心。ただ、それだけだったはずなのに。




「なんで、」




 に向けるのは、ナルトに向けるのと同じ、焦燥になっていた。

 彼女はイタチや里のものにも認められ、強くて、突然、サスケの壁になった。綱手の弟子となり、着実に育っている。

 自分だけが前に進めていないのではないかと思うその焦燥は膨らみ続け、既にどうしたらよいのか分からないところまで来ていた。だが、カカシからの話を聞けば酷く心は沈んだ。 

 炎一族はいつも温かな家庭だった。サスケが酷く憧れた、とても温かな家庭。





ーー、おいでー!』





 斎は少しふざけたところはあるけれど、とても優しい父親で、とそっくりの笑顔を浮かべてを呼ぶのだ。





『あなたは、もう本当に。』





 母の蒼雪は柔らかな仕草で肩を竦めて、いつもの頭を撫でる。ふたりはいつもを優しく呼んで、頭を撫でて、失敗しても笑って抱きしめて、めいっぱいの愛情を注ぐ。

 大きな一族だ。うちはより遙かに大きな一族。

 だが、誰もが体の弱い東宮に不満を持っていない。ただ真綿でくるむようにを守り、が存在するだけで良いと考えている。里での栄達も特別望んでおらず、忍になるかどうかもそれぞれの采配に任されている。

 炎一族にとって、一族は大樹だ。


 木陰で小さな芽がうまく育つように守る、大樹だ。一族にとどまるものもいる。とどまらないものもいる。だが大きな大樹であるため、自由が許される。一人が欠けてもある意味では他がいる。そして、宗主がいる。

 だから、は自由に育つことが許される。体が弱くても、失敗しても、のびのびと育つことが出来る。

 彼女にだってそれなりに葛藤があるのかもしれないが、それは些細なものだ。

 一族はある意味でに期待していない。だから、もし彼女が僅かなりとも成功を収めればそれだけで法外な喜びをする。中忍試験だってそうだ。ただ、本戦に出ただけで、炎一族中が祝った。体が弱かった東宮の僅かな成功を、心から喜んだ。

 アカデミーに行くことになった時も、そうだったと聞いている。




『サスケ、』




 彼女の瞳にはいつも曇りがない。サスケの汚い感情なんて知りもしないだろう。

 涙で濡れていた紺色の瞳。無邪気で、純粋で、無垢で、自分を信じて疑わない目をしていた。彼女は本心から、人を傷つける強さなどいらないと信じていた。真っ向からこちらを否定していた。でも、サスケを慮るように揺れていた。

 その目が、酷く焦燥を煽った。彼女の正しさが、無邪気さが、まっすぐさ、その潔白さのすべてが、サスケの焦燥を煽った。彼女と自分は違うのだと、見せつけられた気がした。歪んでいる自分がおかしいかのように思えた。

 いつもそうだ、綺麗すぎる。




「オレはおまえとは違うんだよ。」




 は確かに強くなくて良いのかもしれない。でも自分は違うのだ。強くなければ認められない。大樹の元で育つとは、違う。

 病室の窓のカーテンがぱたぱたと揺れる。それをぼんやりと見つめながら、サスケは呟いた。




「なんで、強くなれない。」




 求めていない人間が強くなれるのに、自分はどうして力を手に入れられない。

 自問しても出ない答えに、サスケは拳を握りしめた。まだしびれの残る腕の原因は兄だ。超えられない、どことも見えないほどに、高い壁。




「力が、ほしいのかい?」




 俯いたサスケに、突然冷ややかな声がかかる。

 気配を全く感じなかったため弾かれたように顔を上げると、病室の窓辺には男が佇んでいた。銀髪で、眼鏡をかけた男だ。





「おまえ、カブト…」




 サスケは眉を寄せて男を睨み付ける。

 そこにいたのは中忍試験の時に木の葉隠れの里の忍として参加し、また途中で棄権した男だった。が変に警戒の目を向けていたため、よく覚えている。




「フフ、酷く焦っているって、顔だね。」




 薄笑いを浮かべてカブトはサスケを見る。普段のサスケならその暴言を許さなかっただろうが、今はチャクラを押さえる忍具がつけられているため、攻撃は出来ない。苛立ちに舌打ちをして男を見ると、カブトはまた笑った。




「おまえ、何でこんな所にいる。」




 カブトが実はスパイだったという話は、斎だったか、カカシだったか、誰かは忘れたが風の噂で聞いた。音隠れの忍で、大蛇丸と組んでいたらしい。元々疑いもあったらしい。スパイというの大きな里の中には案外いるものらしく、元々注意はしていたという。

 それでも木の葉崩しの際は人員不足で、彼を捕らえるまでは手が回らず、また今も忍がたくさん木の葉崩しで戦死したこともあり、未曾有の人員不足で、里の警備はおざなりになっていた。




「その呪印の使い方を、教えてあげようか?」

「なに?」




 サスケは顔をしかめる。




「力がほしいんだろう?今すぐに。」




 カブトは嘲るような笑みを変えず、サスケに問う。

 欠片でも可能性があるなら今は縋りたいような申し出。サスケはただ彼の顔を食い入るように見つめる。




「三忍のひとりである大蛇丸様が、君に教えてくれるだろう。」




 は今、三忍のひとり・綱手の、ナルトは何故か同じく三忍の一人自来也の弟子となって、教えを請うている。

 木の葉隠れの三忍と言えば、火影候補として名高く、また、能力も高い。中でも抜け忍になったとはいえ、一番強いと歌われたのが大蛇丸だ。

 それは力を求めるサスケにとっては酷く魅力的な誘いの気がした。



( 何かを求めること )